表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
地底の王と天上の神《地底編》
49/68

第四十一話 重大的裏話

「翠河の口から夢妖なんて聞いた時はいったい誰だと思いましたが、なるほど翠河の父親なら確かに存在します。翠河…ここでは青柳翠の方が良いでしょうか。夢妖と名乗っている彼は翠の父親で僕が作ったキャラの一人、名前は青柳玄緑あおやぎげんろく。種族は人間………の、はずでした。言っときますけど、僕は彼が何故妖になったのかは知りませんよ。僕が作ったのは彼の人間時代の設定のみなのですから。」


そう言って氷雪丸がふんと鼻を鳴らした途端、紀清はその小さな体躯に縋るように掴みかかった。逃れようと暴れる氷雪丸だったが紀清があまりにも必死の形相をしていたためギョッとして抵抗を止める。


「お、ま、え、なぁ〜!!!まじでなんでこんなことになってるか知らねえの!?ホントに!?確かに“翠河の人間時代の話は書いてない”とは言ってたけどさあ!書いてないけど設定だけはありますなんてそんなのアリ!?」


「当然でしょ何言ってるんですか!!主人公の背景設定を生みの親が把握してなくてどうするんです!出生した瞬間から神になった経緯までばっちり作り込んであるに決まってるじゃないですか!」


氷雪丸にそう言われた紀清は「そんなのアリかよぉぉ」と天井を仰いだ。


紀清は生粋の読者であって書いた経験など一度もない。当然などと言われても困るし、裏設定とかあったのならもっと早く教えてくれよ!と喚き散らしたい気分になった。


「じゃあ、もっとその青柳…玄緑?について教えてくれよ作者さんよ。なんで妖になったのかがわかってなくても人間時代の話でいいからさあ〜〜!設定あるんだろ?」


「やめてください揺らさないで!中身が出るー!!いいます、言いますから!」


紀清が勢いのまま体を掴んで揺らすと、氷雪丸はそのまま内臓でも吐き出しそうなげっそりとした表情で夢妖のことについて話し始めた。


「まず、言っておきますけど僕が設定したのはあくまで翠河に焦点を当てた物なので彼に関する記載は少ないですからね。それでもいいのなら教えますよ。流石に細かいことはメモでも見ないと1から説明するのは難しいですからざっくりとした説明になりますけど」


「いいよそれで!長々とした話はまた今度してくれればいいからさ。とにかく今は情報共有が先だろ?早く教えてくれよ」


「……はあ、わかりました。説明は翠河中心になりますよ…青柳翠の父と母はどちらも優しく模範的な夫婦でした。そして長らく子宝に恵まれなかった彼らは、やっと授かった子供である翠を天からの授かり物だとして大切に大切に育てるんです。そしてそんな愛情を受けて育った翠は成長するにつれ本当に神の如く清らかな心に善性を持つ子に育っていきました。」


ため息を吐いてつらつらと話し始めたその内容に、紀清は想像と違うものを見つけ目を瞬かせた。


「へえ、夢妖があんな風になってたからてっきり親は極悪人かもしくは子を捨てたのかとか離婚かとか悪いことばっかり考えてたけど…聞く限りいい人たちっぽいじゃないか。てかそうか、あいつがやたらいい子ちゃんなのはそういった両親の育て方あってのものなんだな。」


「そらそうですよ。子供の人格なんて三歳までには決まってるなんて話もあるでしょう。あんな純粋無垢な彼に凄惨な幼少期なんてものはありませんよ。…少なくとも彼の目に映る世界にはありませんでした。

それで、そんな翠はよく人助けをしました。美しい少年が善行に励む様子はやがて村の人々に無意識のうちに信仰心を抱かせ始めます。そして両親もそれに違いませんでした。この子は本当に天からの贈り物なのかもしれない、神様が我々の村を救うために授けてくださったのだと。翠が成長するにつれて不治の病だと思われていた母親の病がだんだん治って行っていたのもその考えに拍車をかけました。」


紀清は話を聞く体制になるため椅子の上で身じろぎをして姿勢を整えた。首を僅かに傾げ、疑問に思ったことを口にする。


「不治の病が治るって…翠河は人間の時から既に不思議な力持ってたってこと?」


「まあ、そうとも言えますし違うとも言えます。…この世界は信仰で神になれる世界ですよ。一人の子供に信仰が集まれば不思議な力を持つのも不思議じゃありません。翠は周りの人間により、いつのまにか神へと変貌していったのです。本人すら気が付かないうちに。」


「でもそれっていいことじゃないのか?翠河は神になれたわけだし、母親の病も治ったんだろ?」


紀清がそう尋ねると、呆れたと言わんばかりの目をして氷雪丸がじろりと視線を向けた。


「…あなた一応主神努めて何年も経ってる筈ですよね。一人の人間に集落全体の信仰心を集めるのは危険だと知らなかったんですか?」


そう言われて、紀清は頭の隅から記憶を引っ張り出した。確かに、どこかで聞いたことがある。水泉邸の本の一つに書いてあったような…しかし当時は重要なことだと思わず追及して調べなかったためほとんど何故ダメなのかの理由は知らない。こう言う時は変に意地を張らず素直に聞くのが一番だと思った紀清は首を傾げながら疑問を口にした。


「…なんでダメなんだ?」


その問いを聞いて呆れた顔を隠さず氷雪丸は難しい表情を浮かべ小さく息を吐いた。


「純粋な神は信仰心から生まれます。でもそれは長い時間をかけてのことで、数百年とかザラです。さらにそこにあるのは敬いと信じる気持ちのみで期待のようなものは存在しません。皆の純粋な気持ちから神は生み出されているのです。でも、それが生きて自分と会話をしてくれる一人の人間に向けられるとどうなると思いますか。」


そう言われて、紀清はようやく氷雪丸が何がいいたいのかわかった。

「この人ならきっと成し遂げてくれる」「この人のおかげで」「この人がいたから…」そうやって溜め込まれた想いは、いつしか期待のような枷になりその者の失敗を許さなくなるだろう。人間が人間に向ける気持ちほど歪んだものはない。

紀清は話が進むうちに段々と雲行きが怪しくなってきた気配に眉を顰めた


「でも、翠河が純粋なまま天上界に来たってことは何も起こらなかったんじゃないのか?お前だってさっき凄惨な幼少期なんてないって言ってただろ。それからどうなったんだよ」


「どうも何もわかってるでしょう。翠は天上界に昇り、名代様から『翠河』と言う神名をもらって正式に神となり、一年修行し水泉派に入って…あとはあなたの見てきた通りですよ。」


あっけらかんと“当たり前でしょう?”と言わんばかりに突然話を締め括られ、紀清は思わず身を乗り出した。


「え、いやいやじゃあさっきまでの不穏な感じはなんだったんだよ!生きてる人間一人に信仰心を集めると云々とか…」


「…まあそれこそ裏設定になるんですけどね。そうやって一つの決して小さくはない村全体から信仰心を集めた翠河は天上界入りを許される前から既に神のような奇跡の力を持っていました。どんな神でもありえない、全ての願いを叶える奇跡の力を。翠は受け取ったものを住人達に返すようにして願いを叶え続け、そうするたびに信仰心はどんどん増えていきました。

しかし幸運だったのはどんな願いも叶えることができる息子の存在を両親が悪しきように考えることがなかったことです。神という存在がまかり通っている世の世界ですから、まあそんなこともあるだろうと静観していたのもありますね。決して変なことに利用しようとせず息子の好きなようにさせてやりました。」


「…ふーん、でもそれっていいことなんじゃないのか?つまり理解あるご両親だったってことだろ?」


まあ、その利用しないと言う選択をした父親が今や逆に利用する気バリバリで翠河に近づいて攫っていったことに関しては解せないが。しかし、今のところ何も悪いことはなさそうなのになんで氷雪丸はこんなにも難しい顔をして話しているのだろう。嫌な予感がした紀清はどんな衝撃的な事実が来ても叫ばないようにと心の準備を整えることにした。


「それがダメだったんですよ。つまりその村の幸運全てを翠は引き受けてたんです。そんな翠が天上界に入ってその村を去ればどうなるかわかりますか?」


「…さあ」


「幸運が全部翠ごと天上界に持ってかれちゃうんですよ。まあいわばこれは主人公に尽きることのない幸運の属性を付与するための裏設定なわけなんです。だから僕は主人公は死なないと何度も言ったでしょう」


「…なるほど、あいつやけに運がいいなと思ったらそう言うことだったのか…でも待てよ、幸運が全部持ってかれたその土地ってそのあとどうなるんだ?翠河が全部持ってっちゃったから、もう幸運が完全になくなったってことだよな。残った村人や両親はどうなる?」


「当たり前でしょう、消えかけていた母の病気は急激に進行し村は不作に見舞われ災害でその土地は全て消え去りますよ。」


あまりになんでもないように一息で言われたセリフに思わず紀清は「…もう一度言ってくれ」と聞き返したが、何度聞き直しても結局同じ台詞が返ってきたためガックリと肩を落とした。結局心の準備は意味をなさず、怒鳴るようにして氷雪丸との距離を詰めた。


「そんなのあんまりじゃないか!?」


それに耳をペタンと倒した氷雪丸は迷惑そうな顔をそのままに付け加えるようにして話し始めた。


「八百万戦記は主人公の翠河の天上界での活躍がメインなんですから、人間時代のことなんてストーリーに関係ないんですよ。だから裏設定だっていいましたよね。裏設定の上にさらに主人公の目の行き届いてない裏側の話なんて、別に公表していないんですから読者が好きに妄想すればいいんですよ。でも、僕の中ではこう言った背景と家族と村人の犠牲込みで翠河の幸運が保たれてきたって言う設定なんです。それなりの理由がないと幸運とか背負えませんって」


「ええー…」


紀清はそのあまりにも辛い真実にドン引きした。そしてその設定を考えた目の前にいる作者にもついでにドン引きした。その当時のこいつにとってはただの裏側の設定かもしれないが、つまり現実になった今はそれが真実になっているかもしれないのだ。勘弁してくれ。


「僕の予定では父親も災害時に死んだ設定だったんですけどねぇ…もしそこで生きると死ぬの分岐が入れ替わったら、原作でも彼はこんなふうになったんでしょうか」


つまり、現状を簡潔にまとめると主人公の闇落ちを回避しようとこの世界の悪役になり得る存在のフラグを折りまくってたらいつのまにか父親が闇堕ちして敵になってて、なんらかの目的に利用された主人公も結局闇堕ちしたってことか…

紀清は衝撃の事実を知ってしまい、ひどく気疲れしたように感じ椅子にどっかりと座り込み瞼を押さえた。


「なあ、ってことは結局夢妖の目的も何もはっきりとはわからないままってことだよな?もしかしてさっきの話が現実に起こったことだと仮定して、村が滅んだのが息子のせいだとわかったから復讐しようとしてるとか?」


「いやあ、その線は薄いんじゃないですかね…一応彼は仮にも愛情深い父親だったので。まあ、あなたの話を聞く限り神を恨んでいる素振りはありましたが…多分何かあったんでしょうね。原作から逸れた、村が滅び彼が生き延びると言う誰にも感知できないストーリーが裏で進んでいたその間に。」


「…」


(おいおい、とんでもないことになってきたぞ…やっぱあの時無理矢理にでも翠河連れ戻しといた方がよかったんじゃないのか…)


予想以上の波乱の予感に紀清は眉間に皺を寄せて呻いた。

大人数から集められた幸運を一生分授かったような奴がもし闇に堕ちたら一体どうなるかなんて、小学生でもわかる。どう考えてもヤバいことになるだろう。敵側に回られたとすればそれはもう戦う前から敵の勝利が確定しているようなものだ。何故なら、翠河というおみくじを百回引いたなら百回とも大吉が出るような幸運の塊がそちらにいるのだから。夢妖のことは結局わからなかったが、翠河の存在が思った以上に重要だったと言うことだけはより一層理解できた。


「…翠河の以前住んでた村について一応調べとくか」


「それがいいですね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ