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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
地底の王と天上の神《地底編》
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第四十話 危惧的一同


「では、翠河の体は獏が丸呑みして連れ去ったと?」


「ええ。陣を維持していた私と逢財様は動くわけにはいかず…冥炎と凡陸の力を持ってもあまりに一瞬の出来事過ぎて防ぐことが叶いませんでした。」


「ごめんね紀清…あなたは愛爛のことを守ってくれたのに、私はあなたの弟子を守りきれなかったわ…」


「うむ…切先が触れたと思ったのだが、どうやら現世の存在ではなかったようで体をすり抜けたのだ。それ以上手を出しては飲み込まれた翠河に危険が及ぶと思い手を出すことができなかった。」


そのまま「すまぬ」と頭を下げる凡陸や申し訳なさそうに眉を下げる冥炎を手で制し、紀清は溜息を吐いて四人の弟子達の方を横目で見た。


「…翠河の体が連れ去られた方法はわかった。こちらで知ったことは後日共有しよう。弟子達も疲れているだろうから、今日はそれぞれの神派に戻って休みなさい。」


「しかし、師匠…」


「…霞ノ浦、感情が昂っているままでは正しく情報が伝えられるとは思えないと言っているのだ。お前も休め、ひどい顔をしている。あとのことは私に任せろ」


今すぐにでも翠河を助けにいきたいと言わんばかりに食い下がる霞ノ浦を少し強めの口調で叱り、紀清は主神達に明日にでも今日見聞きしたこと全てを伝えると約束して解散することにした。


「…紀清」


「冥炎、気にするな。どうにもならないことというのはこの世にはいつだってある」


落ち込んだ様子でがっくりと項垂れた愛爛の手を引いて冥炎が門を潜る。しかし一歩出たところで、いつもより数段と小さな声で気遣うように紀清の名前を呼んだ。

冥炎の機嫌を取る方法を身につけていくうちにすっかり何を言いたいのかわかるようになっていた紀清は、その言葉に含まれた意味が謝罪であることを正確に理解し言葉を返した。

冥炎が困ったように笑う。


「…ふふ、あなたに慰められれても困っちゃうわ。さっき霞ノ浦に“酷い顔だ”なんて言ってたけど、私からすればあなたも相当酷い顔よ。何があったかおおかた察しはつくけど…紀清はあの場でできる最も正しい判断をしたのよ。時には一時的に引くことも大事だもの。自分を責めないであげてね」


そうしてこちらがなんと返すべきか決めあぐねているうちに、ふっと笑った冥炎はすたすたと歩き始めそのまま二人は水泉派の敷地を出て行った。


「…我々も帰らせてもらおう。夢の中の出来事については明日の集会でよかっただろうか。」


「ああ、違いない」


「では、阿泥と吽泥行くぞ。…紀清よ、力及ばずすまなかった」


「…気にするな」


いつもは賑やかな阿泥や吽泥も流石に今回の出来事は堪えたのか、一言も口を出すことなく俯いたまま凡陸の後ろをついて出て行く。

それをぼうっとなんの感情も浮かばないまま見送る紀清の視界に突然金色の髪がよぎった。逢財だ。部屋の陣を完全に消し終わったのだろう、いくつかの黒炭になった札を懐にしまいながら複雑な感情を瞳に携えて紀清の顔を見つめてきた。紀清はそれに僅かに首を傾げながら見つめ返す。


「…紀清ヨ、変な気を起こすでないぞ。まだこれから先機会はいくらでもある。我々金岳派はこの件に関して協力を惜しまないと誓おう。必ず翠河を無事取り戻すのダ」


「…勿論、わかっております」


その返事に満足したように頷いた逢財はそのまま転移の札を取り出し術を使った。金色の光が当たりを包みその姿は掻き消える。相変わらず見事なものだ、と術の扱いに疎い紀清は感心したように自らの顎を撫でた。


それにしても…変な気か。もしかして逢財は紀清が翠河を取り戻すために単身で地底に取り込むなんて馬鹿をやるなんて考えているのだろうか。流石に、そこまで計画なしに動くことはない。…それともそんな気を起こしそうなほどに自分の顔は酷いことになっているのだろうか。鏡を見てみたい気もしたが、今はもはやそんなことはどうでもいい。妖気に長く触れていたせいで紀清は体が変に疲れたように感じ、壁にもたれるようにして窓の外を見た。


(まあ、変な気を起こすなとか言われてもどちらかというと逆に何もする気が起きないっつーか…)


これも一種の燃え尽き症候群的なものなのだろうか。いやわからないけど。

もしかしたらいまいち未だに何が起こったかを飲み込めないでいるのかも知れない。実感が薄いというか、事実として認識できないのだ。まるでガラス一枚越しに見ているような、この世界で暮らすうちにすっかりこの世界の住人になっていたはずの自分がまた読者に戻ったような気分だった。


(もう翠河がいつものように笑いかけてくれることはないのか)


毎日顔を合わせ、身の回りの世話をして料理を作ってくれていた翠河がいなくなって俺は果たして生きていけるのだろうか。冗談のような本気のような思考で紀清はふとそう思った。


「…紀清殿」


「王林か」


すっかり霞ノ浦や紀清と言った水泉邸のメンツ以外がその場から消えたあと、一人影に隠れるようにして馴染んでいた王林が歩み出てきた。勿論紀清はその存在に気が付いていたが、あえて自分からは何も触れないようにしていた。木谷派には新生の弟子はいないため、疲れただろうなどと言って彼を無理に追い出す口実がない。そのため彼から話しかけてくるのを待っていたのだ。紀清は大人しく何かいいたそうな様子の王林を席に案内した。

しかし…紀清は内心首を傾げる。いつもは王林に話しかけられるだけで相当感情が動いていたはずなのだが、今は驚くほど平常だ。揺らぎのない平坦な感情とでもいうのだろうか。どうにも不思議な感覚だ。


そのまま扇で口元を隠した王林と静かに見つめ合う。なかなか話し出さないのを見て、紀清は霞ノ浦がいるせいで話し出しづらいのかと思い霞ノ浦に「お前も部屋に戻りなさい」と言い伝え自室へと帰した。


「紀清殿。……大丈夫ですか?」


「何がだ」


霞ノ浦が出て行ってから王林がやっと口を開いたかと思えば、そのぼんやりとした問いかけに何を聞きたいのかよくわからず紀清は首を傾げた。王林は気まずげに言葉を続ける。


「翠河の体を守りきれなかったのは私たちの責任です、申し訳ない」


「お前は術を維持していたのだから身動きは取れなかったはずだ。仕方ないだろう。まさかそんなことを言うためだけにここに残ったのか?」


普段の言い合いが抜けないせいで多少キツめの言い回しになったが、王林はいつものようにそれに嫌味を返してくることはなく静かに首を横に振りながら扇をパタンと閉じて紀清に向き合った。


「いえ、いいえ…先程あなたの目を見てわかりました。きっと今のあなたには、どんな言葉も届かないのでしょう…心を閉ざしていらっしゃる」


「そんなことは、」


紀清が否定の言葉を言うよりも早く、王林は席を立って紀清の顔を見ずに告げた。


「もう大丈夫です。用は済みました。また、明日集会で。

…それから、偶に貴方の様子を見に水泉邸にやってくるかも知れません。まあ、今までもよく訪れていたわけですし…別に構いませんよね?」


「構わないが、何故改めて…」


「……一応、これでも私はあなたのことが心配なんですよ。昔のことから私のことがなかなか信用できないのはわかりますけど、私でも貴方の話し相手くらいにはなってあげられますから」


「…不要だ。」


「はぁ…もし頼ることが癪なようでしたらいっそ利用するような気持ちで私に何か相談してみてはどうです。我々木谷派はあなたの力になると誓いますよ、紀清殿」


王林がいつもの調子とは違う静かな声音でそう言い放つと、一人で門を潜って出て行った。


(俺、側から見ててそんなにヤバいのかな)


紀清は静かになった部屋で顎に手を当てて考える。確かに翠河を連れ去られたことへのショックはあるものの、今頭を悩ませていることはどちらかといえばどうやって救出するかについてなのだが。

だって別に翠河はまだ死んでいるわけではないのだ。正式な主人公として敵を打ち倒し復讐を成し遂げた原作でも、闇堕ちした先でも巨悪二人を倒した原作改であろうと、主人公はいつだって正義側だった。紀清はこの世界でも主人公は最終的に必ず正義として終わりを迎えることになるのだろうと半ば確信していた。そう思い込みたいだけなのかも知れないが、ともかく今はそう仮定することにする。ならば紀清達が悪にさえ堕ちなければ、翠河が帰ってくる可能性は少なからずあると言うものではないか。勿論こちらだって奪還に尽力するつもりだが、翠河は特別な存在なのだ。師匠のくせにどの世界でも最終的に死ぬ紀清なんかと違って立派な“主人公”なのだから。…最も、イレギュラーの存在がこの世界が導く物語にどう影響するかは全くもって未知数だが。


翠河の父、夢妖。彼は謎に満ちている。そして彼についての詳細は本人に聞く以外知る方法は何一つない…

______わけでもない。紀清の脳内には確信に近い感情を抱いているとある予測があった。


紀清は一連の流れを隅で見守っていた氷雪丸に視線を向け、口を開いた。


「なあ、翠河の父親について…お前知ってるだろ」


「…ええ、勿論。設定のみの存在でたとえ文中には一度たりとも登場していなくとも、彼は僕が作り上げたキャラクターであることには変わりないので」


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