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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第四章 師心あれば弟子心《修行編》
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第三十九話 絶縁的略取

「地底の王だって!?翠河、何だよお前自身がそれを望んでるってのかよ!」


「阿泥、思い出してよ!翠河は今洗脳されてるんだって!」


「でも翠河…あんなに大好きだって言ってた紀清様のことも忘れて、自分が神であることもわからないなんて…早く記憶を取り戻さないと翠河消えちゃうんじゃ…」


吽泥のその台詞にその場の全員が心臓を跳ねさせた。考えないようにしていた問題だったがそれは今一番危機感を抱くべきものだったからだ。

神は願いを叶え、信仰を貰い続けなければその身を失ってしまう。このままでは翠河の命が危ないことを改めて突きつけられ、不安に顔を曇らせる弟子たちを紀清はチラリと横目で見た。

夢妖を睨む視線を強めた霞ノ浦が目をつけられないよう、紀清はその視線を遮るように自然に前に出る。そして夢妖に向かって怒りと少し違う意味も込めながら、憤ったように叫んだ。


「翠河のいるべき場所は天上界だ、たとえ記憶を失ってもこの子が水泉派の一番弟子であることは変わらない…!」


「だ、そうだよ翠。」


「…貴方が何を言っているのか、私には理解できません。私があの五大神派、水泉派の一番弟子…?それはいったい何の冗談ですか?」


理解不能だと言うように首を傾げ翠河に嫌悪の表情で見つめられ、紀清は歯を噛んで眉を寄せる。洗脳が綻ぶことを期待して反応しそうなキーワードを並べ立ててみたものの、翠河からの反応は期待を外れたある種予想通りのものだった。


(記憶は後々考えるとしても、どうにか翠河を取り戻す事はできないのか…!?)


しかし、取り戻すと言ってもそれには翠河の意思でこの威圧を解いてこちらに歩みよってもらう必要がある。無理やり威圧を解くことができないわけではないが、そうすれば敵対の意思ありとみなされ翠河と本格的に戦闘になる可能性がある。


夢妖がわざとらしくため息を吐き、翠河の肩に手を回した。


「何を言ってるんだろうねえ、この神々は。翠が神だなんておかしなことを言うもんだ。どうだ、戻りたいか?翠」


「…いいえ。誰が神の住まう土地などに自らの意思で行きたいなどと思うのでしょう。私の居場所は父さんの側だけです」


「はっはっは、そうだねえ翠。お前は父さんの大事な息子だからなあ。」


夢妖の手を取った翠河のその返事に満足そうに笑う夢妖。そんな彼らの一見すれば従順な息子とその父親の姿に霞ノ浦は苦々しげに歯を噛み締めた。しかし、ハッとして己よりこの状況に傷ついてあるであろう師のことを伺うように見つめた。紀清と一番弟子の翠河の噂は天上界から地上にまで広まるほどで、その可愛がりようは師弟愛というよりも父と子のように仲睦まじい様子だった。それほど愛しんでいた愛弟子がこんなことになって、師匠が悲しんでいないはずがないのだ。

霞ノ浦の前に立つ凛々しい横顔からは明確な感情が読み取れることは無い。しかし記憶のない翠河と言葉を交わしてからの師匠にはどこか呆けたような、悔しさかはたまた悲しさか、さまざまな感情をぐちゃぐちゃに混ぜた色がその瞳の中にゆらめいているのがわかった。師匠も、心を痛めていらっしゃるのだ。霞ノ浦は自身の胸の痛みも忘れて、堪らない気持ちになった。


同時に、こんな状況を作り出した夢妖への恨みの念が積もる。翠河を三年かけて洗脳し、挙句の果てに地底に連れていくなど…ふざけた事を。霞ノ浦は翠河が記憶も正気も取り戻すということが諦めきれず、縋るようにその名を呼んだ。


「翠河…!」


「…その妙な名で呼ばないでいただけますか?私の名前は翠です。」


しかしにべもなく否定され、霞ノ浦は絶望に顔を歪めた。


一方紀清はそんな翠河の様子に衝撃を受けながらも、同時にどこか冷静になった頭の隅でこの後翠河が連れ去られてしまえば一体どうなるのかと想像を巡らせていた。

地底は妖たちの巣窟で、陰気が溜まって妖が自然発生するような…作中屈指の相当危険な場所だ。そもそもこの五代神派や八百万の神々の成り立ちだって、無法地帯で好き勝手暴れまわる妖がたまに地上に出てくる。それを我々神が叩く、そういう仕組みが本来のものだった。

そんな所を治めても何もいいことは無いはずなのだ。しかもわざわざこれほどの手間をかけてまで。…もし、夢妖の目的が神を殺すことだったなら話は別だが。


原作改で俺が見た闇堕ちした翠河、彼は地底をその手中に収め、天上界に真っ向から喧嘩を売り一晩で血の海にした。いくら妖を率いたとはいえその百鬼夜行は有象無象に過ぎない。つまり天上界にたった一人の実力で勝利し、神派を全て瓦解させ、後に天地の全てを支配下に収めたと言う訳だ。

あの時のようなことを引き起こそうと…それが翠河の意思ではなく、夢妖が翠河を利用して同じことをしようと考えているのなら全ての辻褄が合う。彼に取ってはただ息子だからというだけの理由なのかもしれないが、彼はこの世界の主人公でありこの世界で一番強くなる“可能性“というものを常に持っている神なのだ。


(もしかして、この世界は氷雪丸が紀清だった時と同じ道筋にしようとしているのか…?)


それにしては多少無理やりな気もするが。

つまり、このままだと紀清である俺は死ぬし、霞ノ浦も死ぬ。異変が起こればそれ以外にも被害が出るかもしれない。


(…待てよ、主人公の翠河に記憶も意思もないんじゃ…いったいどうやってこの世界をハッピーエンドに導くってんだ!?闇堕ちすら自分の意思ではない上に、操られて天上界を滅ぼすなんて…!どう足掻いてもバッドエンドだろそんなもん…!)


それを避ける間には強引にでも翠河の闇堕ちを解き、洗脳を解く必要があるが…今は無理そうだ。

翠河と紀清はこの時既に実力的にはほぼ互角と言っていい物だった。それは決して紀清が弱いわけではなく、翠河の成長スピードが異常すぎたのだ。本来なら数百年修行しなければ辿り着けない境地にたった数年で辿り着き、まだ伸び代がある。紀清が内心(さすが主人公)と降参のポーズをとったことは数えきれない。


現にこうして鬼術のせいとはいえ威圧で抑え込められているのだから、ここから導き出される答えは一つだ。翠河は普段から気が付かないうちに、“師匠には勝てない”という思い込みから無意識下に手加減をしていたということだ。

その時点でだいぶ問題なのに、あっちには加えて夢妖もいる。記憶を抜く力は翠河に3年かかった時点でその力を扱うことが我々神に対しては容易ではないことは予想できるため翠河のようになることに対して警戒はしなくてもいいだろうが、ほかの力は未知数だ。なんせ原作に登場していないのだから!どれだけ強いのかも、はたまた全てがはったりで弱いのかすら何も判断がつかない。そして翠河の記憶を辿ってこちらの技はほぼ知られているとみて間違いないだろう。真っ向からやり合うには分が悪い。悪すぎる。


そして紀清はここにいる四人の弟子達も守り抜かなければならないのだ。

ここで翠河達と戦うのは賢いとは言えないだろう。


(だからといって、連れてかれるのを黙って見過ごせってのか!?)


そんなの、できるわけないだろう。このまま見過ごせば翠河に待っているのは苦難の道しかない。息子のように可愛がっていた弟子がいきなりしゃしゃり出てきた悪役の父親に誘拐されるのを見てるだけという状況は黙って耐えるには厳しいものだった。

紀清は眉間に皺を寄せ、捻り出すようにぽつりと名を呼ぶ。


「翠河…」


「話しかけないでください。私は神は嫌いです」


翠河はもはや跪いているせいで自身より幾らか下にある紀清の顔すら見ることなく、呆れたような声音で返した。


「さあ、では私たちの治める地へ行こうか翠。体は既に神の元から取り戻して地底に運んであるよ」


「ありがとうございます。行きましょう、父さん」


(そんな、護衛に冥炎と凡陸がいたはずなのに…いったいどうやって体まで…!)


そうして二人が暗闇に姿を消そうとした時、不意に翠河がこちらを振り向いて瞳を赤く染めた。


「しかし、神をただで逃すのは癪です」


翠河が手を槍を握るような形に握り、赤い雷を投げ放つ。その光は空気を切り裂くように紀清達の元に向かってきており、当たればきっとタダでは済まないだろう。その妖気の波動を避けるため、紀清は無意識のうちに手に持った鈴を鳴らしていた。その音を聞いた逢財が術の施行をやめたのか、暗闇から意識が引っ張られるようにして強制的に追い出される。


「逢財様!全員の目が覚めました」


王林の珍しく焦ったような声を聞きながら、紀清は目を開けた。


そのまましばし呆然としたのち、心配する逢財や悔しい顔をする冥炎と凡陸を眺め見る。

そしてベッドの上に翠河の体がないことを悟ると、紀清は静かに深い息を吐いて拒絶された名を呟いた。


「…翠河」



いつものように「なんでしょう、師匠!」と花の咲いたような笑顔で応えてくれる声は、どこにもない。


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