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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第四章 師心あれば弟子心《修行編》
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第三十六話 不審的曲者

一通り準備が済んだ後、逢財が徐に紀清の近くに寄ってきた。そのまま翠河から声が聞こえないような位置にやってきて、紀清の方に指を向ける。


「紀清よ。お前は今のところ記憶にも残っている分一番縁が深イ。何か繋がりになるものを翠河に渡すのダ」


紀清はすっかり忘れかけていた記憶を思い出した。そういえばそんな設定が夢渡にはあった気がする。


「わかりました。」


(夢渡って俺の知ってる原作で登場したのまじで一、ニ回くらいだったからあんま細かいこと覚えてねーんだよなあ…)


心当たりがそれくらいしかなかったため翠河の前ではカッコつけて「夢渡の術を行う」なんて言ってしまったが、実際のところ紀清が知っているのは“術を扱えるのはそれに長けた逢財と王林くらい”という情報と、次世代組がみんな行けたため“大人数でも夢の中へいくことができる”ということくらいだ。


氷雪丸はずっと部屋の隅で成り行きを見守りながら何やら考えているようで、心話を使って邪魔するのもなんだか気が引ける雰囲気だった。


(でもそうなると当然、御使でしかない上に関わりの薄い氷雪丸は夢渡が出来ないわけだ…そっか、夢の中に入ってからは俺一人で色々考えてやらないといけないのか。…氷雪丸に助けてもらうってことできないんだもんな)


今まで何かと作者の知識というものに頼ってきていた部分があった自覚がある分、ただ自分一人で未知の展開に挑むというのを改めて自覚し、漠然とした不安が湧いてくる。

翠河をなんとか元に戻してやりたい。しかし、作者も知らない得体の知れない敵が現れた以上これから先どういう展開になるのかは誰にもわからない。もしかしたら、全滅エンドなんてものもあるかも知れない。氷雪丸は主人公は死なないなんていっていたが、それは敵役が氷雪丸の入った紀清だったからこそ起こったことかも知れない。もしかしたらこのまま主人公が死んでしまうルートに入っている可能性だってある。


師である紀清として、俺の個人的な感情として…そんなことにさせるわけにはいかない。あの子を死なせたくない。


(俺が望むのは完全無欠のハッピーエンドなんだからな…!)


主人公とヒロインは結ばれて、仲間たちは誰一人欠ける事なく、俺こと紀清も最後まで生き延びる!そういう完璧なハッピーエンドを作るためには、俺がこれから頑張らないといけない。なんとかして今回の世界に造られた敵役を見つけ出し、討たなければ。


決意を新たにした紀清は逢財に言われたことを実行するべく、翠河のそばに近寄った。これから一体何が起こるのか分からず不安に眉を下げていた翠河は、紀清の姿を認めるとすぐに顔を明るくして何か用があるのだろうかと首を傾げた。

そうした彼が水泉派にやってきたばかりの頃を思い起こさせる純真無垢な幼い仕草を見るたびに、紀清は今まで積み重ねてきた翠河を翠河たらしめていたものがごっそりとなくなってしまったようななんとも言えない気持ちになり、気づかれないように袖の中で拳を握りしめた。こんな状況でも自分のことを忘れないでいてくれた事を喜ぶべきかどうか。そんな複雑な感情を無表情のうちに隠しながら、紀清は自分が昔から身につけているもので何か渡せるものがあっただろうかと身を弄った。


「…翠河、手を出しなさい」


「は、はい」


「この耳飾りをお前に片方預けよう」


紀清は自分の右耳から小さな青い宝石のついたピアスを取り外し、翠河の手にコロンと乗せる。


(もうすっかり慣れたけど、最初の頃はピアスとか前世でつけたことなかったからまじで扱いに困ったんだった。たしかそれを翠河から教えてもらったんだっけ。わざわざそのためだけに自分にも穴なんて開けて、まじでこいつそういうところなんだよなあ…)


「これを…私に?」


「夢渡の術にはえにしが重要となる。それをお前がつけていれば、私とお前の間に繋がりが生まれる。」


「し、しかし師匠の私物をいただくわけには…」


「戯け、くれてやるわけではない。…全てが無事に終わったなら、私の元に返しにきなさい」


勿論無事に、というのは翠河が記憶を取り戻し、敵を討つことができた暁にはということだ。

約束だ、と念を押すように紀清が言うと、翠河は感極まったように胸元でそれを握りしめ遠慮がちに自身の耳につけた。


(師匠とおそろい…しかも、預けていただいた…)


翠河は覚えていないが、紀清は翠河と出会った当初から魔除けと願掛けのためにその瑠璃の耳飾りを片時も離さずずっと付け続けていた。かつての翠河はそれを見て大層大切なものなのだろうと思い、紀清がうっかり無くしてしまった際には本人よりも事を重く見た翠河が泥だらけになってまで探し出したことがある。もしその時の記憶があったのなら翠河はこう素直に喜ぶのではなく、もっと粘って受け取るのを拒否していたかも知れない。


「…絶対に、返しに来ます」


「それでいい」


神妙な顔で頷きながら、紀清は自分で言った台詞に対し(こうやって物を預けて生き延びたら返しに来いって…なんか漫画とかでよく見るシチュエーションだよなあ)なんて思ったが、どうかこれが死亡フラグにならないことを祈りたいと心底思った。


愛爛たち弟子組はその師弟の緊張した空気に口を挟むことができず、息を潜めて一歩後ろから見守っていた。

そんな雰囲気を壊すように、逢財がわざとらしく声を張って注目を集める。


「よォし、これでもし夢の中で惑うことがあってもその繋がりがお前たちを引き合わせてくれることだろウ!時間が惜しい、早速術を始めるぞ、この陣の中に全員入るのダ!ほらほら、はみ出さないようにナ」


慌てて駆け出した弟子達と紀清が陣の中に入り、それを外側から四柱の主神達が見守る。


「ふふ、紀清殿。間違っても敵にやられたりなんて無様を晒さないでくださいよ?もしまた前みたいなことがあったら氷雪丸は私が貰ってしまいますからね」


「なっ」


「にゃー!?」


王林の茶化すような台詞にそれが冗談だと分かっていても驚き声を上げてしまった紀清に加え、事態を静観していたものの突然巻き込まれてしまった氷雪丸が思わずと言ったように声を上げた。


「もう王林ったら、またそんなことを言って。でもその通りだからね紀清、私の大事な弟子をちゃんと守って…ちゃんとあなたも無事で帰ってくるのよ?もし相手にやられたりなんかしちゃって帰って来なかったら私、怒って何しちゃうかわからないわ」


「……善処する」


それが脅しのような形を取った心配の言葉だとはわかるものの、冥炎なら何をしでかしても不思議じゃないと紀清は(本気で頑張ろう…傷一つでもついてたら屋敷全壊とかもありうる…)と腕をさすった。


「カハハ、翠河のことも勿論心配であろうが、あまり焦って視野を狭くしないように気をつけるのだぞ紀清。阿泥と吽泥は多少戦闘になると目の色が変わるところはあるが…申し分ない強い奴らだ。存分に使うといい」


「ああ、そうさせてもらおう」


口々に主神達から励ましのような脅しのような言葉をもらい、それに多少不安が紛れる思いを抱きながら紀清は次の指示をもらうために逢財へと目を向けた。


「それでは先ず…翠河ヨ、お前さんには先に眠ってもらわなければならン。“夢“渡だからな。勿論ただの睡眠ではなく、お前自身の意識も保ったものダ。安心するとイイ」


「は、はい」


「…お前も災難なことダ。全く、此処数百年平和を保っていた神界にまさかこんなことが起こるとはナ…お前さんは師匠と仲間を信じて夢の中で迎えを待ちなさイ。」


「…勿論、信じています。私の自慢の師匠と仲間たちに命を預けることの何を戸惑うことがありましょうか。」


そう言って耳飾りを弄りながら笑みを浮かべた翠河に対し、うんと頷いた逢財が祝詞を唱えた後札を翠河の額に貼った。その瞬間その体は崩れ落ちるように倒れ、そばにいた霞ノ浦が慌てて頭を打たないように支えてゆっくりとベッドにおろす。


「…では、もし何も掴めなかったとしたらこの鈴を一回。何か動きがあったら、二回鳴らすのダ。すぐに術を解き体へ意識を戻そう」


そうしてもし夢の中で逸れた時のためにと全員の手元に一つずつ鈴が渡された。


「では、始めるぞ」


王林と逢財が唱える祝詞の声を最後に、紀清や弟子達の視界は暗転した。


▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「…此処が、夢」


意識が落ちたと思った途端突然変わった景色に、霞ノ浦が困惑したように呟いた。


「わぁっ!なんかすごーい、先が見えない」


「此処があいつの夢の中だってのか?なんかなんもねぇなあ」


「……紀清サン、此処本当に翠河の夢なの?」


吽泥は夢渡りに多少詳しいらしい。疑問に満ちた表情で尋ねられたそれになんと答えればいいか悩みつつ、紀清はその疑問はもっともなことだとも思った。


(真っ暗で何もない…)


夢というのは少なからずそのものの性格が現れる。例えば原作改で見た時の闇堕ち前の翠河の夢の中は日の光降り注ぐ明るい野原と言った感じで、まさに主人公の性格を表している美しい情景だった。


それを知らないにしても、この四人にはあのキラキラと自然に周りに笑顔を振り撒くような翠河の夢がこのように何もないように空っぽな真っ黒な空間が広がっていることに違和感を覚えずにはいられないのだろう。


「夢とは記憶からできる物だ。その元となる記憶がなければ…夢には何も現れることはない。」


「…てことは、こんなになるまで記憶を取られてたってことか。」


「翠河よくあんな平気そうに振る舞えてたね…結構やばいでしょ、これ」


「絶対怖かったよ…だって何にもないもん。何もないって怖いよ」


「翠河…」


みんなが口々に心配の声を漏らす中、紀清は硬い表情で辺りを見回した。

なんだかんだ、起きている間の翠河は幼い言動は目立つもののそれほど普段と変わりないように見えていたのだ。勿論記憶がないが故に無知であったり他人行儀なところなどはあったが、根底のものは変わっていなかった。その様子は知らずのうちに紀清達になんとかなるんじゃないかという希望を抱かせていたのだ。

しかし、実態はどうだ。夢の内から記憶を喰われ、失われた様子を目の当たりにするとこんなに酷いものだったとは。皆、呆然と立ち尽くすしかなかった。


「…とりあえず、夢の中には必ず核となる本人がいるはずだ。夢の中の翠河を探すぞ」


「「「「はい!」」」」


▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「すいがーー!」


「どこにいるんだよーーー!!返事しろーーー!!」


しばらく捜索したものの、翠河の姿はなかなか見つからなかった。


(そんなはずないんだけどなあ…)


翠河の方にこちらと会う意思があれば、耳飾りを縁として自ずと惹かれ合うはず…


(ということは、もしかして今翠河は俺たちに会いたくない理由がある…?もしくは会う意思が、ない?…最悪意識がないなんてことも…!)


「…これは、まずいことになってるかも知れないな…」


紀清が小さく呟くと、それを聞いた霞ノ浦が不安そうに「それは一体どういうことでしょう…」と尋ねた。しかし言い終わらないうちに、突然愛爛が「あ!」と大きな声をあげる。全員の視線が愛爛へと集まった。


「どうしたの、愛爛」


「あれ、もしかして翠河じゃない!?」


「な、ほんとか!?」


そんなやりとりを聞いた紀清と霞ノ浦が弾かれたように彼等の視線の先に目を向けると、暗闇の奥で見覚えのある着物がちらりと目に映った。水泉派の一番弟子しか着ることを許されていない青白磁の色の羽織は間違いなく翠河の物に違いない。


「翠河!!」


「待て!」


霞ノ浦が安堵の表情を浮かべながら慌てて駆け寄ろうとするが、すんでのところで紀清が手を掴んでその場に引き留めた。霞ノ浦は抗議の目線を向けたものの、紀清はじっと目の前の翠河らしき影を見定めるように目を細めた。

先程まで縁で引き合わなかったこともそうだし、仲間たちの声が届くこの距離で翠河が何の反応しないのも何かがおかしい。紀清の目にはどうにも目の前の翠河が正気でその場にいるのだとは考え難かった。


(そもそも、翠河から探しにくれば一発で俺たちは出会えたはずなんだ。何もせずそこにいるだけでこの距離でも無反応だなんて、絶対おかしい)


「何故止めるのですか」


「よく見なさい…何か様子が妙だ」


弟子達も紀清にそう言われてその姿に何か違和感があることに気がついた。逢財の術のおかげで意識があるまま夢に落ちたはずの翠河の羽織が微動だにしないのは確かに妙と言うしかない。皆で気を張り詰め警戒しながら近寄っていくと、やがてその全貌が目に入る。

先ほど目に入った羽織は背もたれに掛けられていたもののようで風に靡くこともなくただそこに佇んでいた。持ち主である翠河は、ぐったりとした様子で椅子に腰掛けている。目は開いていたものの、そこに光はなくただ虚な闇が映るのみだった。


「翠河…っ、」


「紀清様!」


紀清が慌てて翠河に駆け寄ろうとした途端、翠河の周りを一周ぐるりと囲うように張られた半球型の結界が姿を表し、伸ばした手はバチッと音を立てて弾き返された。


「これは…結界!?」


「なんで、翠河の周りにこんなのがあるんだ…」


弾かれた手を心配して駆け寄ってきた弟子達に「心配はない」と声をかけながら紀清はどうしたものかと頭を捻らせた。

(これどうやったら解けるんだ…妖気で張られた結界か?…下手なことをして翠河に怪我させたらやばいしな…)


そうして邪気に満ちた結界をどう突破するべきか考えていたその時、唐突にこの空間にもう一つ新たな生き物の気配が増えたのがわかった。そのピリピリと肌を焦がすような嫌な気配に、各々が瞬時に警戒体制をとる。


一方様々なそう言った系統の物語を読みまくっていた紀清には、メタ的な視点があるおかげかこんな時に現れる人間が一体どう言った存在なのかおおかたな当たりはついていた。囚われた主人公、助けに来た仲間…そんな仲間の前に立ちはだかるのは…敵だけだ。


(こいつが、翠河の記憶を奪った野郎か…?)


「や、みなさんお揃いで。会えて嬉しいよ」


紀清たちが近づくことのできなかった結界の内側…翠河の椅子に肘を掛けるようにして眼鏡をかけた短い黒髪の男が胡散臭い笑みを浮かべて立っていた。


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