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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第四章 師心あれば弟子心《修行編》
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第三十三話 夢裡的想起

「…うっ…」


翠河は窓から指す光の眩しさに瞼を震わせながら目を覚ました。

しかし、何故かいつもより寝心地のいい寝具に加えて重く疲れの溜まった体ではすぐに起き上がるに至らず、微睡んだまま目を開くことができない。

少しの間そうしてうとうととしていた翠河だったが、暫くして体から自分のものでは無い香の香りがすることに気がついた。


(なんだろう…この香り、何処か…よく知っている…)


「って、これは!!」


そしてそれが自分の師匠が普段好んで纏っている香の匂いであることに気がついた途端、翠河は勢いよく身を起こした。

その瞬間頭がズキリと痛み、翠河は額を片手で抑えながら「ここは…」と半ば呆然としたように呟く。

すると次の瞬間すぐ隣から低く落ち着いた声で言葉が返ってきた。


「此処は私の部屋だ」


「えっ!?」


まさか自分の独り言に返事があるとは思わず、しかもそれが師匠であるというのだから余計に驚き翠河はそのままベットから転がり落ちそうになった。慌てて紀清が体を支える。

それに申し訳なさそうにした翠河を見て、紀清は“仕方ないな”とでもいうように眉を下げため息を吐いた。


「気をつけなさい」


「は、はいすみません…」


翠河は今自分の身に一体何が起こっているのかわからず呆気に取られたまま師の顔を見つめ目を瞬かせた。何故、自分は師匠の私室で…しかもベッドの上…何故……?

そして先ほど落ちそうになったことで、翠河は自分の体にかかっている一枚の布の存在に気がついた。そしてそれをよくみてみると、模様や布の質から紀清が普段使いしている羽織であることに気がつき翠河は思わず口を開いて固まってしまった。


(まさか、さっきのやけに覚えのある香りって師匠の____!?)


まさかの事実に思わず勢いをつけてその羽織を持ち上げると、その下で自分が下着以外何も身につけていないことまで認識してしまう。翠河は人の前…しかも尊敬する師匠の目の前でそんな格好でいることが途端に恥ずかしくなり、羽織を被りなおし顔を赤く染めて俯いた。


「わ、私は何故こんな状態で師匠の私室のベッドの上で寝ていたのでしょうか…」


「まさか覚えていないのか?」


混乱の最中蚊の鳴くような声で疑問を口にした翠河だったが、紀清が驚いたように目を見開いたのをみてあわてて昨日の記憶を必死に辿った。すると、昨日夢の中で起こった出来事とその後の自身の正気では無い行動の数々を思い出してしまい、身を強張らせた。


「あ…」


「思い出したか」


そうだ、自分は確か夢から覚めた後混乱のまま泉に落ちて…


「…はい」


「お前は泉に落ちたのだ。たまたま私が夜起きていて気がついたから良かったものの、神とて病には罹る。気をつけなさい」


「申し訳、ありません…」


翠河は先ほどまでの慌てぶりが嘘かのように顔面を蒼白にさせ、紀清の羽織を握りしめて体を震わせた。紀清は突然変わった翠河の様子に内心慌てつつも、表面では冷静に「いったい、昨日の夜何があった」と刺激しないよう優しい声音で問いかける。



翠河は紀清に結局心配をかけてしまっていることが申し訳なくなった。同時に(あのことを話してしまうと師匠を自分の事情に巻き込んでしまうことになってしまう…)と口を開いたり閉じたりを繰り返してなかなか話し出すことができない。相手は完全に翠河を狙ったものだった。それに師匠を巻き込むのは果たして良いことなのか…

紀清はそんなただならぬ様子の翠河に無理強いをするわけにもいかず、ただ辛抱強く隣で翠河を見守った。


(しかし、もし私のせいで水泉派に損害が及んではいけない…伝え、なくては)


どれくらい経っただろうか。体の震えもおさまってきた頃、翠河が徐に口を開いた。


「…夢の中で、謎の男に……私は、記憶を奪われていました。」


「…なんだと」


翠河が呆然としたまま呟いた聞き捨てならない台詞に、紀清は思わず前のめりになって耳を傾ける。


「三年前、私が夢見が悪いと言った話をしたのを覚えていますか」


「…勿論」


「その時から、すでに…私は……」


(…本当に、情けない)


一番弟子にもなって、実際は水面下で妖からの攻撃を受け続けていたなんて。これでは他のどの弟子よりきっと劣っている。師匠だってきっと私に失望し見捨てなさる。

翠河は唇を血が出るほど噛み締め、妖の侵入に三年も事実に気がつかなかった己の不甲斐なさを責め立てた。


「それで、その時…………」


「どうした」


翠河はそのまま続きの説明をしようとして、その後突然言葉を詰まらせた。


実の所、獏に記憶を食われたせいか今翠河の頭の中にはまともな記憶が残っていなかった。紀清と共に過ごした日々、仲間たちとの日々が全て霞みがかったように曖昧にしか認識できないのだ。何度思い出そうとしても、その時誰がいたか何を喋ったかは何も思い出せない。ただ事実としては残っているようで、それが相手の狙いだったにしろ偶然残ったにしろそれだけがまだ救いだった。


しかし、そんな中でも唯一はっきりしている記憶が一つだけある。それは、夢の中で三年も記憶を奪われながらも対峙し続けた謎の男との記憶だった。良くも悪くも、その男との会話は一言一句違わず脳裏に刻まれてしまっている。


「その男は出会った当初…名を、夢妖むようと名乗りました」


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