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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第四章 師心あれば弟子心《修行編》
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第三十一話 惑乱的落水

その日翠河は、いつも通り寝床についた筈だった。


(ここは、何処だ)


____やあ、翠河くん。久しぶり…ってああそうか、君にとってはいつだって初めましてだったか。仕方ないこととはいえ、そろそろこのやり取りも面倒になってきたな。


翠河はその見覚えのない場所に困惑し、あたりを見渡す。すると突然、黒い霧に囲まれた空間で空から軽妙な男の声が聞こえてきた。


(貴方は一体…)


翠河は声の主を探すが、どこにもいない。あまりにも慣れ親しんだかのようなその口ぶりに違和感を覚える翠河だったが、記憶の中にはこんな声の知り合いなどいないはずだ。


____ ああ失礼、俺はただの通りすがりの夢渡人さ。うーん、君は覚えてないだろうが俺は前回の誘いの答えを聞きにきたんだよ。覚えていないだろうからもう一回問いかけるけど…俺しか教えてやることができない鬼術きじゅつの奥義、知りたくは無い?弟子入りしてくれれば俺はが教えてあげるよ。


(鬼術、ですか)


その男の声に言われた通り何も覚えていなかった翠河は、記憶をたどりつつも警戒を残したまま疑問に思ったことを繰り返した。


______鬼術はな…神はだぁれも知らないが、地底じゃ有名な古代に失われた最強の術と言われててね…今それを扱えるのは俺ただ1人。まだ誰も後継者がいないんだ。それを身につければ、この世の誰よりも強くなることができると言われている。…どうだい、興味が湧いてきたかい?


(…)


初めて聞くその術になんと返せばいいかわからず、翠河は押し黙った。それをどう受け取ったのか、空に響く声が軽薄な声音で言葉を続ける。


____いやなにもその術を教えるからって俺を師と呼んで尊べなんて言ってるわけじゃ無い。…それはそれで面白そうだが。ただ、この術を学ぶことはお前にとっても悪い話じゃ無いはずだ。使えば妖退治だって楽になるぞ?なんなら今の水泉流刀術と合わせてもお前なら使いこなせるだろう…おすすめはしないがな。


(…その、貴方は何故私に修行をつけようとするのですか。そんなに強い術だというのなら、弟子はいなくとも志願者はいるはず。何故私の元に勧誘に…)


____そうだなあ…後継者がいないと言ったが…その理由は適性が必要なんだ、この術はな。それで俺はなんとか適性のあるやつを探そうと古今東西あらゆる神や人間、果てには妖まで辿って夢を巡っていたんだが…ようやく見つけたんだよ、お前さんをな。鬼術は血筋の影響を受けるからなあ。………まさかお前だとは思わなかったけどな…


最後のセリフは小さくて聞こえなかったが、翠河にはどうしても聞き逃せない部分があった。


(血筋…?まさか、私の先祖にその鬼術を使う者がいたということですか。)


_____…さぁ、どうだか。何、そう警戒することないさ。俺はただ、お前に強くなる方法を教えてあげようとしているんだよ。お前が強くなれば、きっとお前の大好きなお師匠様も喜んでくれるだろうさ。お前にとってもそれは嬉しいはずだ。なあ、強くなれるのなら別にそんな信仰で集めた神の力なんて使わなくても構わないんだ。むしろそんなの手間がかかるだけだろう?折角適性があるんなら、もっと早く強くなれる方がいいじゃ無いか…俺はお前が早く強くなるための手伝いをしたいんだよ、翠河。


そのままこちらの様子を伺うように無言の時間が流れる。やがて、翠河はゆっくりと顔を上げた。


(…確かに、私は力が欲しい)



___おお、それなら…!


(しかし鬼術なんて怪しげな力など私には必要ない。師の教えに背くことは恩を仇で返すことと同義…私は自分の力だけで強くなります。せっかくのお誘いですが、どうか他の者をお探しください)


力強い眼差しで翠河がそう言い切ると、空から深いため息が聞こえてきた。


____お前は毎回そればっかだ。わかってないなあ翠河…お前にはそんな力は必要ないと言っているんだよ。おそらく清い神の力をいくら高めても、鬼術に適性のあるお前は頂に辿り着くことはできない…お前は、師匠に並びたいなんて言っているようだが…なれるのか?格も神への成り方も全て違う、人上がりのお前が!



(…私は確かに、過去師匠の背中を任せてもらえるほどに強くなりたいと言いました。そしていずれは、あの方をお守りできるくらいには…と。しかし何故貴方がそれを知っている。人上がりだということも含め、先ほどから思っていましたがあなたやけに私のことを知ったように話しますね。貴方と私は何処かで会ったことがあるのか。そもそも私は会った記憶はない。前回とはなんだ、本当の目的は一体なんなんだ。)


翠河は警戒を強めて空に向かって言い募った。先ほどから、何かがおかしい。この男は翠河が知り得ていること以上の何かを知っている。しかし、核心をついたはずの問いにも男はのらりくらりとかわすようにぼんやりとした声音で続ける。


____ははは、会ったことかあ。いんやどうだろうね、少なくとも“天上界では”無いね。まあなんでそんなにお前のことに詳しいのか?なんてタネは簡単だ。俺は見たんだよ。お前さんの記憶をな


(記憶…?)


____これも俺の鬼術の一つでね。一番得意な技なんだ。…最近何か小さなことが思い出せなかったり、昔の思い出が消えてたり…心当たりはないかい?それ全部、俺が勝手に拝借しちまってたんだわ。悪りぃな


そう言われて、翠河は最近襲われていた違和感を思い出した。不自然に消えた記憶、あれは全て悪夢を見た後に起こっていた。そさて悪夢の内容は、何も覚えていない。もし記憶を思い出そうとして体が言うことを聞かなくなるのが…無い記憶を辿ろうとして、体が混乱したせいだとしたら?…そこまで考えて、水河の中で点と点が繋がった。


(まさか、あれは全部…!)


____へえ、気づいたか。じゃあ紹介しよう。これは俺の式神の妖のばくちゃんだ。他人の夢を食い、記憶を喰う。欲から生まれたわけじゃ無い、神から落天して生まれた精霊に近い妖だ。だから力が強く、神の夢にも入れる…そして、記憶を食うこともできる。流石に五神クラスになると不可能だがな。どうだい、なかなか不気味な面持ちをしている気もするがこうしてみてみるとかわいいだろう?


黒い霧が晴れ、目の前に不気味な神気を纏った強大な妖が現れる。その妖は象のような鼻、サイの如き小さな瞳、牛の尾に虎の足を持っている。きっとこれが獏なのだろう。

しかし師匠との記憶や、大切な思い出まで食われていることに気がついた翠河は、その妖を一視すると怒りの形相で天に向かって吠えた。


(ふざけるな、一体何がしたいんだ…!術を継がせたいだけでは無いのか!?何故ここまでする!!私の記憶を返せ!!)


______いいだろ別に…そうケチケチしなさんなって。言われなくてもいつか返す気でいたよ。オレとお前の仲だろう?…すい


やけに親しげに人間の頃の名前を呼ばれ、翠河はその紡がれる声の既視感に目を見開き驚きを露わにする。

しかしそんな翠河の様子もお構いなしに、空から聞こえる声は冷たい声音で言葉を紡いだ。


_____まあ、今返すとは一言も言ってないんだがな。



(なっ…!)



_____ほら、獏ちゃん。最後の仕上げだ、全部食っていいぞ……ああ、でも少しは残しときな。まだ自我を失ってもらっちゃ困る。起きた後やってもらうことがあるんだ。


そのまま獣が鼻息を荒くして目の前の翠河に向かって突進してくる。

翠河は慌てて眼前に干渉不可の術を張ったが、それも獏の突進に虚しくガラスのように砕け散った。鬼術が最強の術だというのは本当だったのかと翠河は小さく舌打ちをこぼした。


_____ほー。もうこんなに夢の中での力が弱くなってたとはな。これは三年かけてじわじわ仕上げた甲斐があったってもんかね。まだ現実に干渉するほどになってないかと思ってたが…どうやらそろそろ限界らしい。


……ほら、早くこちらに堕ちてくるんだよ翠。お前はやがて地底の王になる、特別な存在なのだから。




ふふふ、はははははと不気味な笑い声がその空間に響き渡るが、現在進行形で獏と黒い霧に襲われている翠河にはそれを気にする余裕などなかった。


「やめろ、来るな…来るな…!!」


抵抗も虚しく、夢の中では相手が有利だった。霧に包まれ拘束された翠河は眼前に迫る化け物の姿に身を強張らせ目を見開く。


獏がそのまま体の肉を噛みちぎる。黒い霧でできた手が美しい翠色の目を抉る。黒い淀みが全身にまとわりつきもはや抵抗することもできない。ついには足がなくなり、立てなくなった体は血の海に崩れ落ちた。まるで人の体では無いように簡単に崩れ落ちた翠河の体…そして記憶は、目の前の口に吸い込まれるように食われていく。叫ぼうにも喉元に食らいつかれてもうすでに呼吸もできない。ごぽり、と血の塊が口の端から流れ出た。


次々と頭の中から記憶が消えていく。楽しかった日々、嬉しい言葉、その全てが血に染まった絶望に置き換えられる。正直に言って、気が狂いそうだった。痛みは感じなかった。代わりに記憶が消える、その時の感情が、思いが自分の中からなくなっていく。まるで自分が自分ではなくなっていくような感覚に、翠河はもうすでに頭がおかしくなったのだと思った。その間にも獏の猛攻は止まることがない。



最後に夢の核であった頭に食いつかれ残っていた意識も完全に飛んでしまい、翠河はその悪夢から目を覚ました。


「あああああああああ!!!」


どうして忘れていたんだろう、失ってから思い出すなんて。今までずっとあいつが夢に出てきて自分の夢を記憶を食っていたじゃ無いか。悪夢を見たあとその記憶を食って、事実を隠蔽していたんだ。三年間も!

なんで今その記憶を返したんだ、一体どこまで自分の中身は無事なんだ…翠河は脳内を回るように巡る様々な疑問を全て投げ出し布団を跳ね上げてベッドの中から転がり出た。


床に打ちつけた体が痛い。寝起きで叫んだせいで喉はビリビリするし、頭は割れるように激痛が走る。頭の中がぐちゃぐちゃで何が何だかわからない。

しかし翠河の心の中を一番明確に支配している感情がただ一つあった。…それは、恐怖だ。



翠河は混乱した頭のまま、何を思ったか這い出るようにして窓から外に飛び出た。


翠河の部屋は本邸の一番端なのですぐ外に泉の湧く場所があり、そこには透明な床も無かった。

その神聖な空気に安心し、翠河はその場に崩れ落ちるように座り込む。ぼうっと泉の揺れる水面を見ているうちに、だんだんと心が落ち着いていくような気がする。あれに触れれば、もっと綺麗になれるだろうか。

翠河はまともな思考ができないまま、フラフラとした足取りで水面に近づこうとした。しかし、後一歩といったところで足をもつらせてしまい、倒れる方向が悪く泉の中に落ちてしまった。


力の抜けた体では抵抗することもできず、開きっぱなしの口の中に水が入ってくる。もがこうにも着物が重く腕が上がらない。そのうち抵抗することもできなくなり、ついに体から力を抜いた。


その瞬間翠河は何かに手を掴まれ、勢いよく水から引き上げられた。


「翠河!!!」


翠河の耳には師匠の切迫した声が聞こえてきたものの、やがてすぐに意識は闇に囚われた。


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