第三十話 経過的年月
あれから、三年の月日が経った。
紀清はあれ以降自身が前世で培った知識をフル活用し、最も効率の良い修行のやり方を研究し、主人公達に力をつけさせることに尽力した。その熱意に押されたのか何かに触発されたのか、次世代組の若い神達は皆熱心に修行に取り組み貪欲に自らの神格を上げることに勤めあらゆることをスポンジのように吸収していった。
紀清が主人公達に共に成長する機会を多く設けたお陰か元々の性格が合っていたのか、すっかり主人公たちは今まで以上に仲良くなり、共に力を高め合うことで見事全員が一番弟子の座に着くことへとなった。
阿吽兄弟は二人で一つの存在なため異例の二柱同時一番弟子となったが、それを周りに納得させられるだけの高い戦闘力を持ち得ていた。凡陸は土丘派の技を全て受け継いでくれた弟子が出来て嬉しいのか双子が一番弟子となってからは彼らを自慢する声がよく聞こえてくる。しかしそんな化け物じみた力で稽古なんてすれば勿論稽古場は大変なことになるというもので、土丘邸には清掃のために雇われた神とは別に建物の修復のために外から神が出入りするようになった。
愛爛に関しては本人の才能もさることながら、類稀なるセンスと軽い身のこなしで上手く敵を翻弄し戦いにおいて勝利を収め続けていた。「いつか冥炎様みたいなかっこよくて美人でつよーい神様になるんだ!」と意気込むその姿は天性の無邪気さをそのままにどこか強かで、紀清からすると年々主神に似てきているように思う。
水泉派では、一番弟子の座には霞ノ浦と翠河が候補に上がっていたが、霞ノ浦が「私は誰かを側で支える立場の方が性に合っております」と自ら辞退したため翠河が原作通り一番弟子の位につくことになった。
紀清はそう言った主人公達の修行の様子を水鏡で覗いたり、偶に稽古と称して紛れたりなんてしながら(原作ファンとして)大変楽しく充実した3年間を過ごした。
三年経ったこの時には既に翠河は齢二十二を超えていたため、その姿はすっかり大人のものへとなっており元は肩に届くかどうかだった髪もすっかり背まで伸び、それを後ろで高く結った姿が今や見慣れたものとなった。
次世代組の中でもこうして姿が変わったのは人上がりの翠河だけだが、他の子達も様々なことを乗り越え人の上に立つことを覚えたおかげか、心なしか顔つきがしっかりしたおかげで三年前よりも皆大人っぽくなったように見える。
翠河は一番弟子となったことですっかり人の上に立つ事が板についてしまった。成長した翠河は元々持っていた少年然としたまるさや可愛らしさが抜け、その端麗な姿は見るもの全てをはっとさせるほどに美しい。
そんな清廉潔白で、決して驕らず誰にでも分け隔てなく接するその姿にすっかり水泉派の神々からの信頼を勝ち取ってしまい、他の派の神々も噂をするほどに天上界に名を馳せていた。今や翠河に嫌な顔をする者など一人も居らず、もしいたならば水泉派が総出でその者を袋叩きにすることだろう。
「師匠!今回の菓子は一際上手にできたんです。どうでしょう、花弁の細工を頑張ってみました」
そう言ってお盆に乗せた和菓子を紀清の目の前に持ってきた翠河はそれをそのまま机に置いた。
紀清はその美しく凝られた薄紫の花びらの見事な細工に思わず感嘆のため息を漏らし「綺麗だ」と一言発する。この三年間で翠河の料理スキルはもはやプロ並みに上達していた。最近は甘味にまで手を出し始めているらしく、本人の中でうまくいったものができるとこうして紀清の食後のおやつとして持ってきてくれるのだ。
紀清に褒められたことで、翠河は花咲いたように満遍の笑顔を浮かべた。
こうして一番弟子となり、無事主人公に相応しく立派に育った翠河は周りには“隙がなく完璧”だと思われているが、なぜか紀清の前では少し甘えた面を見せる。
現にこうして紀清が翠河のことを褒めると何かを期待したように頭をかがめ、熱を込めた視線で紀清を見つめてくるのだ。
(撫でられ待ちってか…?くそっ、もうこんな俺と同じ身長くらいの成人男性の見た目してなんてあざとい…!!これが主人公の力か!!)
紀清はそれに内心(俺の負けだよ…)なんて思いつつ、表面上では「仕方がないな」とでも言わんばかりにため息を吐いてから頭を撫でた。多少乱暴なそれは決して撫で心地がいいとは言えないはずなのだが、翠河は何故か昔からこうして紀清に撫でられるのが好きなようだった。
一度(今まで流れでやってたけど、もしかしたら大人になっても頭を撫でられるのは翠河は嫌かもしれないな…)と思った紀清はわざとその“撫でられ待ち”のサインを無視して頭を撫でなかったことがあったが、そのときの翠河があまりにも寂しそうに俯いて落ち込んでしまったため、それ以来なかなかやめ時がわからなくなってしまっていた。そんなことをしているうちにすっかり“褒める時は撫でる”というのが師弟間の習慣のようになってしまった。紀清は翠河のその指通りのいい髪を弄りながら、本当にこれでいいのだろうかと内心首を傾げた。
この三年間、例の皮膚が溶けた妖はあれ以降現れることはなかった。敵の目的がわからない以上警戒を怠るわけにはいかないが、三年も何もないとかえって怖いというものだ。紀清と氷雪丸で散々一体何が目的で、どう言った役割の敵なのだろうかと考察を繰り広げたりしたものの、結局これと言った結論が出ることはなかった。
「師匠、今日は午後から刀の稽古をしたいと思っているのですが…どうでしょう。」
「良い、わかった。私が相手をしよう」
そして一番弟子になった翠河は、水泉派の技でならば誰にも負けないと言えるほどに刀の扱いが上手くなっていた。そのせいで鍛錬をしようにも翠河の相手をできる者がおらず、結果的にこうして紀清が直々に相手をすることが増えたのだ。
紀清としては自分の特訓にもなるため何も拒否する理由はないのだが…
(そろそろ追いつかれそうで怖えーー…!主人公流石過ぎ、どんだけのスピードで強くなるんだよ…!)
昔は“背中を任せてもらえるくらいに強くなりたい”なんて言っていた翠河だが、紀清からすれば(背中を任せるどころかむしろ追い越されそうなんですが???)なんてものである。
原作ではほぼモブの師匠で、改変後にはその主人公に殺された紀清。そんなのではそもそも主人公に勝てるはずがないような気もするのだがそこは紀清の意地の見せ所で、なんとか今の優位な状態を保っていた。
(やっぱ師匠として尊敬され続けたいだろ…!)
いずれいつかどこかでひっくり返る均衡だとしても、せめて翠河の前では尊敬できる師匠であり続けたいという師匠心くらいは許して欲しい。
「まあ、まずはこの菓子を食べよう。…しかし、一人で食べるには多いな。誰か今暇な者でこの菓子を共に消費してくれる者はいないものか。」
そう言って翠河をちらりと横目で見るとその意図を察したのか、もし犬だったなら尻尾をはちきれんばかりに振っているであろう喜びのオーラを纏った翠河が「ご一緒させていただけるのでしたら私が!」と笑顔を浮かべた。それに紀清は「ん」と短く返事をする。
「それでは、今から茶を淹れてまいります。少々お待ちください!」
「いい、慌てるな。」
そのまま慌ただしく部屋を出て行こうとした翠河に声をかけ、様々な花の形をした練り切りを前に紀清は自身の椅子に深く腰掛けた。
一つ息を吐いて埃一つない天井を見上げる。
「なんか、今めっちゃ平和…」




