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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第四章 師心あれば弟子心《修行編》
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第二十七話 師弟的親交

あれからしばらく経った。

特に今までと変わりなく日常が過ぎ…と言いたいところだが、あれ以降紀清を取り巻く環境は少しずつ変化していた。

まず王林がふらりとやってきては徐に氷雪丸を抱えて「今日彼を借りますから」とだけ言って誘拐していく光景がよく見られるようになった。はじめの頃は誰もが突然の来訪(しかも仲が悪いことで有名な王林がだ。)に目を丸くしていたものだが、それも何度も続くと慣れるというもの。今や水泉の日常に組み込まれている。


そして、紀清からすれば我らが主人公サマこと翠河も何かと様子がおかしいのだった。


「師匠!食事ができました、今からお食べになられますか?」


扉からひょっこりと顔を覗かせた翠河の声を聞き、紀清は手に持っていた筆を置く。


「もらおう。」


翠河の紀清に対する妙な世話焼きが看病だけでなく、日常生活の全てに及ぶ様になっていたのだ。

今は朝の用意をはじめ、洗濯や湯浴み、挙句に紀清のための料理や着替えすらも翠河の手を借りて行なっている。

しかし、日常のこととなると時雨よりもやはり男である翠河に色々と任せやすいのもたしかで仕事の面では時雨が、他は翠河が助手の様にして手伝うのが当たり前になってしまった。


「今日は阿泥と吽泥からさつまいものお裾分けをもらったんです!なので料理に使ってみました」


「ほう。それはいいな」


そしてなんと紀清の食事は全て翠河自らが包丁を握って作っているのだ。

少し前、あの時食べた粥の味が忘れられずぽつりと「食事がしたい…」と呟いたところ、どうやら聞かれていた様でその日から何も言わないうちにいつも温かい食事を作って持ってきてくれる様になった。


そしてなんとそれが全部絶品なもので、はじめのうちこそ(翠河はまさか料理スキルまでお持ちで!?やっぱ流石主人公、なんでもできるのか!!)なんて思いもしたが、指に回復の術を掛けた跡を見つけてからはその考えを改める様にした。

主人公が指を傷だらけにしてまで頑張って作ってくれた料理が不味いなんてはずもなく、慣れてからはむしろだんだんクオリティが上がってきている様で毎日レベルの高いおいしい料理を口にすることができている。食事の時間は紀清にとって至福のひと時だった。


それにしても料理もできるとは…翠河にモテ男要素が増してしまったな…


「それでは、今からお持ちしますね!」


「ああ。ん、少し待て翠河。…ほら、髪に葉がついている」


「!あはは、すみません…飾りに紅葉の葉を使おうと思っていたのですが、取るときについてしまった様です」


そう言って照れた様に頬を掻く翠河に、紀清は仕方ないなとでも言う様に息を吐いた。

毎日一緒にいれば多少の気安さも出てくるというもので、今ではこうして穏やかなやりとりができるほどになってしまった。師弟にしては少し距離が近い気もするが、そもそも水泉派は何故か紀清の性質とは正反対に明るく距離の近い(つまるところ陽キャ)神が多いためそこまで浮きはしない。

ちなみに紀清からすれば任務に行くたびにすぐその場の人間と仲良くなっていくし、たまに娘を惚れさせて返ってくるようなコミュ強の翠河も十分陽キャだと思っている。


「身だしなみには気をつけなさい」


「はいっ!師匠の弟子として恥ずべき行動をするわけにはいきませんから!」


そのまま食事を取るために厨房へ走っていった翠河の背を見送りながら、紀清は机の上に出していた筆を片付けるためにのそのそと動き始めた。


ここまで健気に接せられればそりゃあいくら原作改で闇堕ちして紀清と王林に凄惨な報復をした主人公サマといえど可愛く見えてくると言うもので、つい頼りすぎている自覚はあるものの本人も嬉しそうだし…という理由で色々と任せっきりにすることも多かった。

冥炎には「随分と可愛がっているのね」なんてくすくすと微笑ましげに言われる始末で、始めは新入りがでしゃばっていると思っていた他の弟子達も段々と翠河の力を認めたのかそれとも絆されたのか、すっかり今では一目置かれた存在としてみられている。


戦闘も強く、文芸にも長けている翠河は、それもあってすっかり次の一番弟子はきっと彼だろうと囁かれる様になっていた。


(というか実際原作ではそうなるわけだしなあ)


だが、それの時期が多少原作より早くなるかもしれない。まあそんなの誤差の範囲だろう。

翠河の周りを纏め引っ張っていく力は見事なもので、しかも根が素直でいい子なものだからすっかり反抗的な神もいなくなってしまった。初めは世話係を取られたと文句を言っていた時雨も今では仲良く談笑しながら紀清の着物を一緒に洗う始末だ。


(しかしマジでなんでこうなったんだろうなあ…俺に庇われたせい?もしかして負い目感じてる?とか思ってそれとなく聞いてもキョトンとした顔されたし多分違うんだろうなあ…)


紀清は目の前でそわそわとした様子を隠さずじっと目の前で反応を伺う翠河をちらりと見て苦笑いを浮かべながら目の前の食事を一口食べた。


「…どうでしょう、今日の料理は」


「美味い」


「本当ですか!」


そのまま目をキラキラと輝かせ手を合わせる翠河を微笑ましげに眺めた紀清は、徐に翠河の頭に手を置いて撫でる。感情豊かな翠河を見ていると、つい主人に褒められるのを待っている小型犬の様な姿を幻視してしまい撫でたくなってしまうのだ。

翠河はそれに顔を赤くすると無言で俯く。これも紀清が最近見つけた翠河の意外と素直で可愛いところだった。


「お前が作ったものはなんでも美味い」


「い、いえそんな…!嬉しいですが、お口に合わないものなどは言ってください!無理して食べさせるわけにはいきません」


「いや…本当にない。大丈夫だ、ありがとう」


強いていうならば紀清は生前茄子があまり好きではなかったが、翠河の手にかかればそれすらも上手く調理されてしまってまったく気にせず食べることができる様になった。下手したら料理屋開けるなんて考えながら紀清は汁物に入れられたさつまいもを最後の一口として食べ、箸を置いた。見計らったかの様に差し出された布で口を拭う。


「…ああ、そういえば近々合同任務があるな」


「はい。土丘派の阿泥と吽泥、火峰派の愛爛、それに私と霞ノ浦の同期達で一度現世の妖がよく出没する山奥を調査することになっています」


「そうか。交流を深めるいい機会だ、励むといい」


「はい!」


そう、そろそろ翠河達の世代(まあ要するに主人公世代というやつだ)も各々仕事になれただろうということで凡陸や冥炎に話を持ちかけられたのだ。もうすでに彼らの間で交流はある様だし、特に問題はないどころかむしろ原作のやりとりがみれるかもしれないと紀清はすぐにOKの返事を出した。それがわずか数日後に控えているのだ。


(くっ…!主人公とその個性あふれる仲間達、そのやりとりを間近でみたかったのに…!)


本当は引率としてついていきたいという気持ちは山々なのだが、丁度そのタイミングで逃せない水神達との会合が重なってしまい泣く泣く諦めた。水鏡で覗くこともできそうにない。

凡陸がついていくらしいので、その後に報告を聞くという体で色々と聞き出してみよう…と紀清は決意を固めた。


「くれぐれも凡陸や他派の神達に迷惑をかけない様に。」


「もちろんです!いくら友人達であろうと任務で気を抜くつもりはありません」


「ならばいい」


そもそも迷惑をかけるとは微塵も思っていないのだが。

紀清はこの頃にはすっかり翠河をキャラクターではなくひとりの人間として見る様になっていた。

彼は愛想もよく素直で甲斐甲斐しく健気で、成人していないその姿はまだ可愛らしさを残している。これがまさかあんな風に闇堕ち…いや、それは考えないことにしよう。


氷雪丸がもしここにいれば《滅茶苦茶気に入ってるじゃないですか…》と呆れた様に言われたかもしれないが、彼は今王林に連れ去られているのでここにはいなかった。


「あっ…!」


「どうした」


食器を片付けていたはずの翠河の元から慌てた様な声が聞こえ、紀清は書類に向いていた手を止めて彼の方を振り返った。


「い、いえすみません。少しふらついてしまい水をこぼしてしまいました…すぐに拭くのでお待ちを」


「いい、ここに布がある。…お前にしては珍しいな、どうした。熱でもあるのか」


溢れた水を拭き取り、翠河の額に手を当ててみるが熱が出ている気配はない。子供の様に熱を確認されたことでまた顔を赤く染めてしまった翠河の様子に紀清は首を傾げたが、そのまま手を離した。


「少し、寝不足なのかもしれません。申し訳ありません」


「眠れないのか」


「いいえ!ただちょっと夢見が悪く…何の夢かは起きた時には忘れてしまっているのですが、どうにもいい夢ではない様であまり眠れた気がしないのです」


紀清はそれを聞いて心配げに眉を下げる。翠河はそれに慌てて「あ、でも問題はありません!今のはただの自分の不注意です。」と弁明する様に言葉を続けた。


「しかし神が見る夢というのは何かと意味を持つ。悪夢がこれからも続く様であれば、また言いなさい。仕事にも支障をきたすといけない」


「そうですね、すみません。もう少し続く様であればまた相談させていただきます」


「ああ」


そのまま寝不足の翠河に世話をさせるには紀清の良心が許せず、幸い今日は非番のようだったため「部屋で休みなさい」と言いつけて帰らせることにした。

誰もいなくなった部屋で書類を捌きながら紀清はふと思う。


(主人公の見る悪夢って、それ何かのイベントの前振りだったりしないよな…?)



人はそれをフラグというのだが、今の紀清には知る由もなかった。


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