第二十二話 全容的発端
「王林様は文神なのに、どうしてそんなに戦いを学ぼうとするのですか?妖退治は文神は参加しなくても良いはずですが…」
「…僕は、ただ同期の二人に追いつきたいんだ」
「二人のことが、大切なんですね」
「うん!」
「では名入りの神器がもらえるように、二人で頑張りましょう」
華女は、武神でありながらもなんでもできる神でした。当時一番弟子の座もすぐそこだろうと言われているほどで、なぜ落ちこぼれ扱いされていた私と一緒にいたのか当時は誰もが疑問に思ったことでしょう。
今思えば…華女は、ふとした時に私を眩しいもののような目で見てくることがありました。それはまるで人間の信者たちと同じような…。まあ、当時の私のことをなぜそのように思ってくれていたのかはわかりませんが、彼女は私を慕ってくれていたようです。
神が神に対してそんな感情を向けるのはおかしいことだと私はわかっていましたが…私を悪く言わない彼女の側は心地よかった。よく二人で修行をしたり、一緒に遊んだりしました。代わりに同期とは全く話す機会が全くなくなってしまいました。そのまま数十年会わない日が続いたある日、私は険しい顔をした二人に任務の帰りに一人でいるところを捕まりました。
「王林!」
「ひ、久しぶりだね紀清兄…」
「久しぶり、じゃないだろう!?こんなに長い間俺たちを避けて、一体どういうつもりだ!」
「避けてなんか…」
「どうして私たちの伝言符をずっと無視なんてしてたの?ひどいわ、一枚くらい返事をくれたっていいじゃない」
「ごめんなさい…」
「…謝って欲しいわけじゃないの。ただ…私たち、あなたに何かしちゃった?理由を知りたいわ」
そういって、悲しそうに目を伏せる冥炎の姿に、罪悪感が湧いて出たのを覚えています。だって、本当に二人は何も悪くないのですから。しかし同時に、神生まれの二人には決してこんな醜い感情は理解できないのだと言うこともわかっていました。
「二人は何も悪くないよ」
「じゃあ、どうして?」
私は素直に理由を口にできるはずもなく、口をつぐみました。するとそんな私を見て、紀清は舌打ちを溢し低い声でこんなことを言ったのです。
「ハッ、最近同派の女にうつつを抜かしてると聞いてる。そのせいだろう」
「は、」
その同派の女と言うのが、誰のことを言っているのかすぐに気づきました。
「華女はそんなんじゃないよ!ただ仲良くしてくれてるだけで…」
「どうだかな。俺たちのことがどうでも良くなるくらいには仲良くしてるようだが」
その棘のある言い方に、自分だけでなく華女も悪く言われているように思った私は珍しく反論しました。
「やめてよ!華女を巻き込まないで、ただの友達だよ」
「じゃあなぜ私たちの呼びかけに応じない、どうして避けた!」
「紀清、落ち着いて…」
「お前だって気になるだろう冥炎!!」
「それは…」
言い淀む冥炎の姿に、二人は今自分を責めているんだと思い込んだ私は…ついムキになってしまい、突き放すようなことを言ってしまったのです。
「もういい、わからずや!!二人なんてもう知らない!!」
「王林!!」
その日、帰っても腹の虫の治らなかった私は華女にその話を聞いてもらいました。華女は口に手を当て「そんなことが…」と溢した後、眉を下げて申し訳なさそうな顔をしてこういいました。
「私のせいでごめんなさい。これからは気にしないでお二人の元に…」
「やだよ、なんで友達と遊んだだけであんなこと言われなきゃならないんだ!華女も巻き込んでごめんね…二人を避けてたのは僕の意思だったんだから…君のせいなんかじゃない」
「…このまま、喧嘩したままでいいのでしょうか。王林様は、彼らのことが嫌いなのですか?」
「ううん、そんなわけない…二人が嫌いだから避けてたわけじゃ、ないんだよ。全部僕が悪いのに…」
「そう自分をお責めにならないで。しかし…嫌いというわけでないのなら、早めに仲直りをした方がいいですよ。こういうのは、なにかと後を引きますから」
「…うん。わかった。明日謝る。」
実際、勝手に彼らと自身を比べ、人の目を気にして嫉妬して、そんな感情を抱いていることがバレたくない一心で二人のことを避けていた自分が全て悪いことは分かっていたのです。なので、私はその後謝りに行こうとしました。
しかし…ここで誤算だったのは、紀清が思い込んだら徹底的にそう思うタイプだったと言うことでしょうか。冥炎が間を取り持ってもうまくいくことはなく、むしろ会うたびに言い争うことが増えていきました。
「そんなこと言っても、本心ではお前は俺たちが嫌いなんだろう。だから避けるんだ!!」
「違うって言ってるじゃん!」
「どうだかな。お前はすぐに嘘をつく。やっぱり人上がりは信用ならない」
「なっ…!」
「ちょっと、紀清!それは流石に言い過ぎよ」
「…冥炎姉や紀清兄だって、神生まれだから何にもわかんないんだ!ヒトの感情が理解できない神が五大神派の一番弟子だなんて世も末だね!」
「お前…!」
「王林!」
しかし、この日はいつにも増して口論がヒートアップしてしまっていました。冥炎の静止も効かず、私たちは互いのことを汚く罵り合いました。今まで一度も言ったことがないようなことも平気で言い捨てました。
「お前なんて本当の弟でもなんでもないくせに、可愛がってやった恩も忘れて!!」
「……ッ」
その言葉にショックを受けた私は、すっかり頭に血が上り、思ってもいないことを吐き捨てました。
「…わかった、いやわかりました。名誉ある各派一番弟子のお二人に向かって、“私“は飛んだ失礼な口を聞いてしまいましたね。もう二度と兄や姉などとは呼びませんので、ご勝手に!!」
その言葉に衝撃を受けた様子の二人を無視し、私は険しい顔のまま屋敷に戻りました。
そしていつも通り出迎えてくれた華女の姿を見たあと、堪えることができず声を上げて泣いてしまったのです。自分からやったことのくせに、二人と本当にこのまま縁が切れると思うと…なんて、都合のいいことを思いながら。
華女は優しいので、何も聞かずに寄り添って慰めてくれました。いつも修行でうまくいかず、泣きついた時と同じように涙を袖で拭いながら背を撫でて…。しかし、この時だけはなぜかいつもと少し様子が違いました。
「…王林様はもうその二人のこと、嫌いですか?」
「…うん。二人なんて、もうどうでもいい。」
しかし腹が立っていた私はそんなことに気づかず、本心とは真逆のそんな事を言ってしまったのです。
この時彼女のそんな違和感に気がついていたら、何か変わっていたのでしょうか。




