第二十一話 想起的千秋
「私と冥炎と紀清は、今でこそこうですが…昔は本当に仲が良かったのです。
最も、仲の良い時間よりもこうしていがみ合う時間の方がすっかり長くなってしまったのですけどね」
_________八百年前
「今年は三人…うんうん、なかなか皆いい目をしているナ!!」
私たちはその年の神選の儀まで残った最後の三人…いわば同期でした。
元々同期というものは絆が深まりやすいものです。私たちがそれぞれの主神の元に無事選ばれ、その後交流を深めることになったのも至極当然のことだったと言えるでしょう。
そしてこの時…恥ずかしながら私は力も弱く満足に妖一匹倒せないような有り様でしたので、任務に行く際には二人の後をついて周り泣きついたものです。しかしそんな私に二人は嫌な顔一つせず、むしろ元々二人よりも年下だったせいもあってかまるで弟のように可愛がられました。
「王林、そうやって泣いてばっかじゃいつまで経っても強くなれないぞ!刀はこう振るんだ!」
「ううう、紀清兄みたいに大きな太刀は僕には扱えないよー…」
「仕方ないな、じゃあせめて自分に合う武器を見つけるんだ。いつまでも俺たちが守ってやれるわけじゃないんだからな!」
「まあまあ、いいじゃないの。王林は文神よ?武神の私はともかく、文神のくせして紀清みたいにもう名入りの武器を持ってる方が珍しいんだから。王林、焦らなくていいのよ。怖い妖が襲ってきても、あなたに危害を加えられる前に私たちが倒しちゃうわ!」
「冥炎姉…ありがとう。でも、いつまでも二人にこうして守ってもらうわけにはいかないから…僕、頑張る!」
当時の私たち三人は血の繋がりはないながらも兄弟のように過ごしました。その時の様子は、逢財様曰く天上界の同期の神の中でも珍しいほどに仲が良かった、そうです。ふふ、今では考えられませんね。
武神の冥炎は元々の素質故かやがて頭角を表し、早々に名入りの武器を手に入れていました。紀清も、文神ながらに事務作業も当然のこと、戦いが上手かったので武器を手に入れるのは早かった。もともと水泉派に伝わる刀との相性が良かったと言うのもあるかもしれませんが。
私は、そもそも自分に合う武器すら分からなかったため、妖退治に満足に参加することもできず…当時師匠を大層困らせたものです。
しかしその当時私は「二人が自分を守ってくれる」と二人のことを信頼していましたし、強かった二人は宣言通り私に妖の指一本触れさせることなく退治を終えていました。頭脳で神選まで上がってきた文神として、流石に作戦を考えたりくらいはしましたが私が前線に立つことはほぼありませんでした。
そうしてどんどん信仰を集め、神格が上がっていく二人の成長を私は我が事のように喜びました。
しかしそんな日々は長くは続かなかった。七百年前、二人が同時期に一番弟子として、次期主神の座に名を連ねた時でした。
その時の私は、神格も多少は強くなったとはいえ未だ飛び抜けたところもなく弱いままで、一番弟子など程遠い唯の弟子の一人だったのです。
「すごいよ二人とも、次期主神なんだよ!自分のことみたいに嬉しい。」
「そんなわざわざ祝ってくれなくたって…当然のことだ」
「ちょっと紀清?…ありがとうね王林。でも、色々と主神のお仕事を手伝わないといけないみたいで…今までみたいな頻度では会えなくなっちゃうけど、何かあったらすぐに頼るのよ。いつだって駆けつけるわ」
「ありがとう、冥炎姉。だけど…これからはできるだけ一人でいろいろやってみるよ。それでいつか二人に追いつけるように、隣に並べるくらいになりたい!」
「そうか。お前も一番弟子になれたら、俺たちの代は凄いことになるな」
「ふふ、王林ならきっとなれるわ。だってこんなに頑張っているんだもの。武器も最近手に入れたんでしょう?すごいわ、誇らしい」
「えへへ」
二人はずっと優しかった。当時の私には見込みなんて全くなかったはずなのに、一番弟子になれると励ましてくれたのです。私はそれに応えたくて必死に頑張り、やがて妖だって一人で退治できるようになりました。
しかし…いつも通り森の奥で修行に励んでいたある日、私はこんな会話を聞いたのです。
「あの御二人はすごいなあ」
視線の先には冥炎と紀清が手合わせとして開けたところで激しい戦いを繰り広げている様子がありました。私は二人が褒められているのを理解し、つい誇らしい気持ちでその後の会話に耳を傾けてしまったのです。
二人はすぐ後ろにいる私の存在には気づいていないようでした。
「しかし、あの御二方の後ろによく付き纏っているあの男は一体誰だ?服からして木谷派であることはわかるのだが」
そしてその指している男が自分だと気がつき、その音葉にあまりいい感情の色が含まれていないのを感じ取った私は、思わず息を潜めて影に隠れました。
「ああ、同期らしいですよあの三人。しかしどうやらあの子、二人とは違い未だ鳴かず飛ばずのようで、簡単な妖の討伐でも傷だらけになって帰ってきたのを覚えています。」
「それは大変だろうなあ。なんせ同期に千年に一度の逸材を二人も抱えてきてしまったわけだ、さぞ居心地が悪かろう」
「しかも、彼はどうやら人上がりらしいのです」
「なんと、それは」
今となってはそんなことはないのですが、昔は人上がりとは神より劣っているとされていました。人上がりは神力も弱く、神格は低く、すぐに堕ちる厄介な存在だと。もちろん例外は沢山いましたが…事実その通り神力も弱く戦闘でも使いものにならない私を見て、目の前の神々は同じことを思ったのでしょう。
彼らが立ち去る頃には、私は両の手を握りしめて俯いていました。
気づいたのです。ああ、やはり側からみれば私はそんなふうに見えていたのかと。
いくら二人が家族のように大切にしてくれようと、周りの言葉なんて気にするなと言われようと、その時の衝撃はずっと私の胸の奥底に根を張り離れることがありませんでした。
あの神々に悪意はありませんでした。もともと私に聞かせるつもりなんてかけらもなかったのでしょうし、声音だって上辺だけの同情で憐れんだようなものでした。しかし悪意がないからこそ、より辛かったのです。
「王林、最近どうした。何を塞ぎ込んでるんだ?俺たちに言えないことか?」
「なんでもないよ。二人には関係ないから、気にしないで」
「どうしてそんな他人行儀に接するの?私たち、何かしてしまった?ごめんなさい。でもあなたがここ最近ずっと暗い顔をしているものだから私たちは心配してるのよ…気が向いたら、いつでも相談してちょうだいね」
わずかな会える時間さえも自分のために費やし、心配の言葉までかけてくれる二人に私はこの胸内の不安を全て話してしまいたい気持ちが生まれました。しかし、いつも踏みとどまってしまうのです。ただでさえ自分のことで忙しいであろう二人にこれ以上負担をかけるわけにはいけない、と。
私は人上がり、紀清と冥炎は清く正しい正当な神の生まれ…実力の差など初めから明らかだったのも頷けます。
二人が実力と成果を上げるたび、段々と私は劣等感を抱くようになりました。
それにより、ただでさえ会える時間は少なかった二人を遠ざけるようにし始めたのです。しかし、二人のことが嫌いになったわけではなかった。どちらかというとこれは、こんな感情を抱く自分の浅ましさが嫌で二人に合わせる顔がないと思ったが故の行動でした。
そうして二人と距離を置く中、私は木谷派の中でとある神と仲を深めていました。
その子は自分の数十年後に来た神の一人だったのですが、自分と同じく人上がりだったためか気が合い、すぐに意気投合。立場を気にせず同じ派のただの弟子という間柄で過ごす時間は心地よかった。今まで冥炎と紀清と共にいれば必ず立場の差が目の前に横たわってしまっていたものですから、しがらみのないただの友人という存在にこの時の私は救われていました。
「あ、いた!」
私の声が聞こえると、いつもその子は若葉色の短い髪を靡かせ花の咲いたような笑みでこちらを振り向きます。
「華女!今日はどこで修行する?修行洞にまた行く?それともたまには修練室のほうがいいかな」




