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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第二章 猫にまたたび、紀清に翠河《翠河編》
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第十八話 撃滅的収束

「何を呆けている!!!」


紀清は氷雪丸の神力の補助の助けを借りて立ち上がり、妖の方を向いたまま二人を怒鳴りつける。


(今此処で主人公にやる気出してもらわないと俺が死ぬ!!本気で死ぬ!マジで脇腹が死ぬほど痛い!!)


しかしそんな師から放たれた言葉は、たった一言でも翠河と霞ノ浦の冷静さを取り戻すのには十分だった。

二人はハッとしたように顔を見合わせると紀清の元へ駆け寄ってくる。その様子はすっかり先程までの狼狽えていた姿とは違い、目には鋭い知性の光が宿っていた。


「其処の小娘がこの妖を生み出した原因なのか!?」


本当は全ての経緯は天上から見ていたのだが、本来紀清はこの少女のことは知らないはずだ。なので全く知らない体で二人に問いかける。


(だって突然颯爽と現れた師匠が「あの妖は娘の願いから生まれた〇〇で、対処するには△△を…」なんて言い始めたらヤバすぎるだろ!?一体どんな千里眼持ちだってんだ!!)


紀清はこの世界に転生した瞬間から、密かに自分の手の届かない範囲の能力を求められる勘違いだけは絶対に巻き起こさないようにしようと決意していた。


「おそらく、そうだと思われます」


翠河は紀清の体を支えながら神妙な顔で頷く。霞ノ浦は件の妖から距離を取り符で守りを固めながら様子を伺っているようだ。いつのまにかちゃっかり気絶した少女の体もその守りの範囲に運び込んでいたのだから、紀清はその手腕に是非あっぱれとでも言ってやりたくなった。


「彼女の弟を蘇らせるという願いが…願欲へと変貌し、その強い想いから人型の妖になったのでしょうか」


その霞ノ浦の考察は、極めて正解に近かった。

実際目の前のヘドロの塊のような人間(と言っていいのか?)は其処で倒れている少女の願い…もうすでに欲となった願いだが、それから生まれた妖と呼ばれる歪んだ存在だ。この少女は自身の弟の復活を願うあまり、天が何を間違えたのかこんなに最低最悪な形で彼女の望む『弟』を作り上げ、命を与えてしまったというわけだ!

これには黒いサンタさんも流石に度肝を抜く程に嬉しくなさすぎる最悪なプレゼントだ。


しかし、妖というのは大抵こういう誰も救われないような生まれ方しかしない上に、自我があるものもほとんどいないので結局不幸になるのはそれを生み出した側になってしまう。なんて報われない不幸の塊なんだろうか。


「では、どう対処する」


紀清は静かに問いかけた。二人は目に真剣な色を灯し小声であれこれと相談する。あの妖にどれだけの知性があるかわからない以上、大声で作戦を話して聞かせるわけにはいかないという適切な判断だ。紀清は心の中で拍手でもしてやりたい気持ちになったが、ズキンと存在を主張してくる脇腹の痛みのせいですぐにそんな余裕は掻き消えた。


「倒すことは不可能でも、拘束して地底へと導けば…」


「しかし無力化するにはあの厄介な手を封じる必要があります」


「あいつの足は手とは反対に細くて短い。其処を狙えば体を崩すことくらいはできるかも」


「どうやって体に攻撃を加えるのですか。辿り着くまでに手に攻撃されて傷を負ってしまいます」


しかしながら、そんな二人の会話は平行線を辿っているようだった。

紀清はそろそろ自分が限界を迎えそうなことも相まって、早く解決してもらいたい一心で助言をすることにした。息を吐くほどの細い声で告げる。


「目玉だ」


「師匠?」


「あいつの弱点はあの剥き出しの目玉だ。其処を狙え」


紀清はそういうと目の前で紀清たちを攻撃しようと刃物のように尖った腕を伸ばしては、守りに阻まれ弾き飛ばされるといった事を先程からずっと繰り返している妖を鋭く睨みつけた。どろりと溶けた顔面からは眼球が二つぶら下がっており、口があるはずの場所にはかろうじて歯らしきものがあるもののぽっかりと穴が空いているだけだった。しかし、原作知識を持っている紀清は知っている!あの眼球には妖の核が入っており、それさえどうにかできたのならあの妖はすぐさま無力化することが可能なのだということを!


「目玉を攻撃すれば、あの妖は倒せるのですか」


「そうだ。しかし同時に潰さなければすぐに元の姿に回復するだろう。」


翠河は考える。一体どうすればあの激しく動く溶けた人型の妖から、更に小さな二つの的に攻撃を浴びせることができるのだろうかと。おそらく、一人では不可能だ。誰かとの協力が必要不可欠となる。しかし、唯一自分と同じ程度に傷の浅い霞ノ浦は今符で守りを張っている。彼女の守りがなければ紀清や少女はどうなる。


翠河はある覚悟を決めた。刀を強く握りしめ、目の前の敵を鋭く睨みつける。しかし、不意に視界の端にいた人物が動いた。


「貴様、まさか相打ちになってでも止めようなどと考えているわけではあるまいな」


その時、紀清は翠河の妙な様子に一人冷や汗をかいていた。なぜなら、主人公が断崖絶壁に立たされた時に拳を握り何か決意を込めた表情をしたのならば、それは十中八九自己犠牲精神を発揮し見事な主人公特有の厄介な覚悟を抱いた時の表情であるのだろうから!主人公に生き延びて欲しい紀清にとって今その自己犠牲の精神は全くもって不必要なものだったので、もしそんなこと考えているのなら目を覚ませと割と切実な心境で翠河を睨みつけた。


一方翠河は紀清のその言葉に思わず心臓を跳ねさせる。まるっきり考えていたことが見通されていたと思ったからだ。紀清の判断は正しかった。


「それは許さん。せめて私が援護するからには、無傷で討ち取るくらいの覚悟を決めておいて欲しいものだな」


そうしてそのまま徐に、紀清の血で毛皮が赤く染まってしまった氷雪丸を肩の上に乗せると霞ノ浦の結界から飛び出し剣を構える。結界から出ていかれた霞ノ浦も翠河も慌てて引き止めようとするが、全く紀清が結界に戻ろうとする様子はない。

そのまま繰り出され続ける刃腕の攻撃を太刀で受け流し続ける紀清に翠河も攻撃をかわしながら駆け寄る。


「師匠!無茶です、ケガレを負った状態で神力なんて使えば…!」


「若造に戦わせておいて自分は後ろで高みの見物など御免被る!それに私の神力が尽きようと、拘束程度の術ならば問題ない。隙を逃すな!」


「紀清様!!」


そう言って不敵に笑みを浮かべる紀清の姿はまさに戦神というに相応しい。彼自身の生まれは全く武神の成り立ちではなかったものの、戦いのセンスだけは常に周りから頭ひとつ飛び抜けた状態で持っていたのだ。たとえそれが紀清に転生した人間の痩せ我慢と意地故の無謀な賭けであったとしても、周りを納得させられるだけのカリスマが彼にはあった。


(氷雪丸!!!マジ助けてくれ神力すっからかん!!!!)


もっとも、それは本当に外見だけの話ではあるのだが!紀清は心の中ですでに百回は血を吐いたし、心情的には白目を剥いて今すぐ首を掻き切ってしまいたい程度にはマジで想像以上の痛みを催すケガレに苦しんでいた!


《なんで啖呵切ったんですか馬鹿なんですか!!拘束の術使えるほど回復すらしてないくせによくそんな口が回りますね!?》


(しょうがないだろ!!此処で主人公に捨て身の突撃されたらせっかく重傷を負う未来から救ってやったことの意味がなくなるし、かと言って霞ノ浦とコンビ組んで攻撃してもらったら俺がこの女の子守らないといけなくなるだろ!?自分でさえ手一杯なのに!じゃあもうあと残った選択肢なんて自分が足止めくらいしてやってあとは主人公サマに上手いことやってもらうしかないだろうが!!)


紀清は一周回って怒りに近い感情を抱きながら心の中で絶叫した。俺だってしたくてしてるわけじゃない!!


《まあ神力を分けるのは構いませんが!代わりにこの一撃決めたら僕の神力もごっそり減るんですからね!もう僕からは守ってあげられなくなりますよ!》


(うるせーそれでいいよもう!摩訶不思議な主人公パワーを信じるのに賭けたんだよもう俺は!いいからとっとと神力を分けろ!!)


《ああもう変なところで頑固ですね貴方!じゃあ今から神力を分けますから、動かないでくださいよっ》


そう言って氷雪丸がひょいと紀清の肩の上から宙へ飛び上がり、飛術を使って隣に浮かぶと天へひと鳴きした。すると突然紀清の周りだけ上から雪が降ってきて、それが体に溶け込むように吸収される。

紀清は体に先ほどより力が満ちてくるのを感じた。よし、これならいける!


(息合わせてくれよ氷雪丸)


《僕だって前回は紀清だったんですからね!忘れてもらっちゃ困りますよ!》


「行くぞ氷雪丸、双水鎖魂そうすいさこん!!!」


そう言って氷雪丸が紀清に力を込めたタイミングで刀から一撃を繰り出すと、その衝撃波が妖に到達した瞬間光の鎖となって瞬く間にかの体を拘束した。腕ごと巻き上げたおかげか妖は今や無力に芋虫のように蠢いている。


元々は鎖魂という技は魂ごと相手を拘束するという水泉派に伝わる技なのだが、なんとこれは都合の良いことに同じ神力を持つ御使と協力することで威力が跳ね上がるという特別な技だった。主神に付く御使の獣は決してただの可愛いマスコット的動物ではなく、時には文を届け、時には戦いでも協力するいわば主神の分身と言っても過言ではないのだ!!


「今だ、翠河!」


「やぁぁぁあああっ!!!!」


そうして主人公が最大の力を込めて放った爆発的な一撃により、無事妖の目玉どころかチリすら残さずその体は消え去り、後にその場に残ったのは気絶した村娘が一人と、その美しい顔や体を切り傷まみれにした若い男女の神が二人、そして最も重傷を負っているであろうその身に纏う服を全て真紅に染めた主神が一人と同じくボロボロになって歩くのもおぼつかなくなった猫が一匹であった。


静かになった場に、全員の荒い息の音だけが聞こえる。そんな静寂を破ったのは、紀清が血を吐いて膝から倒れ込む音だった。


「ケフッ」


ばたりと倒れ込んだ主神の姿に、慌てて肩で息をしていた二人が駆け寄る。


「師匠!酷い傷だ、早く手当をしないと…!」


「とりあえず天上界へ戻らなければ、ケガレは神聖な水で清めなければなりません」


霞ノ浦がその体を支え、翠河が必死に神力を分け与えようと手を翳して力を込める。

意識が朦朧としていた紀清だったが、最後の力を振り絞って口を開いた。


「……ひょうせ…つ、まる。行け」


この時ばかりは二人とも神力が尽きかけていたため、いつものように心の中で会話することはもう叶わなくなっていたが、互いの目を見て全てを理解し氷雪丸は助けを呼ぶために天上界へと飛び立った。

あたりに雪の結晶が舞い散りやがて消える 


「お前たちは…その…娘を返し、傷の…手当て、を…」


「それよりも重傷なのは師匠の方ではありませんか!どうか神力を受け取ってください、このまま尽き果てればいずれ…!」


そう言って目に涙を浮かべる翠河に、紀清はゆっくりと首を振って神力を注ごうとし続ける手をそっと降ろさせた。この時の紀清の心境といえば(助けを呼びに行ける頼みの綱のお前までこれで無力になってどうするんだ!)なんて気遣いの微塵もないものではあったのだが。


紀清はそのまま抗えない体のだるさに目を閉じた。やがて意識が朦朧としてくる。


(マジ主人公守りながら自分の身も守るなんて無理ゲー)


意識を手放す最後に思ったことがそんな事だなんて紀清はちょっと泣きたい気分になったが、原作主人公はこれよりひどい怪我してたんだから俺はこれで死なないことを祈るぜ…と淡い希望を抱きつながらついに意識は真っ暗な闇の中へと落ちていった。






「誰か、お助けください、お助けください。我が主がケガレを負いました。場所は地上、洛染の村…お助けを…だれ…か…」



「…氷雪丸?それに主とは…まさか、紀清殿のことですか」


天上界のとある屋敷でシャン、という鉄扇を閉じる音がその場に大きく響いた。

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