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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第二章 猫にまたたび、紀清に翠河《翠河編》
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第十六話 保守的介入

同時刻、水泉邸



(さて…行くか)


紀清は膝に乗っていた氷雪丸を地面に下ろすと、立ち上がり下界を映す水鏡の術を解いた。水面に波紋が立ち途端に翠河達の姿が掻き消える。


「あれ、紀清様。お出かけですか?」


「ああ。」


そのまま棚の場所まで歩くと、紀清は豊かな髪を紐でくくり白の羽織を身につけた。腰には太刀の“さざなみ”を帯びれば完璧だ。

これは作者の氷雪丸お墨付きの紀清の外出スタイルだ。戦闘服とも言う。文神の紀清が戦いをしやすくするためのこだわりの衣装で、天上の蜘蛛の糸を使ってあるので大変破れにくく丈夫な生地になっている。勿論戦闘だけでなく祭典などでも用いるのでこの前の神選の儀の時も実はこの格好をしていた。


髪を結うと気が引き締まった気がするな、と紀清は先程まで翠河たちを映していた鏡で自分の姿を見てみる。おお、紀清の顔も流石整ってるだけあって髪を括った姿もなかなか様になっているな。カッコいい。


(よし、これでもし戦闘になってもある程度自由が効くようになったぞ!)


《ねえ、本当に行くんですか》


そうやって紀清が一人で気合を入れていると、氷雪丸が不安そうな表情で足元から見上げてきた。尻尾をうなだれさせるその姿はただの猫だと思えば頭を撫で回したくなるような同情を誘う可愛らしさだ。


(さっき散々話し合っただろ。もう行くって決めたんだよ俺は。お前もついてきてくれるって言ってただろ)


《そりゃそうですけどお…》


ま、それがただの猫だったらの話なのだが。流石に中身人間だと思うとなあ…しかも愛読してた小説の作者であり悪役の中の人であるというなんとも複雑怪奇な関係性…

紀清は会話しやすくするため先ほどおろした氷雪丸をひょいと肩に乗せた。



____時は数時間前に遡る。紀清と氷雪丸が水鏡で翠河達の動向を追っていた時だった。

水面には妖に取り憑かれた少女が手を振って駆け寄ってくるところが映し出されている。それに応える主人公達の様子を見て、唐突に紀清は心中に不安が広がった。


(なあこの後確か主人公とヒロイン、敵に不意打ちを喰らって重傷を負うよな。それって助けにいかなくて大丈夫?それともそこからもう原作と違うのか?)


《違いませんよ、別にそこまでの流れは僕変えてませんし。まーあ助けなくても大丈夫なんじゃないですかね。だって翠河には主人公補正の力があるんですよ?実際、僕が紀清をやっていたときは原作と違って助けにもいかなかったし寧ろ邪魔すらしてましたけど10日後彼らめっちゃ無事に生きて帰ってきましたもん》


氷雪丸が肩をすくめながら呆れたように鼻息を吐く。しかし紀清はそれにツッコミたくなった。


(いやちょっとちょっと待て、俺はそっちのお前が邪魔してた方しか知らないんだが、本来どうなってたんだここ)


《普通に翠河達が重症で数日行方不明になった時には裏では紀清は彼らの行方を探してましたね。でも紀清の動きに気がついた王林がそれを妨害してて結局紀清が主人公達の行方を掴んだのは見失ってから五日後とかだった気が…》


(マジ!?そんなお優しい原作サマで五日かかって、お前が邪魔した世界では10日で帰ってきたんだろ?主人公補正やべえ…下手したら不死身なんじゃないのか…)


《いやそりゃそうですよ。だって主人公死んだらこの世界も終わっちゃうじゃないですか。》


(待って!!それ初耳!!!)


紀清は驚きのあまり氷雪丸を乱暴に掴んで目の前に抱えた。氷雪丸は氷雪丸で目を丸くして「アレ?」みたいな顔をしている。


《えっ言ってませんでしたっけ!!?》


(翠河死んだらこの世界消えるの!?じゃあ俺たちはどうなるんだ?)


《ええ…消えるんじゃないですかねえ》


(そんな…!!)


此処で全く覚悟していなかった衝撃の事実に紀清は目の前が真っ暗になるのを感じた。自分の身だけでなく強制的に主人公まで守らないといけないとかこれどんな鬼畜ゲー?思わず頭を抱える。

そんな紀清を見かねたのか、氷雪丸が呆れたように視線を向けてきた。


《いやだから主人公は基本死なないんですって。あの子めっちゃ丈夫ですよ。僕は紀清だったとき全然その法則気がつかなくて超本気で殺そうとしてましたけどホント全然死にませんでしたもん。すごくしぶとかった。なんなら百倍返しくらいの報復食らいましたし!笑えますね》


(全然笑えないけど…それお前のR-18Gエンドじゃん。どんな感情で自分の死にかけた時の事語ってんの…?てかお前何?自分の生み出した主人公に恨みでもあったわけ?)


《恨みというか…組んでからは思った以上に王林と気が合ってしまってなんかエスカレートしてしまったんです…》


(お前この世界の王林にはあんなに怯えてたくせに!?)


《この世界の好感度ゼロ王林とあっちの王林は違いますから!!》


嘆くように氷雪丸が言い募る。でも結局お前もその好感度ゼロ王林の状態から結託し始めたんじゃなかったか


(てかお前それで言うと主人公が頭角表す前の割と序盤から殺そうとしてたよな…?それにこのときはまだ王林に闇討ちされそうになってないから組んでない筈だしお前別に翠河殺す理由なかったはずだが?)


《そんなの将来的に王林と仲良くなるための伏線に決まってるじゃないですか。翠河可愛がってたやつが突然心変わりして殺そうとしても誰も信じないでしょ!》


(嘘だろ…あれそんな計画的にやってたのか…)


《作者ナメないでください。めちゃくちゃ頑張りましたからね》


氷雪丸が《どう見ても翠河の才能を妬んだ悪役師匠にしか見えなかったでしょう?》と胸を張る。しかし紀清はその姿に(でも結果お前物語改悪してんじゃん…主人公闇堕ちしたじゃん…お前自身も死ぬより辛い目にあってたじゃん…)とは言えなかった。


(じゃあ尚更主人公達死なせちゃダメだろ!!お前の時は闇堕ちして復帰とか言う奇跡起きたけどもし今不注意で主人公死んだら世界崩壊するんだろ!?お前でも不確かな主人公補正なんてもんに縋るのは危険すぎる…!)


紀清は公式から発表されたこと以外はたとえどんなに濃厚な証拠があろうと信じないタイプのオタクだった。


《あ、いやヒロインは別に死んでも前回全然世界無事だったんで最悪翠河だけでも生きていれば…》


(お前人の心どこに置いてきたの?前世と一緒に消滅したのか!?あんな可愛い霞ノ浦をよく殺す前提で話進められるな?俺はヒロインには主人公とちゃんと結ばれて欲しいの!!!)


《うううわかってますよ…じゃあほんとに助けに行くんですか?》


ぺたんと耳を伏せた氷雪丸がおずおずと下から紀清を見上げる。

それに紀清は当然、とでも言うように鼻を鳴らして腕を組んだ。


(当たり前だろ。というか主人公に5日もどっか彷徨われたら素直に動向が追えなくて不安。いや作中には主人公達の行動あったけどさ、俺の目には届かないからどこまで原作通りかわらんないわけだし。出来るだけ手元に置いておきたい)


《でも今回の敵強いですよ。第一章の山場じゃないですか》


(いや…まあなんとかいけるだろ多分!!俺まだ一回も実戦で戦ったことないけど術系の力の使い方はなんとなくわかってきてるし、それに主人公もいる。)


《ええ…そんなアバウトに…?……ハア、仕方ないですね、僕も行きますよ。確かに主人公の動向は見張れた方がいいのも本当ですし。主人公補正が確実にあるとは限りませんもんね。前回は翠河のガッツがあっただけなのかもしれないですから》


(それはそれでどうなんだお前的に…)



___…と言う会話が(終始心の中で)巻き起こっていた。

とどのつまり、これから紀清と氷雪丸は主人公達の助太刀に行くと言うわけである!!勿論本人達にそんなことは言えないので、迎えにきた体を装って接触するわけだが。できれば戦闘始まる前がいいなあ、なんて考えながら紀清達は地上につながる扉を開いた。


(あっそうだ。保険かけとこ)


《保険…?》


氷雪丸の訝しげな視線を無視して扉にかけた手はそのままに近くで待機していた時雨の方に顔を向ける。


「時雨」


「はい!」


「もし私が………三日だ。三日此処に戻って来なければこの水泉の守りを頼りに私の身を探せ」


そうしてそのまま投げ渡された御守りを見事キャッチした時雨は眉を下げて不安そうな顔で紀清を見上げる。その顔には“心配です”という字が浮かんで見えるようだった。


「……紀清様、どこか危険なところに行くのですか?」


「…いや、少し散歩してくるだけだ。何も起こらなければ問題はないのだからな」


「わかりました。何をするつもりなのかは聞きませんけど、どうかご無事で!」


「ああ」


紀清は思う。主神の性格をよく理解してるおかげか、余計なことは敢えて何も聞かず自らの役目を全うしようと強く頷く時雨は本当に側近として優秀すぎる存在だな、と。なんでこんないい子が此奴の悪役ムーブの時にもちゃんと慕いながら世話してたのかがずっとわからんくらいにはマジでいい子。紀清は肩に乗った氷雪丸を横目でじろりと見た。


まあ、何はともあれ


(よしこれで万が一俺が意識失ってもOK。これでも肉体は神様なんだから三日放置されたところで死にはしねえからな!!)


《あんた…時雨の一途に慕う純粋な気持ちを逆手にとって何も問われないのをいいことに一方的に約束しましたね》


(いいだろ別に。命大事。てかそれ言うんなら前回のお前の方が純粋に慕う気持ち踏み躙ってたけど…)


氷雪丸はそっと目を逸らした。


「では、行ってくる」


「いってらっしゃーい」


時雨の見送りを受けながら、二人は翠河達の居場所に一番近い水泉の社へと繋がる扉を潜ったのだった。



「つまりこれって紀清様に信頼されてる証拠、ってことだよね。」


空っぽになった江室では残された時雨が一人、御守りを胸元で握り締めはにかんでいた。


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