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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第二章 猫にまたたび、紀清に翠河《翠河編》
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第十一話 端緒的祈願


「主神様!追加の書類です!」


トテトテと可愛らしい足音を立てながら、時雨がその小さな体の頭の高ささえ超えるほどの量の紙束を両手いっぱいに抱えてやってきた。紀清の机の上には三つの書類で作り上げられた立派なビルが建っている。


「そこに置いておいてくれ」


「師匠、これはいったいなんなのですか」


そう困惑した顔で問いかけてきた翠河に、後ろの霞ノ浦も気になるようで賛同するように頷いている。

紀清がこの入ったばかりの二人に水泉派としての規則を教えていたとき(と言っても紀清も知らないので殆ど氷雪丸に聞きながらだが)この書類の大群が来たものだから、二人は目を白黒させながらその様子を見ていた。


「これは…人々の願いだ」


「願い、ですか」


「我々の仕事は人々の願いを叶えることだ。そうだろう?それによって信仰が集まり神格も上がる」


「もちろん存じております」


翠河と霞ノ浦が真剣な眼差しで頷く。しかし翠河はそのこととこの紙束が結びつかないようで、書類と紀清の顔をの間に視線を行ったり来たりさせてしきりに首を傾げていた。


「翠河は人上がりだったか…しかし、地上でどこかの社にこの紙が置いてあるのを見たことはないか」


そう言って何も書かれていない白紙の紙をぺらりと目の前に差し出してみると、翠河は心当たりがあったのか「あ!」と声をあげて掌を拳で叩いた。


「あります。人間だった頃、都会に出かけた時などに大きなお社の下にこんな感じの紙がまとめてたくさん…まさか、あの紙…」


「そうだ。人間はこれに願いを込めて結び賽銭と共に箱へと投げる。社を持っている霞ノ浦はこれを何度か受け取ったことがあるはずだが」


そう言って霞ノ浦に視線を移すと、霞ノ浦は小さく頷いたものの困惑したように目の前の紙束を凝視した。


「はい。たしかにございます。…しかし、ここまでの量は流石に…」


「当たり前だ。こんな量の願いがそこらの神の元に来るわけがないだろう」


紀清は偉そうに足を組んで一番上の紙を一枚取り出して眺めた。

というかこんな量は流石に来てたとしてもそれは多分五代神派くらいの有名どころじゃないとありえない…はずだ。

(そうだったよな?氷雪丸。)

紀清はある程度の原作知識は正確に一言一句違わず覚えている自信はあったが、なんにせよ数年前の知識だ。一応の確認のため膝の上で丸まっている氷雪丸に心の中で問いかける。


《あー、そうですねあってます。というかこれまんま僕が書いた主人公の最初の任務の出だしじゃないですか。ここは特に変えた記憶ありませんよ。君も多分読んだはずですよね?てっきり知ってて説明してるのかと思ってました。違ったんですね》


するとわかりやすく呆れたような声をした氷雪丸の言葉が頭に響いてきた。もしその姿が人間だったのならコメディドラマに出ている外国人のように肩をすくめる仕草をしていたことだろう。その言い方に若干イラっとした紀清は、掌に青筋を浮かべて頭を撫でるふりをしながら思いっきり氷雪丸の耳を引っ張った。


《あだだだだだ、やめてくださぃ!!すみませんすみません、言い方が悪かったですぅ!!》


ギャアギャアと心の中で騒ぐ声があまりにもうるさかったので、紀清はすぐに耳を引っ張るのをやめる。

若干涙目になった氷雪丸が膝の上でぺろぺろと毛繕いをし始めた


《耳取れてないよね…?ああもうっ!馬鹿力で引っ張るから!今が二人きりだったなら反撃してやったのに!》


(ハッ、そうはいくかよ)


じわりと膝の上に爪を立てられたものの、分厚い着物のおかげで全くダメージはない。それに勝ち誇ったように鼻を鳴らすと、氷雪丸は悔しそうに歯軋りをして毛繕いを続行した。


(お前もうすっかり猫じゃないか…)


そんな猫と主神が静かな攻防戦を繰り広げているのもつゆ知らず、書類を整理し終わった時雨は翠河の目の前にやってきて腰に手を当てエッヘンと胸を張った。


「それでその願いを叶えたり適切な神様に振り分けたりするのが我らが主神様のお仕事なんですよ!」


「私だけではなく他の五神もそうだが…」


なんで時雨の方が威張ってるんだ?と思いつつも、一応訂正するために口を開けば何故か翠河から向けられる尊敬の目線が増した気がした。主人公のその純粋な目で見られるとなんというか自分がやましいものに見えてきて大変居心地が悪い。紀清はひとつ咳払いをして矛先を変えるために口を開いた。


「しかし逢財様だけは特別だ。あのお方は財に関する願いのみを叶える。」


「財に関する願いのみですか」


ほう、と考え込むように顎に手を当てた主人公に紀清はわかりやすい例えを出してやることにした。


「たとえば、“大金持ちになりたい“やお“金が欲しい“なんてものは勿論、他にも“食うに困らない生活をしたい“や“病気の母の治療費が必要”なんていうのまで全て財に関する願いだ。そしてそう言った願いが人々にとっては大半なのであそこはどこよりも一番神格が高く、そして忙しい。」


「あそこは叶えるべき願いの厳選も大変だって聞いたことあります」


時雨がぽつりとそう呟いたので、紀清はこれでも少ない方だと横にある紙束を叩いた。すると翠河は慄いたように「これで少ない…ですか?」と目を見開く。


たしかに書類の束が三つも四つも横に並んでいるこの光景で少ないというには少し疑問が残るだろう。しかもこれで今日1日分というのだから尚更だ。しかし、紀清は原作で描写されていた天高く積み上がり足の踏み場もないほど書類が散乱した金岳邸の混沌たる様子を知っているため、そっと(本当に少ないんだよな…)と心の中でつぶやいた。


「己の核の願いを叶えることは皆できるが、それ以外のものは不可能だ。だからそう言ったものは我らが直々に叶える。」


「なるほど…」


「たとえばこの願いだな。」


先程一枚取り出した紙を窓の光にかざす様に持ち上げる。すると先ほどまで白紙のように見えていた紙の上にとある言葉が浮かび上がってきた。


「これはなかなか難しい。内に秘められた本当の願いというものは、こうして天の光にかざさねば見えないことがある。こうした願いは一応願いだが、どちらかと言えば欲に近い願いだ。なので扱い方を気をつけなければならない。」


「では、そう言った願いはどうするのですか」


「まず御使に行ってもらって様子を見て対処の方法を考える。」


そう言って氷雪丸に視線を移すと、翠河と霞ノ浦も釣られるように氷雪丸を見た。毛繕いに夢中になっていた本人は、見られていることに気がつくとびっくりしたように一瞬体を跳ねさせ毛を膨張させる。


「なるほど…そういう場合は、主神様は行かれるのですか?」


「否。私は忙しい。今日はまだ捌かねばならぬ書類も多いだろう。しかしこの願いは放置すると妖へと変じる可能性がある。早急に対処せねばならない。」


「妖に…」


「妖は人間の欲から生まれるモノだ。願いと欲は紙一重、気をつけて手をつけなければならない。」


そう言って腕を組むと、翠河が氷雪丸の方を見ながら質問してきた。


「それでは、これには氷雪丸さまが行かれるのですか?」


「いいや、違う」


きっぱりと言い、立ち上がって翠河と霞ノ浦のそばまで歩み寄る。

そして二人の目の前にその紙をペラリと置いた。


紙に浮かび上がっていた文字は“私の弟を蘇らせてください”の一言だった。



「行くのはお前達だ」


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