第八話 刹那的集結
あいつ、結局神選の儀本番まで出てこなかったな…
紀清は数日前引きこもると宣言してから自分勝手に姿を消した氷雪丸のことを頭で思い返し、心の中で大きなため息を吐いた。
「あら、蝶々」
黄金の蝶が目の前を舞い、それに反応した冥炎の言葉を皮切りに皆の視線が蝶を追って泳ぐと、一人の神の指先に降り立って金の粉となって消えた。手をパンッと鳴らして注目を集める。
周りの神の顔を機嫌良さそうに一周見渡した後、歓迎するかのように両手を広げて口を開いた。
「さて、久々に五神全員集まったねェ。金岳派のアタシに、土丘派の凡陸、火峰派の冥炎、木谷派の王林、そして水泉派の紀清。こんな顔ぶれが一気に並ぶと壮観だナァ。みんなが元気そうであたしゃ嬉しいヨ」
そうしてにこりと笑い金色の短い髪を揺らすのは五代神派の主神の一人、逢財だ。
「いえいえ。逢財様もお元気そうで何よりです」
「アハハッ、王林。いつも言ってるけどそうへりくだるンじゃあないよ。アタシなんて主神の時代が千年ちょっとばかし長いだけで立場はアンタらと一緒なんだ!というわけで、今日は久々の再会を祝して一杯と洒落込もうじゃないカ!」
机の上に置いてあった顔の大きさほどもある盃を逢財が片手に持って突き上げるようにして掲げた。慣れた様子で自分で瓢箪から並々と酒を注ぐ。
それに嬉々と口をつけようとしたところで、突然薙刀の柄が逢財の喉元に指一本分の間を開けて突き立てられた。冥炎が拗ねたように頬を膨らませながら口を開く。
「あら、逢財ったらもう飲むつもり?まだ本番は先よ。その時に美味しい食べ物だってお酒だって出るんだから今は我慢しましょう?年長者が酔っ払ってちゃ示しがつかないわ。約束よ。破ったら焔を貴方の口に捩じ込んじゃうんだから!」
ぷんすかと擬音がつくような様子で可愛らしく言っているが、その内容は物騒極まりない。一方的な約束に加えその薙刀を口に捩じ込むとは。紀清は側から聞いていて思わず身が震える思いがした。しかしそんな止め方をされているにもかかわらず、逢財は平然とした顔でニヤリと口角を上げた。そしてそのまま注いであった酒を一口で飲み干す。
「おおこわいこわい。冥炎は相変わらず物騒だねェ。思わず腕が震えちまって酒が口ン中にこぼれちまった!ああうまイ」
「もうっ、逢財ったら!」
一方紀清達といえば、当然そんな少々過激なじゃれあいをする女神同士の会話に入ることなどできるはずもなく、放置された男神の間で少々気まずい空気が流れた。ただでさえ紀清からすれば王林と最近あんなことがあったばかりだったので、もう気まずいとかいうレベルではなかった。今すぐにでも立ち去りたい。席に着いた時に間に凡陸が座ってくれたことが唯一の救いだ。紀清は頭の中で百万回ほど氷雪丸の姿をした作者をタコ殴りにした後、このまま無言でぼうっとしていても仕方ないので仕方なく隣に座る凡陸に話しかけることにした。
「儀式はいつ始まるのだ」
「そう心配せずともあと数時間で始まるであろう。それにしても紀清よ、久しいな。お主は滅多に外に出ないからこうして会うのは去年の儀式振りになるのだろうか。何か変わったことはあったか?」
世間話で会話をつなげてくれようとしたのか、そう尋ねてくる凡陸に紀清は内心で(変わったことどころか中身が変わってしまいましたね)なんてことを考えながら、口では「特に変わりはない。外に出る必要性を感じぬだけだ」と完璧に紀清としての模範解答を答えて見せた。
この凡陸という男は紀清の知る、作者曰く改変された原作(ここからは便宜上『原作改』とでも言っておこうか)においてその武人然とした立ち姿と高い戦闘能力、そして派手な戦闘スタイルから男性読者に大人気のキャラの一人だった。土丘派に入ればどんな腰抜けでも二年も鍛えられれば立派な軍人になれると言われるほど作中では珍しく戦闘に特化した門派で、その主神たる凡陸は正面切って戦えば五神ですら誰も勝てないだろうと言われていたほどだ。当然妖の討伐件数も作中トップで多い。
しかしその人柄は無骨ながら温厚で器も広く、感情に任せて刀を振るうことも(どこぞの女武神とは違って)滅多にない。それもまた彼の魅力の一つだった。
しかし紀清は今日彼に初めて出会った時に思わず呻き声が口から漏れそうになった。それは決して彼の身長が190㎝を超える大男だったからとか、武器の直刀が思っていたより巨大だったからとかではない。
(まっじでなんでこんな顔いいんだこいつ…)
そう、顔がたいそう良かったのだ。もちろん紀清は自身が公式での美青年だということを知っていたし(というかアニメの予告で確認済みだ)同時に悪役仲間であり同じ文神の王林も、少々体つきは頼りないが柳腰の美男と評されるほど容姿が優れている神だということを理解していた。まあ、神様だし顔もいいんだろうな、なんてことを考えつつも紀清は凡陸だけはてっきり筋骨隆々の髭を生やしたボディービルダーのような厳つい男が出てくると思っていたのだ。しかし今目の前にいる姿を観察してみると、髪はきっちりと頭上で結い上げられ腰まで垂れており、垂れた目尻とは反対に吊り上がった眉の絶妙なバランスは変に漢の色気すら感じさせる。
(こんなのただのイケメンじゃねーか…)
一男読者の一人として凡陸に密かな憧れを抱いていた紀清は少しだけ期待外れのような気分を味わい心の中でがっくりと肩を落とした。しかしそんなことは顔に一切出さず、平然とした顔で何気ない会話を続ける。
(女性陣は当たり前だけど、もしかして五代神派の主神って美人しかなれないみたいな条件あんの?)
そういえばのちに陰派を開く主人公も美少年だった。やはりそういう呪いがあるのかもしれない。もしくはあの作者の趣味だ。
そうして二人でしばらく雑談を交わしていたが、凡陸は一人でいる王林が気になったのか、隣で扇を揺らしていた王林にも会話を投げかけ始めた。
「して、王林よ。貴殿は今年は何人来ると思う」
「さてどうでしょう。去年で三柱だったのですから、ここは敢えて三年前と同じ零ではないかと」
「成程。たしかに人数が増えた次の年は減少する傾向にあるな。紀清はどうだ?そろそろ新しい弟子が欲しいと言っていただろう」
紀清は先ほどからの緊張ですっかり乾いてしまった唇を潤すために茶を一口飲み込んでから口を開いた。
「五柱だ。」
「ほう、言い切るのか。五柱とはちと多いが」
「五柱くらいはいてもらわなければ困る。また金岳派に全員取られるようなことになってはことだからな。」
そういうと、凡陸はカハハと声をあげて笑った。
「たしかになぁ、毎年どれだけの神が揃っていても逢財様は必ず半分は持っていかれるものな。そりゃあ五柱程居らねば我らの門派に入る神がいなくなってしまう」
「そうですね。今年こそは木の字を持つ者が一人くらいはいて欲しいものです」
「違いない」
そうしてふふふ、カハハと笑う二人を尻目に紀清は心の中で(原作では五人いるんだよなあ…)なんてことを思っていたが、流石に断言するのは不審すぎたかと適当な理由をつけて誤魔化した話が流れたことに内心安堵する。
すると結局冥炎が押し負けてしまったのだろう、酒瓶を片手に持った逢財が片手を振ってこちらに声を投げかける。
「おゥい皆よ!そろそろ宴が始まるぞ。各々きちんと席につくのだ!…ヨシ、よろしい。
それでは神選の儀、開始だ!」