決意、あらたに
甘かった。
としか、言いようがなかった。
逃げ込んだ自分の部屋に籠って、アランドルフが教会に引き取られていくのを待った。
カタカタと震える体を抱きしめる。
浅くなった息を整えるために、意識して深呼吸をした。
だんだんと体に入っていた力が抜けて、震えも収まってくる。
それにしても、まさかヒロイン補正があそこまでおかしな効果を発揮するものだとは思っていなかった。
だってレベッカ嬢は第二王子でなく王太子と婚約出来ていたから。
シナリオはあくまで道標、予定くらいのもので、実際は自分の動き次第でどうにでもなるものだとばかり思っていた。
目があった瞬間にみるみる好意で塗り替えられていく感情が、気持ち悪かった。
まるで他の感情がないかのような、それこそ盲目的なまでの好意。
いくら命の恩人だとしても、あそこまでいきなり好意を抱くものだろうか。
命を助けられたことがないのでわからないけれど、どうしても異常に感じてしまう。
掴まれた手首と叩いた掌を見る。
強く掴まれたわけでも、思い切り叩いたわけでもない。
手首にも掌にも、もうあの時の余韻は残っていない。
けれど、得体の知れない恐怖がまとわりついてる気がした。
「……なんで」
ひとりきりの部屋にぽつりと漏らした声が響く。
なんで、私なのだろう。
もっと他に、攻略対象からの好意をそのまま受け取れるような、そんな素直な子がヒロインに転生していれば良かったのに。
そうすれば、この親友のこだわりの詰まった世界を、怖いなんて思わずに、すんだのに。
こだわりすぎだと笑ってられたのに。
親友の作ったゲームを単純に愛していられたのに。
ふと外に人の声がしたような気がしてカーテンの隙間から様子を伺った。
ちょうどアランドルフが教会の迎えの人に連れられて行くタイミングだったようで、何人かの大人と小さな影が見える。
うちで引き取らなかったことで、彼のこれからがどうなるかはわからない。
ルート上では助けたら必ずパラディン家に引き取られていたので、シナリオが変わるはずだった。
出来ることなら私とはまったく別の場所で普通に生きて欲しいけど、流石にそれは無理な希望なんだろうなと思う。
この家がパラディン伯爵家の別邸であることも、私が娘であることも伏せられてはいない。
だから、いつかまた会うことになるだろう。
先程は勢いのまま拒絶してしまったけれど、彼の死亡フラグが折れたのかもわからない。
もしかしたら新しい死亡フラグがたった可能性だってある。
もともと盲目的で、思い込みの強い性格のキャラだ。
私の拒絶がどう影響するのかは、わからない。
離れていくアランドルフが振り返ってこちらを見た気がして、慌てて窓から体を離した。
今回の件でわかったのは、悠長に構えてはいられないということ。
強くならないといけない。
心も、体も。
どれほどの強制力が働こうと、補正が働こうと、ねじ伏せられるだけの強さを。
死亡フラグも、恋愛フラグもへし折れるだけの圧倒的強さを。
望んだ未来を掴み取るために。
「つよく、ならなきゃ」
改めて見た窓の外はもう誰もいなかったけれど、私はずっと彼がいた場所を眺めていた。