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補正、もしくは強制力

 

 今年の冬はとても寒い。

 今日も雪こそ降っていないものの例年の数倍冷えている。


 そんな中で薄い服一枚で道に倒れている子供。

 見かけたなら当然放っておくなんてことはできない。


 もともと幼い子供は保護される世界だ。

 更にアランドルフが倒れていた場所は私の住む屋敷のすぐ近くで、逆に教会は遠い。


 慌てて御者に別邸の応接室に連れていく許可を出す。


 流石に貴族の邸宅なので使用人や御者が私か母の許可なく人を連れ込むことは許されていないので。


 アランドルフを連れて別邸に帰宅する。

 身元のわからない人間を客室に通す訳にもいかないので、応接室の三人がけのソファに寝かせた。

 暖炉で暖められた部屋は外に比べれば段違いに暖かいのでだいぶマシなはずだ。


 使用人に母と、本邸の父に連絡するように頼み、御者に教会へ子供を保護した旨を伝えに行ってもらった。

 そんなに時間をかけずに引き取りに来てくれるはずだ。


 ソファにちんまりと収まるエルフの男の子。

 この子のことを私は知っている。



 アランドルフ・ルーデンス。



 幼い頃ルチアに拾われ命を救われて以来盲目的に慕うエルフ。

 両親はこの異様な寒さに身体を壊し他界していて、六歳の子供がひとりで生きていくには季節が最悪だった。


 本来ならこの年頃の子供は近所の人が保護したり、教会に引き取られるのだが彼はエルフであったためにそれらが叶わなかった。

 人種差別があるわけではない。

 むしろその逆で、エルフという種族は総じて整った容姿をしていて好まれやすい。


 故に、トラブルにも巻き込まれやすい為に排他的な性格の人が多いのだ。

 彼の両親もそういったトラブルを嫌がり、周囲の人間と交流をほとんどとっていなかった。



 アランドルフが居ることを近所の人が知らないほど、彼は閉じた世界で暮らしていたのだ。



 そんなアランドルフは両親の死後まともに生活できる訳もなく、ふらふらと歩き回り、やがて力尽きる。

 そしてたまたま通りかかった私に拾われ、今に至るというわけだ。


 ちなみにこのアランドルフ、ゲームでは拾わない選択肢も選べる。

 が、その場合ルチアは死ぬ。

 見て見ぬふりをして通り過ぎる時にうっすら意識のあったアランドルフに馬車の家紋を覚えられ、教会に保護された彼はパラディン家の娘が自分を見殺しにしようとしたと知る。

 そして恨まれ、学園に入る前にルチアは刺されて死ぬのだ。


 ある意味逆恨みに近いのだが、困ったことにアランドルフはかなり思い込みの強いタイプのキャラだった。

 極限状態の中で見殺しにされかけた記憶は根強く彼に残り、執念で復讐にくる。

 乙女ゲームのシナリオとしてはあんまりだ。


 ただここでアランドルフを拾わない選択肢を選ぶユーザーはほぼいないので、世間では隠しバッドエンドと言われやり込み要素のひとつとされていた。

 やり込み要素がバッドエンド。

 どんな乙女ゲームだと当時親友に突っ込んだものだ。


 とにかくそんなもの放置できるわけが無い。

 世間体とシナリオ、どちらを考慮しても私が彼を拾わない選択肢はなかったのだ。


 そんなアランドルフとのルートは命の恩人と盲目的に慕う彼に、幾多の困難を助けてもらいつつ共に乗り越え、これから先もずっと一緒にいて欲しいと願うというものだ。


 拾ってしまえば元から好感度の高い状態で始まる彼のルートの難易度は低いので、手始めに彼を最初の攻略者にするユーザーは多いらしい。


 シナリオ上ではパラディン家に引き取られそのままルチアの従者になるのだが、とりあえず私は攻略する気は無い。

 おとなしく教会に保護してもらおうと思う。


 そんなことを考えながらアランドルフをぼんやり眺めていたら、ごそりと彼の体が動いた。


「んん……」


 暖まったからか意識を取り戻したアランドルフの目が開く。

 透き通った新緑の若葉のようなグリーンの瞳だ。

 綺麗な金の髪がさらりと揺れる。


 ソファから上体を起こした彼と目が合った。



 その瞬間、見るまに蕩けていった彼の表情に、嫌な予感で背筋が凍る。



 そんな、ばかな。

 だって私はまだひと言も喋ってない。

 ただアランドルフを見ていて、目が覚めた彼と視線があっただけだ。


 それなのにとても大切なものを見たかのような、宝物を見るかのようにとろけきった視線。

 さがる目じり。

 緩む頬。


「あなたが、助けてくれたのですね」

「ひっ」


 喜色ののった、甘い声だ。

 思わず悲鳴じみた声が出た。


 彼の瞳に映る私は酷い顔をしていたのに、アランドルフはそんなことは関係ないとばかりにより幸せそうな顔をして私を見ている。



 ――――気持ち悪い。



 直感的に感じたのはそれだった。


 おかしい。

 普通この状態で最初に浮かぶのは困惑ではないのか?

 見知らぬ場所で、見知らぬ人に顔を覗き込まれていた。そんな状況ですぐさまこんな幸せそうな顔が出来るものか?

 ただでさえエルフは人族に好かれやすく、あまり友好的ではないのに?


 ヒロイン補正、そんな言葉が頭に浮かんだ。


 もしそんなものがあるなら、やめて欲しい。

 そんなものは望んでいない。必要ない。

 私は普通に、普通の恋がしたい。


 これ以上彼の視線を受けていたくなくて慌てて声をかける。

 私が声をかけた瞬間よりいっそう幸せそうな顔をしたアランドルフを極力視界に入れないように、床に視線をやりながら。


「目が覚めたなら、使用人を呼んできます。教会に連絡して保護してもらえるようにしているはずです」

「あなたの名前は? 」

「道で倒れていたので、応急処置としてここに連れてきましたが、そのうち教会の人が来ると思います」

「名前を教えてほしい」


 話が噛み合わない。

 急いで部屋を出ようとする私の腕を掴んだアランドルフが熱心に顔を覗き込んでくる。

 立っている私とソファに座って上体を起こした彼の視線の高さはほぼ同じなのに、わざわざ体をかがめて覗き込まれたことに更に恐怖がわいた。

 手首を掴む腕の力強さに鳥肌がたった。


「っ私に触らないで! 」


 ぱしん。小さい音を立てて払った手のひらに掴まれていた腕から力が抜け、その隙をみて急いで部屋を出た。


 普段は走るなんてマナー的に許されないが、そんなことを考えている余裕なんてどこにもなかった。

 ただただ、あの得体の知れない瞳から逃げたかった。


 はじめて人を叩いた掌が、じんじんと熱を帯びていた。



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