依頼
予想外の遭遇のあと、動揺を落ち着かせながら向かったギルドの受付でプレートを渡せば二階に通された。
連れられた部屋の中には二人の女性が待っていて、片方は短く刈り込んだ灰色の髪の長身の女性。
がっしりとした体躯と威圧的な雰囲気をもっている。
もう一人はおそらく蛇かトカゲの獣人。
顔や手の甲など見えている皮膚にところどころ鱗がついている。
こちらは濃い茶色の髪を三つ編みにして後ろに流していた。
「支部長、お連れしました」
「ご苦労。下がっていい」
「はっ」
支部長と呼ばれたのは灰色の髪の女性だ。
彼女は私たちに視線を合わせるとそれまであった威圧感が嘘のような人の良さそうな笑みを浮かべた。
「呼び出して悪かった。私はセレーナ。このギルドでは支部長をしている」
「はじめまして、ご存知だと思いますがルチアです。こっちはライアン」
「はじめまして」
「ああ、把握している。ありがとう。今回二人を呼んだのはルチア嬢に受けて欲しい依頼があってなんだが、まずはこちらを紹介しよう」
そういってセレーナ支部長は横の女性を指した。
水を向けられた女性の方はひとつ頷き口を開く。
「はじめまして。ペルルルランル・ルルペーレルルです。多分覚えられないと思うからペルでいいわ」
「ぺルルルラ……申し訳ありません、よろしくお願いしますペルさん」
「気にしないでいいですよ、一族以外は基本的にペルって呼ぶから」
あまりにルが多い。
きちんと呼ぼうにも何回ルが挟まったかもうよく分からないので、変に間違えるよりいいだろうと言われた通り略称で呼ぶことにする。
聞けばペルさんの一族はみんな長い上に巻舌になる名前ばかりで、ペルさんはまだ短い方らしい。
これで短いとは、聞いただけで噛みそうである。
「で、依頼なんだが……ルチア嬢、冒険者登録の時に治癒魔法と記入していただろう? 」
「はい」
「今回は治癒の依頼だ。多分知っていると思うが、現在シリカにはすぐに動ける治癒魔法師が足りない」
急に人が増えてあちこちに駆り出されていると街の噂にもあったが、事実のようだ。
「協会の治癒師の方もですか? 」
「ああ。協会は既に何件も治癒待ちがいる程で……ちょっとそれを待っていたら間に合いそうにないんだ」
「…………それほど、重症なんですね」
協会は怪我や病気の重さは関係なく先着順だ。
不平不満が出ないように平等に、との配慮らしいがそれ故に間に合わないこともある。
今回は待っていてはダメなのだろう。
それほどの重症で、わざわざ支部長が仲介するそどの相手。
街の噂を考えると、ひとつ心当たりがある。
「私は『烈風』というパーティに所属しています。今回治癒を依頼したいのは、その烈風のリーダーであるラフィノアです」
ああやっぱり。
初日に屋台で冒険者達が噂していたのは本当だったのか。
しかもその噂を聞いた日から少し日にちが経っている。これは、本当にギリギリかもしれない。
「ラフィノアはダンジョン二十階層で魔物に襲われ、撤退の時に一番後ろで魔物の攻撃を受けました。その結果、肩から背中にかけて大きな怪我を。しかも、相手の魔物は毒を持っていました」
しかも毒。厄介な。
「毒自体は解毒剤でだいぶ良くなっていますが、特殊な毒のようで完全な解毒はまだ出来ていません。小康状態、と言ったところでしょうか」
「怪我の方は? 」
「できる限りの手当はしましたが、傷が深く、しかも毒で多少溶かされたのか傷口が一致しません。なので癒着も遅くて……」
なんてことだ。それは、もし私が治癒魔法を使っても完治させらるかわからない。
それほど深い傷だ。
「依頼料は前払いで50万リル。治癒に成功しても失敗しても、治癒後にもう50万リル。完治させて貰えたなら追加で50万リル用意します」
破格だ。
この前の屋台の串は一本8リル。
今泊まっている宿は貴族用で一泊5000リル。
一般向けの普通の宿なら500リル程だ。
協会の治癒は平民も使うので治癒費には差があるが、それでも150万リルはなかなか無いはずだ。
それだけ、助けたいと言うことなのだろう。
「完全に治せるとは限りません」
「構いません、今のままでは緩やかに死にゆくのを待っているだけです。そんなのはもう、耐えられない! 」
悲痛な叫びだった。
自分たちのリーダーが、毒と傷で弱っていくのに何も出来ることがない。
そんな状況がもうどれほど続いているのかは分からないが、その心境は想像に余る。
そして助かる可能性である私に、藁にもすがる思いで依頼したのだろう。
そんな人ののばした腕を、振り解けるはずが無い。
「わかりました。そのご依頼、お受けします」
「――っ! ありがとうっ! 」
思わずといった風に泣き崩れるペルさんとそれを宥めるセレーナ支部長を見ながら、こっそり溜息をついた。
目立ちたくなかったけれど、仕方ない。
自分が一番死にたくないと思っているのに、目の前で死なないように足掻く人を無視できるはずがなかったのだから。
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