第十四話 パシティアへの遣い
アルマはゲルルフとの戦いを決意した後、ハロルドの館の客間にて、彼と今後についての話をしていた。
「ハロルドがゲルルフを、都市ズリングを刺激したくない方針なのはわかってる。だが、放置しておくには危険過ぎる相手だ。向こうから本格的に仕掛けてこられたら、村側の被害だってどうなるかわかったもんじゃない。どうせ喧嘩になるなら、先に相手の顔面を不意打ちで殴り飛ばす方が有利なのはわかるだろ?」
アルマは自身の手のひらに拳を叩き付けて見せた。
「錬金術は物を造り出すのが本質なわけだが、造ったり守ったりするより、何かをぶっ壊すことの方が遥かに向いてるんだよな。先手を取りたいというより、相手に先手を取らせたくない。被害が跳ね上がりかねない」
「例えは置いておいて……言いたいことはよくわかったよ。ゲルルフを放置するのが危険だっていうことも、彼が邪法に手を出しているから、そこさえ明らかにすることができれば、ズリングや他の大都市と余計な禍根を造らずに済む可能性が高いっていうこともね。アルマ殿がゲルルフを討ちたいというのなら、これ以上引き止めはしないよ」
ハロルドは頭を押さえながらそう口にした。
まだ、彼の中で迷いがあるようであった。
ハロルドは小さな村の長である。
大都市相手に正面から喧嘩を売る、ということにどうしても忌避感があるのだろう。
本来、大都市相手に目を付けられた時点で、簡単に滅んでしまうような立ち位置なのだ。
ただ、ゲルルフの機嫌を取って和解を目指すより、反撃に出て叩き潰した方が安全であるというアルマの論は理解してくれているようだ。
「そう言ってもらえて何よりだ」
「向こうの狙いが暗殺であった以上、こっちが大人しくしていても、今後仲良くしてくれるとはとても思えないしね。今更になって方針を切り替える理由もないわけだし。それにアルマ殿は暗殺で危うく命を落とすところだったわけだから、ゲルルフを放置しておくのが怖い、という気持ちはよくわかるよ」
「まぁ、暗殺は別にそこまで気に留めてないんだがな。何かやってきそうだというのはわかっていたし、別に危なくも何ともなかったわけだし」
マジクラは最上位プレイヤーであっても、隙を晒せば格下の騙し討ちで簡単に大被害を被る。
プレイヤー達は裏切りや騙し討ちのようなダーティープレイへの嫌悪や忌避が薄く、基本的に隙を晒した側が悪いの精神なのだ。
仮想世界ならではの道徳心の薄さと、自由度の高さ故にいくらでも卑怯な手立てを取れる余地が生まれた結果である。
別に特に攻撃するつもりがない相手であったとしても、致命的な隙を見つければつい攻撃したくなるのがマジクラプレイヤーの習性である。
几帳面かつ悪知恵の働くアルマの性格に適しているゲームではあったが、マジクラがサービス終了に至ったのもそういった陰湿な面が強すぎたことが間違いなく一因となっていた。
「そ、そうかい……。その、アルマ殿は神経が太いんだね」
「実際に命が脅かされてたら俺だってもっとビビってるぞ。ただ現状、要塞の外壁を素手で殴ったあちらさんが、勝手に拳を押さえて痛がってるようなもんだからな。これでわざわざ怖がる奴はいないだろ」
アルマはあっさりとそんなことを言いのける。
感心したのか、はたまた呆れたのか、ハロルドは深く息を吐き出した。
「それでアルマ殿は、具体的にはどうゲルルフに仕掛けるつもりなんだい?」
「そうだな、ゲルルフの居城を中心に洪水や地盤沈下を多発的に引き起こして、パニックになっているところを武装した天空艇で突撃して爆撃によって制圧する」
ハロルドが椅子から落ちて、机に顔面を勢いよく打ち付けた。
部下の兵が二人、慌てて彼を助け起こす。
「……のは都市ズリングに禍根を残すから、今回はできないな。都市の方に大被害を出したり、武装した天空艇を持ち込んだりすれば、都市間での争いになっちまう。あくまで俺とゲルルフの戦いであることを印象付ける必要がある」
「……よかった、冗談だったんだね。わかってくれていて何よりだよ。でもアルマ殿、もしかして僕の反応によっては、そのまま決行するつもりだったんじゃあないのかい?」
ハロルドは部下に助けられ、弱々しく立ち上がった。
「何を言ってるんだハロルド。俺だって、民間人を無用に巻き込むのは好きじゃない。言っちゃ悪いが、そんなもんを受け止めきれるほど覚悟もできていないからな。ズリング水没を本気で企てていたなんて思われるのは、さすがに傷つくぞ」
「そ、そうだよね、ごめんね」
「俺がそんなことをするのは、他に手立てがないと思ったときくらいだ」
「……他に手立てがなかったらやるつもりなんだね」
「黙ってやられるわけにはいかんからな。まぁ、今回は生身で乗り込んで、正面からどうにかするさ。あんまり取りたい手段じゃないが、規模が大きくなるとどうしたって禍根が残る」
アルマが《天空要塞ヴァルハラ》を居城に選んだ最大の理由は、マジクラにおいて固定した場所に拠点を構えることそれ自体が大きなハンデに繋がるためである。
ゲーム内の都市経営にも関心があったが、とても他の最上位プレイヤーの悪意から守り切れる自信がなかったためだ。
よっぽど人望のあるプレイヤーならその限りではないが、元々好き勝手やっていて敵の多いアルマが固定の都市を構えれば、あの手この手で総攻撃を受けることになる。
アルマとしては、固定都市を構えて堂々と悪事を働いているゲルルフを見ると、プレイヤー時代の嗜虐心が疼きそうになる。
ただ、これはゲームではない。一つの世界なのだ。
無用に犠牲者を出すような選択を好んで取る気にはなれないが、しかし他に手立てがなかったときには話は別である。
「でだ、ハロルド。アイテムを造りたいんだが、素材が足りなくってな。商いの都パシティアで金属を仕入れたいんだが、時間が惜しい。そうだな……そこの二人を借りられないか? ハロルドの側近なら、都市に出向いたことも多いだろ?」
アルマはハロルドの身体を支えている、二人の兵へと指を差した。
「わ、私達が、か? しかし、パシティアへはそれなりに距離もある。時間がないというお話でしたが、間に合うのですかな」
「クリス……俺が拾った、クリスタルドラゴンを貸す。アイツは物を運ぶのには適しているから、こき使ってやってくれ。店を回って集めるのが難しそうだったら、都長のマドールに俺の名前を出してくれ。多分協力してくれるはずだ」
アルマが言い終えてから、二人の兵がハロルドを見た。
ハロルドが頷く。
「わかった。二人には、パシティアに向かってもらおう。ただ、あのクリスタルドラゴン、アルマ殿がいないと言うことを聞かないんじゃないかな?」
「見張りの適任がいる。この話をしようと思って、呼んでいたんだが……丁度、来たみたいだな」
通路の方から足音が響く。
二人の兵が足音に首を伸ばしたのと同時に、客間の扉が開かれた。
ホルスを抱えたメイリーが立っていた。
ホルスは金毛の翼を激しく羽搏かせて自己主張していた。
メイリーは、そんなホルスの背を雑に撫でている。
「主様、ホルス、呼んできたよ」
『アルマ様から大役を任せていただいて光栄ですぞ! このホルスにお任せくだされ!』
兵の一人が、不安げにアルマを見た。
「メイリー殿……ではなく、その、ニワト……ホルス殿なのか? あのクリスタルドラゴンが、本当にホルス殿の言うことを聞くのか?」
「ああ、大丈夫だ。クリスの奴、普段は隠してるが、ホルスに結構ビビってるからな。もしクリスが反抗的な態度を取ったら、ホルスを嗾けてやってくれ」
「は、はぁ……なるほど」
兵は目を細め、じっとホルスを見つめていた。
どうにも信じられないらしい。
ホルスはその視線をどう受け止めたのか、メイリーの腕の中で得意げに胸を張っていた。