第二十六話 ラメール群団
「ラメール十体だと!? んなもん、俺達もゴメンだわ!」
アルマはキュロスへそう怒鳴り、二体のトリトンゴーレムへと指を向ける。
「二体で並んで壁になって通路を防げ! 巻き込まれるのはゴメンだぞ!」
アルマの声を聞き、キュロスが絶望の表情を浮かべる。
『見捨てるのか!? 完全に助ける流れだったではないか!?』
クリスが驚きの声を出す。
言い争うアルマとクリスを他所に、メイリーは興味なさげに海轟金の延べ棒をしゃぶっていた。
「別に俺、アイツに何も恩ないぞ。喧嘩売られただけだからな。おまけにこっちが先に発見したのならともかく、こんな狭い場所で、何の準備もできてない状態で、向かってくるラメール十体なんて地獄だろ。あの蛸人間群団、一体一体がお前より強いからな」
『そ、そうか……いや、しかし……』
「俺は忠告して止めたぞ。なんで単身で無警戒で突っ込んで、おまけに群団引き連れて戻って来るんだ。これ完全にただのMPKだろもう。ギルドでも何かの規定に引っ掛かるんじゃないのか?」
『MPKは知らんが……』
MPK……モンスタープレイヤーキルの略である。
ネットゲームにおけるモンスターを引き連れて他のプレイヤーを倒させる迷惑行為の俗称である。
通常のネットゲームではペナルティ対象になったり、そもそも仕様で簡単にできないように調整して対策を行っているのが常である。
ただ、不思議なことに、何故かマジクラにはMPKを補佐するようなスキルやアイテムが多数存在する。
「頼む! 本当に頼む! 俺は、俺はここで死んでいい人間じゃないんだ! わかるだろ?」
キュロスが涙を流し、唾を飛ばしながら叫ぶ。
背後では、銛のような武器を構えたラメール達が奇声を発している。
「いや、わからんが……」
「金か? 金ならいくらでもくれてやる! 俺は、都市パティシア最強の冒険者だ! 金なら余るくらいある! だから、助けてくれえええっ!」
「金か……四千万アバル出せるか?」
「よっ、四千万アバルだと!? ふざけるな! あ、足元を見やがって!」
「あのな、俺だって命懸けになるんだよ。お前が善良な一般人ならいざ知らず、散々文句付けて、こっちの忠告無視して走った結果、お前はラメール群団擦り付けようとしてるんだぞ? 俺はMPKは苦い想い出が腐るほどあるから嫌いなんだよ」
「待て! わかった! 交渉させてくれ! ま、待てアルマ! 待ってくださいアルマさん!」
アルマがトリントンゴーレムに座らせて通路を塞ごうとしたとき、メイリーがつんつんとアルマの背を突いた。
「どうしたメイリー?」
アルマが尋ねると、ごくりと海轟金を呑み込む。
「ゴーレムで壁作って向こう側にボクだけ置いてくれたら、どうとでもするけど」
「ゴーレムもどうせすぐ突破されないか?」
「いや、なるべく逆側に追い込むし、そもそもボクを前にこっちに来ようとする余裕ないと思うよ」
「まあ、それもそうか」
アルマは頷き、キュロスの方へと指を向けた。
「じゃあメイリー、適当に助けてやってくれ。遺跡はあんまり壊さないでくれよ」
メイリーは二体のトリトンゴーレムの間を抜け、キュロス達の方へと向かった。
二体のトリトンゴーレムが座り込んでぴったりと身体を合わせ、隙間を埋める。
『……メイリー様も、もう少し早く提案すればよかったのでは?』
クリスが腑に落ちなさそうに口にする。
「仕方ないだろ。アイツの口、塞がってたし」
『…………』
すぐにトリトンゴーレムの壁の向こう側から、大きな打撲音が連続的に響いてくる。
時折、岩壁の裂ける音が挟まれる。
三分程待ったところで、ラメールの絞め殺されるような悲鳴を最後に静かになった。
「もう立ち上がっていいぞ」
アルマの命令でトリトンゴーレムが立ち上がり、通路の端に寄った。
宝魔珊瑚の壁が大きな爪傷だらけになっている。
ラメール十体の亡骸が転がっていた。
惨状の中心で、ラメールの体液塗れになったメイリーが、不服そうな顔で立っていた。
自身の爪をペロリと舐める。
「磯臭い……」
「だろうな」
キュロスは端っこで頭を抱えて、ガタガタと震えていた。
アルマは「ふむ」と呟き、首を傾げる。
大柄な男だったはずだが、なんとなく少し縮んだように見えたのだ。
恐怖で身体を縮めているからに他ならないのだが。
「で、何千万アバル出してくれるの?」
メイリーがキュロスに近づくと、キュロスは「ひぃっ」と声を上げながら後退った。
メイリーを怖がるのも無理はない。
ラメールは、キュロスが実際に今まで見てきた中で、最上位クラスに当たる魔物であった。
それが急に十体湧いてきたかと思えば、ものの三分でメイリーに殲滅されたのだ。
「お、お前っ! お前ら、何者なんだよ!」
キュロスがメイリーを指差す。
メイリーが不快気に眉を顰めたのを見て、そっと指を下ろした。
「あまり脅してやるな、メイリー。別に、こっちに危機もなかったからいいよ。こいつからちょっと巻き上げるより、遺跡採掘を優先したい」
「ほ、ほほ、本当か? よ、良かった……。武器を一式売り飛ばす羽目になるかと……」
キュロスが声を震わせながらそう言い、また落ち込んだように丸くなった。
「もう忠告通り帰ることにする……。一秒だってここにいたくない……」
「あん? いやいやいや」
アルマが手を振り、キュロスの言葉を否定する。
キュロスの目が点になった。
「えっ……? な、何か?」
「探索手伝ってほしいんだが? 人手が欲しい。お前、そこそこ力もあるし、動けるだろ? 自称都市最強冒険者なんだから」
「か、帰れって、さっき言わなかったか?」
「別行動する予定だったからな。でも助けてやったんだから、それくらいは手伝ってくれるよな?」
キュロスは数秒無表情で黙り込んだ後、顔を真っ赤にして激しく左右に振った。
「いやいやいやいや、いやいやいやいやいやいやいや! 嫌に決まってるだろうが、あんな化け物が突然群れを成して出てくるようなところ! 許してくれ! 俺はもう、さっきのことが完全にトラウマになっているから! 多分、前に進もうとすると足が震えて動かなくなる! それくらい嫌だ!」
キュロスは首を振りながら地面に座り、最後には土下座の姿勢になった。
「キュロス」
アルマは屈み、キュロスと目線を合わせる。
キュロスは顔を跳ね上げ、祈るようにアルマの目を見た。
「武器一式売るか?」
キュロスはげんなりとした表情でしばらく黙った後、「……ついていきます」と弱々しく答えた。