第二十四話 青きゴーレム
アルマは宝魔珊瑚の壁をツルハシで叩き壊し、錬金炉を用いて精錬しては海轟金を造り出していった。
海轟金は宝魔珊瑚よりも濃い青色を持つ金属である。
マジクラ世界において、純金に等しいランク6のアイテムであった。
使用用途が減った代わりに、より頑強で水属性を帯びた黄金、という位置付けである。
アルマはある程度自分の手で進めた後は、海轟金を用いて青黒い巨人、トリトンゴーレムを造り出した。
トリトンゴーレムには、同じく海轟金で造った《トリトンのツルハシ》を持たせる。
トリトンゴーレムはその圧倒的な膂力で道を開いていく。
アルマは錬金炉の数を増やして横に並べ、どんどん壁の残骸から海轟金を精錬していった。
宝魔珊瑚の含有する海轟金にはバラつきがあり、平均すれば全体の五%程に満たない。
だが、何せ壁を掘れば掘るだけ宝魔珊瑚は出てくるのだ。
いくらでも手に入る。
精錬された海轟金の量も、段々と増えていっていた。
その内、海轟金の保管と邪魔な残りカスの残骸の圧縮のために収納箱を並べていくようになった。
海轟金の入った収納箱には『当たり』と、残りカスの入った収納箱には『ハズレ』と刻まれている。
ゴーレムの数も三体まで増えていた。
「いやぁ、たまらねぇな! 見ろ、メイリー、こんなに希少金属がざっくざっく集まっていくぞ! フフ、こういうときが一番楽しいんだ」
アルマは楽しげに精錬を続ける。
メイリーはその横で海轟金の延べ棒を飴のように舐めていた。
オピーオーンは、魔力を帯びたあらゆる物質を食糧にすることができる。
「……なぁ、メイリー、いつも思うが、そういうのってどういう味がするんだ?」
「うん?」
メイリーは気になるなら味見しろとでも言うかのように、涎塗れになった海轟金の延べ棒をアルマへと向ける。
アルマは口許を歪めた。
「いや、二重の意味でいらないが……」
「ものに寄るけど……これは海藻を凝縮して石にしたものを、美味しくしたみたいな味がする」
「最後の美味しくしたが全く理解できないが、まあお前が幸せそうで何よりだ」
メイリーは再び海轟金の延べ棒を口へと運ぶ。
牙を立てて噛み砕いていた。
アルマはしばしそれを眺めていたが、すぐにまた自分の作業へ戻った。
『あのゴーレム……随分と力強そうであるな』
「だろうな。単純な頑丈さとパワーなら、お前、トリトンゴーレムに負けるぞ」
『我で比較するな我で!』
クリスはそう声を荒げた後、《竜珠》の奥から周囲を見回す。
『……しかし、そんなに収納箱を並べてどうしようというのだ? 運び出すにも一苦労であろうに。それに、ハズレはどうするのだ?』
「一応、宝魔珊瑚でもいい防具や武器にはなる。ただ、海轟金抜いたら、もうただのゴミだからな。ハズレは収納箱ごと海に捨てるさ。まあ、ただの石の塊みたいなもんだから害はない」
『そ、そうか……。それで、当たりはどうするのだ?』
「意地でも運び出すさ。この道の先に、作業を手伝ってくれる調査隊の方々がいるはずだからな」
『殺され掛けた上にこんなわけのわからん重労働を強いられるとは、調査隊の面子も災難であったな』
作業を進めている途中、海轟金の延べ棒を舐めていたメイリーが、ピクリと眉を動かした。
手に持っていた延べ棒を呑み込み、アルマの近くに立つ。
「どうしたメイリー」
「主様、すぐ向こう側で何かが交戦してるみたい。あの壁、空洞に繋がってる」
「ほう」
メイリーの言葉通り、トリトンゴーレムの振るったツルハシが壁を崩し、通路へと開通させた。
その先には、青い化け物がいた。
人間の胴体から手足を奪い、代わりに長短異なる触手を生やしたような姿をしている。
無機質な大きな瞳を持ち、頭は膨張しているかのように大きい。
そして口は円形で、細かく牙が生えていた。
触手の先端には、歪な鉤爪がついていた。
蛸人間と、総称するのが一番適しているかのような外観をしていた。
これが海魔族ことラメールである。
ラメールは壁を蹴り、素早く通路を飛び交っている。
高速移動の中、ラメールの漆黒の瞳が、トリトンゴーレムとアルマ、そしてメイリーを捕らえた。
ラメールの蹴った宝魔珊瑚の壁に、深い爪痕が刻まれていた。
『あの速さに、我らを確認する動体視力、そして爪の威力……おまけに知性まであるとすれば、なるほど確かに厄介な化け物であるな。我でも厳しいという、アルマの見立ては概ね正しいであろう。確かに、あの都市の調査隊では敵わなかったはずである』
クリスがそう零す。
メイリーとアルマはトリトンゴーレムの横を抜け、ラメールのいる通路へと出た。
ラメールと交戦しているのは、気取った羽根帽子の、大柄な人物であった。
男へとラメールが突撃していく。
男は剣で反撃しようとするが、ラメールに突き飛ばされて壁に背を打ち付けた。
浅いとは言え肩を抉られ、血が流れている。
「シュ、シュ、シュ……」
ラメールは笑っていたが、床への着地を誤り、その場に派手に転倒した。
「シュガッ!」
触手が千切れ、青い体液が舞った。
衝突したとき、羽根帽子の男の剣が、ラメールの触手を三本奪っていたのだ。
「残念だったな……遺跡の主。確かに速いし、手数も多い。それに、動きも変則的だった。だから、君の動きを見切るのには、少々時間が掛かったよ。ま……それだけだがな。私を、先に入った冒険者達と同一視したのが誤りだ」
羽根帽子の男……キュロスが不敵に笑って立ち上がり、ラメールへ刃を向ける。
ラメールが目を見開き、怒りを露にする。
今まで以上の速度で壁を蹴って移動し、キュロスの周囲を回った。
「魔物……確かにお前は、私より速く、力に優れ、頑強で、身体の構造もずっと戦いに適している」
キュロスは目を閉じ、そう口にする。
死角を取ったラメールが、キュロスへと飛び掛かった。
キュロスはふわりと宙を舞うように身を翻し、地に足を付け、下から突き上げるように剣を向け、脇を締めて堅く構える。
そして、勢いよくラメールへと跳んだ。
ラメールとキュロスが衝突する。
「だがな、それだけだ。極められた技は、その全てに勝る」
キュロスの刃は、ラメールの胸部を貫いていた。
如何に頑丈なラメールとはいえ、心臓を貫かれては無事では済まない。
ぐるりと目を回し、息絶えた。
「《天秤返し》……力の逃げ場を抑えるように構え、相手の運動量を剣先に乗せる。硬い表皮を持つ魔物を貫くための技だ。手数があってようやく互角だったのだ。触手を失ったのだから、とっとと逃げるべきだったな」
キュロスはラメールより刃を引き抜く。
ラメールの身体が地面に落ちた。
それからキュロスは、アルマへと目を向ける。
「なんだ……あいつ、ちゃんとやるじゃないか。多分、クリスより強いぞ」
『おい、だから吾輩を引き合いに出すのを止めよと言っているであろうが』




