第二十話 立ち入り規制
アルマが無事にA級冒険者となった翌日、冒険者ギルドでは大騒ぎになっていた。
「おい、聞いたか? B級冒険者揃いだった、遺跡調査の特別編成隊が、逃げ帰ってきたって……」
「とんでもねぇ……。なあ、あの遺跡、まだ近くにあるんだろ? その内、魔物が出てくるんじゃないのか?」
都長の海上遺跡の調査隊が、都市へと帰ってきたのだ。
だが、ほとんど戦果を上げられないまま、隊員の数を半数以下に減らしていたのだという。
生き残った者も恐怖で口が聞けなくなっており、皆治療所に運ばれたようであった。
冒険者達が騒ぐ中を、アルマとメイリーが歩く。
『……何やら、厄介な事態になっているようであるな』
クリスが呟く。
アルマも眉間に皴を寄せ、自身のこめかみを指で叩く。
「思いの外、危険な場所だったみたいだな。都市の冒険者の選りすぐりが逃げ帰ってきたんだから、それなりに難度の高いダンジョンだ。連中も、見知らぬダンジョンなんだから、安全を第一に動いていたことだろうし……」
『随分と警戒しておるのだな? 貴様のことだから、もっと楽観的に捉えているのかと思っておったぞ』
「ダンジョンはピンキリだからな。それに今回の調査隊はB級冒険者十人以上の集まりで、中にはA級冒険者も混じってたって話だ。だとしたらホルスとも対等に戦えるであろう戦力だ。それが何の戦果も得られず逃げ帰ってきたとしたら相当だぞ」
クリスの脳裏に、あの金色の鶏が胸を張っている姿が浮かび上がった。
『……アルマよ、あの鶏で換算されると、危機感が上手く伝わらんのだが』
「お前、ウチのホルスを舐めてるのか? アイツはお前が三体掛かりでも捌ききるぞ」
『む、むう……そうなのかもしれんが、しかし、しかし……』
クリスが納得いかなさそうな声を出す。
「俺も天空要塞があったら、遺跡ごと吹き飛ばして宝だけ回収してやれたんだがな」
『化け物め……』
アルマが生身でこの大陸に飛ばされてきてよかったと、クリスはそう再認識した。
本当にアルマが度々口にする天空要塞がこの地に来ていれば、既に地形が変わっていたとしてもおかしくない。
「ダンジョンの中は戦い難いしな。今回は、かなり慎重に動く必要がありそうだ」
アルマはそう言いながら、受付へと向かう。
受付では、シーラが仏頂面でアルマを睨んでいた。
「調査隊が戻ってきたんだから、海上遺跡は冒険者の立ち入り制限はなくなるんだよな?」
「なくなりませんよ」
「何……?」
「ですから、立ち入り制限は継続しています。当然でしょう、都長様の編成した調査隊が、手も足も出なかったのですから。一般冒険者の方には危険すぎます」
シーラが勝ち誇ったように口にする。
さすがのアルマもこれには閉口した。
当然と言えば当然である。
前回の規制は利益のための側面が強かったが、今回の規制は別口である。
無為に上位冒険者を死なせるような真似を都市は許容できない。
海上遺跡は、想定よりも遥かに危険すぎたのだ。
「嘘だろ、ここまで来て、そんな……。クソ、だったら、近日中に開放される見通しがほぼゼロじゃねぇか」
アルマは頭を抱え、考え込む。
シーラは勝ち誇った表情で腕を組み、ふんすと得意げに鼻息を漏らす。
「ようやくアルマさんに一泡吹かせられました」
「……何か、何かないのか? 都長と直接交渉するしかないか……? ああ、どんどん遠回りさせられちまうな」
「主様ぁ、諦めて、十体くらいカリュブディス釣ったら?」
メイリーは暢気に、欠伸交じりにそんなことを口にする。
実際、アルマの《アダマントの釣り竿》であれば、連日釣りを続ければカリュブディス十体とはいわなくとも、四千万アバル相応のアイテムを得ることは不可能ではないはずだった。
「問題は運次第だから何日掛かるのかわからんのと、この都市でどの程度価値を見込んでもらえるかなんだよなあ。それに……何となくコレクター欲求で究極の釣り竿造ったけど、そこまで俺、釣り好きじゃないし」
アルマがぽつりと零す。
『そうであれば、イワナとやらと殺し合わずに、素直に釣り竿を売ってやればよかったのでは……?』
「いや、コレクター欲求があるから」
『そ、そうか……』
クリスが呆れたようにそう返す。
「とにかく、お引き取りください! 海上遺跡の、一般冒険者の方への開放はいたしません! それがギルドの決定ですから」
シーラがドヤ顔でそう宣言する。
「クソッ……こいつ、もうちょっと取り繕って申し訳なさそうに言えばいいものを、最早隠す気もないな」
『貴様が散々挑発したせいでは?』
そこへ他の受付嬢が駆け寄ってきた。
「あ……シーラさん、その件なんですが……その、都長様からの依頼が入ってきたみたいで」
「ふぇっ?」
シーラが困惑したように眉根を下げる。
「都長様からA級冒険者向けに、遺跡に取り残された調査隊の救出、及び遺品回収の依頼が出てるの」
「どどどっ、どうして!? そんなことしても、別の犠牲者を増やすだけじゃ……」
「調査隊には都長様の私兵もいたらしいの。私兵には親類の方もいたみたいだから、どうしても無策で待つわけにはいかなかったんじゃないかな……」
そのやり取りを聞いて、アルマは満面の笑みを浮かべていた。
「シーラさんよ、随分と報酬の弾みそうな、都合のいい依頼があるみたいだな?」
シーラはアルマを睨んだ後、同僚へと目線を戻す。
「ギ、ギルド長様に訴えましょう! これは、都長様の依頼でも、出すべきではありませんよ!」
「当然、メイザス様は確認済みよ。受注者は個別で精査するようにとは言っているけれど」
「そ、そうですよね! じゃあその審査で落とせば……」
シーラがぐっと握り拳を固める。
「アルマ様が来られた場合にだけは、確認無しで受注させて構わないと言っていたわ。随分と高く評価しているみたいで」
シーラががっくりと肩を落とした。
「諦めろ、シーラさんよ。とっとと受注させてくれ。これ以上引っ張るなら、ゴネて俺側のメイザスさんを引っ張り出すぞ」
「わ、私は、嫌がらせがしたくてこう言っているんじゃないですからね! 冒険者の方々の安全面を考えて言ってるのに……」
シーラが顔を赤らめ、頬を膨らませる。
「大丈夫大丈夫、必ず戻ってきてやるさ」
「……べ、別に貴方の心配をしているわけではありませんが、お連れの方が可哀想です」
シーラがそっぽを向いた。
「こいつは俺より百倍は頑丈なんだがな」
アルマは苦笑しながらメイリーの肩を軽く叩いた。
無事に受注が完了した後、アルマは受付へと背を向け、自身を睨みつけている羽根帽子の男と目が合った。
A級冒険者キュロスである。
納得のいかなさそうな顔でアルマを睨んでいる。
「結果的に不要になったが、前は提案どうもな。同じA級冒険者同士、仲良くやっていこうじゃないか」
アルマは手を上げてキュロスへとそう挨拶した。
キュロスは「フン」と鼻を鳴らす。
「そのようなことをして私に近づいた気になっても、不相応な地位は自身を徒に危険に晒し、要らぬ恥を掻くばかりだぞ。A級冒険者とは、認められたことに価値があるのではない、認められるだけのその実力に価値があるのだ」
アルマは眉を顰める。
何故キュロスの中で、勝手に自身がキュロスに憧れていたことになっていたのか、まるで理解が及ばなかったのだ。
よくよく考えれば最初からちょっとズレた奴だったなとアルマは思い返し、大きく頷いた。
「おう、そうだな。じゃあ俺達は行くから……」
アルマはそう返し、キュロスの脇を通ってやり過ごそうとした。
キュロスは一瞬呆気に取られて棒立ちしていたが、すぐに小走りでアルマの先へと回り込んだ。
「まっ、待て待て待て!」
「なんだ? まだ用があったのか?」
「……べ、別にないが。けっ、警告はしてやったからな!」
キュロスは声を荒げ、アルマへと指先を突き付ける。
「そういえばキュロスは遺跡に行くのか?」
「ふん……今の遺跡に行くなど、愚か者の発想だ。都長が編成した調査隊が駄目だったのに、たかだか数名で挑んでどうにかなるわけがない。判断を誤り、一攫千金と危険な案件に飛びつくのは三流のやることだ。こんな依頼を出すなど、都長も身内贔屓で判断を狂わせたか」
「そうだな、よくよく考えたら、そもそもそんな気概があったら、最初から調査隊に立候補しているか」
アルマは小さく頷いてそう納得する。
それを聞いたキュロスは、目を見開いて唇を尖らせ、こめかみを怒りで激しく痙攣させた。
逆に何も言い返さない。
怒りのあまり、言葉を失っているようだった。
キュロスの顔を見上げ、アルマは己の失言に気が付いた。
「おっと……じゃあな、キュロス。俺達は準備で忙しいからよ」
アルマはその場に凍り付いているキュロスの横を通り、ギルドの外へと向かった。
「ま、待て、アルマ! 違うぞ! 私は、本当にタイミングが噛み合わなかっただけからな! 本当だ! これはギルドの履歴を見ればわかることだ! おい、戻ってこい! 今確認させてやる! おい……おい!」
吠えるキュロスを放置して、アルマは冒険者ギルドを後にした。