第十八話 大物
アルマは海岸にて、岩を用いてちょっとした砦を造った。
岩塊の壁と、五体のロックゴーレムを配置する。
また、ロックゴーレムと同数の巨大弓、《バリスタ》を壁に設置した。
簡単な操作で、槍のような巨大な矢を発射することができる。
槍の先端には、用意しておいた毒を塗りたくる。
「滅多なことは起きないと思うが、釣り当てた魔物に逃げられると、周辺に大被害が及ぶからな。準備は念入りに行っておこう」
『お、おい、アルマ、そんなに危ないものが釣れる可能性があるのか……?』
「念のためな、念のため。メイリーもいるから妙なことにはならんはずだが、不味いと思ったら逃げるというわけにもいかんからな」
『我は貴様が怖くなってきたぞ……アルマ……』
「……と、その前に」
アルマは《龍珠》を掲げた。
クリスがその場に現れる。
『わ、我にも戦えというのか!』
「地上にいると危ない可能性があるからな。不味いと思ったら、俺を背に乗せて飛んでもらうことになる」
『巻き込まれた……』
クリスががっくりと肩を落とす。
「よし、ロックゴーレムはいつでも撃てる状態になっているな? じゃあ釣りを始めるぞ」
『待つのだ! ま、まだ、心の準備が……!』
アルマは《アダマントの釣り竿》に餌を付けると、海の中へと放り投げた。
ちゃぽんと音を鳴らし、餌が海中へと沈んでいく。
「色々慌ただしかったから、ゆっくり釣りをするのもたまにはいいものだな」
『おいアルマ、本当にこれは、ゆっくり釣りと形容できるのか?』
クリスがびくびくと身構えながらそう漏らす。
アルマは海岸にあった石の上に座った。
『馬鹿者! 寛ぐな! 寛ぐな! 何があるのか、わからんのだぞ!』
「大丈夫だろ。ヤバイのが釣れたら、ロックゴーレムが速攻で《バリスタ》を撃ち込んでくれる。毒塗ってあるから、モンスターランク5くらいの奴ならイチコロ……とはいかないが、まあまあ苦しんでくれるだろう。その隙に仕留めればいい」
『一撃ではないではないか!』
「まあ、大した毒の素材もなかったからな。ないよりはマシだ」
『本当に我は、こんな奴についていていいのか……?』
そのとき、ぐぐっと釣り竿が撓んだ。
びくっとクリスの身体が震える。
「おっ、来た来た! 来るぞ!」
アルマが大きく釣り竿を引く。
糸の先端には、真黒な長靴が掛かっていた。
『なんだ、ハズレではないか……』
クリスは安堵の息を漏らし、構えた前脚を下した。
「おいクリス! そこ危ないぞ!」
『む?』
長靴がクリスの顔面にヒットした。
クリスは目を回し、頭を抱える。
『な、何故……? 革ではないのか……?』
「《黒鋼の長靴》だな。当たりだな、上手く捌ければ四十万アバルくらいにはなる」
『当たりだな、ではないが。我にぶち当たったのだが』
クリスが額を押さえながら文句を言う。
「これ《ダメージ軽減》のルーン付きじゃないか! 倍近い値がつくかもしれん。ああ、だが、ルーンの付加価値を分かってくれる奴に売れるかどうかが問題だな……」
『おい、聞けアルマ』
次に釣れたのは虹色の魚であった。
海岸に落ち、大きな鰭でピチピチと跳ねる。
身構えていたクリスが、また安堵の息を吐く。
『な、なんだ、普通の魚ではないか……』
「レインボーフィッシュだ! こいつは美味いぞ」
アルマは地面に落ちたレインボーフィッシュを拾い上げる。
「主様! ボク、食べたい!」
興味なさげに釣りを眺めていたメイリーが、大喜びでアルマの傍へと駆けていく。
「ああ、いいぞ。錬金炉で焼き上げて、焼き魚にしてやる」
『緊張感のない……』
クリスは溜め息を吐く。
自分ひとり身構えていたのが馬鹿らしいほのぼのとした様子であった。
その後、錬金炉から、焼き魚のいい匂いが漂う。
『の、のう、メイリー様よ。我もその、味見程度でいいので、分けてはもらえんか……?』
クリスは身体を縮め、そろりそろりとメイリーへ近づいていく。
クリスはメイリーからお情けで分けてもらった、レインボーフィッシュの頭部の味を噛み締める。
『うむ、うむ、甘い! 焼き魚にこんな甘みがあるのは、初めてである!』
「……緊張感のない奴だな」
『いっ、いかんいかん! いつ凶悪な魔物が来るのかわからんのであった』
アルマに言われ、はっとしたようにクリスは身体を引き締める。
しかし、その後、しばらく普通の魚や、長靴シリーズが続くことになった。
警戒していたクリスも、少し気が削がれつつあった。
ようやく釣れた魔物は、モンスターランク2の美脚マグロという、マグロに人間の脚がついた奇妙な魔物であった。
メイリーが気味悪がって、蹴飛ばして海へと追い返した。
『アルマよ、本当に凶悪な魔物が釣れるのか?』
「ふむ、今回は釣れないかもしれんな。場所や運に寄るからな」
クリスはがっくりと肩を落とした。
『散々脅かしおって……。まあ、面白かったがな。変わったものも、あれこれと喰えたし……』
そのとき、急に空に暗雲が集まり始めた。
『む……天候が荒れそうであるな』
「おいメイリー! 俺じゃ無理だ! 代わりに引いてくれ!」
アルマが大慌てでそう叫ぶ。
「主様っ! 貸して!」
メイリーが飛んできて、代わりに釣り竿を握った。
海中に大きな影が浮かび、渦を巻き始める。
釣り竿は大きく撓り続けている。
『お、おい、これ、不味いのではないのか……?』
「撃て! ロックゴーレム!」
ロックゴーレム達は《バリスタ》を構え、一斉に海へと向けて放った。
五本の槍が海面を穿つ。
直後、海より大きな七又の蛇が姿を現した。
それぞれに目はなく、代わりに大きな口がついていた。
中央には、蒼い鱗肌に真っ赤な四つの目を持つ、人間の上体のようなものが生えていた。
七体の内、三体の蛇の頭には《バリスタ》の毒槍が刺さっていた。
そのせいか、化け物は痙攣しており、あまり動かない。
『オ、オオオ……腹、減ッタ。オレ、喰ウ。全テ、喰ラウ』
ぞっとするような、邪悪な《念話》が周囲に響く。
「大食海獣カリュブディスだ! 想定より高い! モンスターランク6だ!」
『何であると!?』
アルマはクリスの背に飛び乗った。
「とっとと飛べ! 巻き込まれるぞ!」
『わ、わかった!』
クリスが空へと飛ぶ。
カリュブディスの蛇が海岸へと喰らい掛かり、大きな水の柱が何本も上がった。
海岸が沈み、地形が変わっていく。
ロックゴーレム達がカリュブディスの蛇に喰われていく。
『どっ、どうするつもりであるか! あんな化け物! というか、あんな化け物が今までこの海に眠っておったのか!』
カリュブディスの四つの目が、空中を飛ぶクリスとアルマを捉えた。
四つ目の化け物は、無邪気に大きく口を開ける。涎が垂れていた。
『食ベ応エ、アリソウ』
『ひ、ひぃっ!』
直後、カリュブディスの七体の蛇の内、三体の頭が飛んだ。
カリュブディスが四つ目を細め、空中を飛び回るメイリーの姿を追う。
『オマエ、オマエ、美味ソウ! 喰ウ! 喰ワセロ! 喰ワセロロロロロロ!』
直後、残る四体の蛇の頭が飛んだ。
メイリーがカリュブディスの本体へと正面から飛んでいく。
『悪いけど、ボクが捕食者側だったね』
メイリーが大きく口を開ける。
カリュブディスの本体の身体が大きく抉れ、体液を噴出させる。
カリュブディスの巨体が海へと沈んでいく。
『オナカ、空イタ……』
カリュブディスの弱々しい《念話》が響く。
大きな雷と共に、空の暗雲が割れ、散っていった。
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