第一話 来訪者
「ええと、このポーションにジェムバードの尾と、ドロドロに溶かした薬草、そして培養したキマイラ菌を混ぜて……よし、黄色になった。後はこいつを恒温槽にぶち込んで醸造するだけだな」
アルマは鼻唄交じりに瓶に詰めた薬品を並べていく。
時計塔の製薬室にて、ポーション開発を行っているところであった。
この部屋には、菌の培養器や人工太陽光による薬品栽培、温度を一定に保ち発酵を促進させる恒温槽などがあった。
ソファに寝そべるメイリーが、作業を行うアルマへと目を向ける。
「……ねぇ主様、それ、そんなに楽しい?」
「ああ、勿論だ。いいポーションができあがったら、村人達にも配ってやらないとな」
「今作ってるの、どういうポーションなの?」
「こっちが嘘を吐くとくしゃみが止まらなくなるポーションで、こっちが何を食べてもしばらくリンゴの味しかしなくなるポーションだ! 面白そうだろ?」
「ポーションを作るのが目的になってない?」
メイリーが突っ込みを入れたとき、ノックの音が響いた。
「ホルスか?」
扉が控えめに開き、金の頭がにゅっと隙間から覗いた。
アルマの様子を見て入っても問題ないと判断したホルスが、トテトテと部屋の中に入ってくる。
その後に続いてホルスが世話をしていたらしい鶏達が続いて入ってこようとしたが、ホルスは振り返って翼でそれを制する。
それからまたアルマへと向き直った。
『アルマ様、エリシア様がお見えですぞ。客間へ案内いたしましょうか?』
「エリシアか。今ちょっと手が離せない、直接こっちに来てもらってくれ」
『はっ、畏まりました』
ホルスが翼を額に当て、廊下へ出て丁寧に扉を閉める。
五分後、エリシアを連れて戻ってきた。
「……まさか、一日来ない間に、階を移動できる装置ができているとは思いませんでした」
エリシアがやや呆れ気味に口にする。
「便利だろ? あれは《魔導エレベーター》だ。その内、村の色んなところに造りたいと考えている」
「アルマさん、ポーション開発まで手を付け始めたんですね……」
「ああ、以前のドウン騒動で、多種多様の魔物が手に入ったからな。使わないと勿体ないから、空き部屋を製薬室へと改造したんだ」
赤き夜に低確率で現れる小さな魔王ドウン。
ドウンの引き連れてきた魔物の山は村に恐怖を齎したが、同時にアルマへ素材の山を与えてくれた。
「それで、その……この夥しい数のポーションは、何に使うのですか?」
「大半のポーションに使い道はないが、一種類ひとつは持っておかないとな。錬金術師の嗜みだ」
「は、はあ、なるほど?」
エリシアが納得したような、していないような表情を浮かべる。
「ポーションオタク……」
「光栄だ」
メイリーの呟きを、アルマは鼻で笑った。
「ところでエリシア、何の話だったんだ」
「ええ、実はライネルさんが狩りの途中に、倒れている方を助けたそうなのです。その人が、自分の村で魔物災害が起きて、助けを求めに来たと」
「魔物災害……ね」
アルマは手に持っているポーションを机の上へと置いた。
魔物災害であれば、人の生き死にに関わる。
作業をしながら聞けるような話ではなかった。
「魔物災害にも色々あるだろ。この間の赤き夜の影響か? 村近くに魔物が巣でも作ったのか? それとも、まさか魔王が出たのか?」
「……死者の祝祭です」
「最悪だな」
アルマは舌打ちを鳴らした。
死者の祝祭は、魔物災害の中でもアンデッドの感染による被害のことを指す。
一部のアンデッド系統の魔物は生者を襲い、その身体を穢して仲間に引きずり込むことができるのだ。
たった一体のアンデッドから爆発的に感染が広がり、都市の中がアンデッドで飽和して滅ぶようなこともある。
「そいつはどこにいる?」
「村の治療所にいます」
「わかった、俺が直接話を聞いてくる」
アルマは机の上から一本のポーションを掴み、扉の外へと向かった。
アルマが村の治療所に到着したとき、怒鳴り声が聞こえてきた。
「じゃ、じゃあ、殺すっていうのか!」
「それしかないんだよ! この男はすぐにゾンビになる! どっちにしろ、助けられる手段なんかないんだよ!」
「二人とも、落ち着いてくれ。熱くなっても仕方のないことだ」
重症者の寝るベッドの横で、ライネルが村人と言い争っていた。
ライネルは自分が助けて連れてきた相手を殺すというのが、受け入れられないようだった。
アルマと同じ用事でここに来たらしいハロルドが、彼らを諫めていた。
寝かされている重傷者は、三十近い男だった。
目の焦点があっておらず、息が病的に荒い。
「ハロルド、そこにいるのが近くの村から逃げてきた男か?」
「……ああ、そうだよ。ただ、見ての通り、ゾンビ化の症状が出掛かっている。話もまともに聞き出せない状態なんだ。助けてあげたいのはやまやまだけれど、こうなった以上はもう手遅れだ。このままこの人がゾンビになって暴れれば、この村も大変なことになるかもしれない」
「ハ、ハロルド様も、見殺しにしろというのですか!」
ライネルがハロルドに詰め寄ろうとして、彼の部下に遮られた。
「だから、落ち着いてくれ。僕は、正確に現状をアルマ殿に伝えただけだ」
そのとき、重症の男が苦しげに呻き声を発した。
「うっ、うあ、うああ……」
「ア、アンタ、もしかして意識が……!」
「あ、ああ、あが、こ、ころして、ください……人間の、うちに……」
男は苦悶の表情で、必死にそう訴えた。
ライネルは茫然と男を見ていたが、悲しげに顔を伏せた。
「大丈夫だ、殺す必要はない。顔色や特徴で分かるが、そもそも、このゾンビ化は二次感染する類のものじゃない。ゾンビの二次感染は凶悪だが、その性質を持つゾンビはかなり稀少なんだよ」
「そうなのか……?」
ライネルがアルマへと尋ねる。
「ああ、ゾンビの二次感染の恐怖から、勝手に全てのゾンビがそうだというイメージが根付いたんだろう。それに……殺す必要がない理由は、それだけじゃない」
アルマは《魔法袋》からポーションを取り出し、男へと掛けた。
男の肌は見る見るうちに生気を取り戻していく。
「な……! ゾ、ゾンビ化が、こんな、それも一瞬で、完治するわけが……」
「単に進行を止めて、生命力を付与しただけだ。完全にゾンビになっていたわけではないからな、いくらでもやりようはある」
「……さすがアルマ殿、あっさりと言ってくれるよ。アルマ殿に頼めば解決策を出してくれるかもしれないとは思っていたけれど、この場で即座に解決してしまうなんてね」
「たまたまゾンビ化を止める薬があっただけだ。あれこれと遊んで造っていた甲斐があった」
ライネルが深く安堵の息を吐き出した。
「どうなることかと不安だったが、アルマさんが来てくれて本当に良かった」
この場で、一番困惑しているのが当事者の男であった。
「な、何が起こったんだ……? どど、どうして、俺は生きている? ついさっきまで、頭が痛くて、とても何かを考えられる状態じゃなかったんだが……」
「そうか、アルマ殿に慣れていなかったら、そういう反応になるんだね」
ハロルドが興味深そうに二度頷いた。
「……ハロルド、お前、俺を何だと思っているんだ……?」