第二十一話 審判
ハロルドとの約束の時刻になった。
広場で、村人達の前で話し合いを行うことになっている。
アルマは既にヴェインの元部下であるドズを用いて、ハロルドへヴェインを拘束した一件を伝えてもらっていた。
これにより何かハロルド側に動きがあるかもしれないとアルマは考えていたが、しかし予定の変更を伝える使者も特に送られてきてはいなかった。
『アルマ様、領主との衝突では何が起こるかわかりませんぞ! このホルスも連れて行ってくだされ!』
ホルスがぱたぱたと翼を羽搏かせ、ぐぐっと背伸びをした。
「……ホルス、戦えるの? 畜産スキルしかないって主様から聞いたけど」
メイリーがじろりとホルスを見る。
『勿論でございますぞ、メイリー殿! ついこの間、十人の悪漢に囲まれましたが、三分で殲滅してみせましたぞ!』
ホルスは翼でシュッシュと空中を殴り始める。
「……いつの話? 数日前に《知恵の実》を食べたところなのに」
『ああっ! 疑っておりますな、メイリー殿!』
「ホルス、悪いが鶏の管理と家の番を頼む。メイリーがいる限り、俺は大丈夫だ。この村に、メイリーを倒せる戦力は絶対にない。それより俺の留守が確定している間に、拠点に何かされるのが怖い」
『なるほど! ではこのホルス、アルマ様不在の間、この拠点を守り抜いてみせますぞ! ですが主様もお気を付けくだされ!』
「おう、ありがとうなホルス」
アルマは屈み、ホルスの頭を撫でる。
「さて……じゃあ、出発するとするか。行くぞ、メイリー」
「ん、了解」
アルマはメイリーと共に拠点を出て、倉庫の扉を開いた。
倉庫の中には、縄でぐるぐる巻きにされたヴェインの姿があった。
「放せ、放すのだ! 吾輩を解放せよ! 吾輩は、吾輩は、この村の英雄であるぞ! この拘束は不当である! こんな真似をして、タダで済むと思うなよ!」
「安心しろ、断罪の時間だヴェイン。ハロルドと決着をつけたら解放してやる。もっとも、この村にはいられなくなるだろうがな」
ヴェインはアルマの顔を見上げると、目を細めて不吉な笑みを浮かべた。
「フ、グフフ……それは貴様の方であるぞアルマ。ハロルドは、貴様を潰す策があると言っていた。ハロルドはこの一件、ほとんど動いておらんかった。それは元々、貴様に対してあれこれと行動する必要がなかった、ということである。最初からハロルドからしてみれば、貴様如き、何ら障害にはなり得なかったということである。ハロルドは、吾輩以上に残忍で計算高い男よ……!」
「残忍さは知らんが、お前は計算高くも何ともないだろ……。行き当たりばったりで散々大迷惑掛けてくれやがって。お前みたいな奴は確かに敵にしたくないが、それ以上に味方にしたくないね。その点で俺はハロルドに同情する」
「いっ、言わせておけば! 後悔するのである、アルマ! 消えるのは貴様であるのだからな!」
ヴェインは縄で縛ったまま、村人二人に押さえてもらいながら約束の広間へと向かうことになった。
「主様……ハロルド、何仕掛けてくると思う? 流石にアイツの負債が大きすぎて、ハロルドも今更、主様に手出しはできないと思うんだけど」
「ハロルドには、最初から引っ掛かってたことがある。アイツの言動には、破綻という程じゃないが、違和感が多い。そこ次第ってところだな」
「違和感?」
「ああ、アイツは如何にもヴェインと協力関係であり、肩入れしていることを匂わせていたが……その実、対立を煽っていただけでまともに援護を行っていた様子が、これまで一切ない」
「それって……ヴェインを叩いても、ハロルドを失脚させることは難しいかもしれないってこと?」
ハロルドがヴェインに露骨に援護を行ってくれていれば、ヴェインの追放に合わせてハロルドを失脚させることは容易であったはずだ。
だが、ハロルドにそうした動きがほとんどなかったため、ヴェインの引き起こした事件から連帯責任を負わせることは難しい。
ヴェインに何か村での明確な企みがあり、その点でハロルドと結託していたことはほぼ明らかである。
それなりに腕の立つ錬金術師であるヴェインには、崩壊の見えている地方村を支援する以外にいくらでも仕事はあったはずなのだ。
強欲なヴェインが、わざわざこの村に固執しているということは、何らかの具体的な利益がある。
そしてハロルドがその一件に噛んでいる、それは間違いない。
だが、アルマにもまだ、それが何なのかは見えていなかった。
そこを突けなければ、ハロルドはヴェインを切って逃げるだけだ。
追い詰めることはできない。
「それもそうだが、俺は別の線を考えてる。仮に最初からそっちが目的だったとしたら、ハロルドはとんでもない謀略家だ」
「ふうん……?」
メイリーはアルマの言葉を聞き、首を傾げる。
「ねぇ、主様、それってどういう……」
「なんだ、あちらさんはもう来てたのか」
広場には既に村人達が集まっており、ハロルドの姿もあった。
ハロルドの周囲には、鎧を纏った部下が並んでいた。
「早めに来たつもりだったが、案外律儀な奴だ。領主様相手に遅れたとなっちゃ、心象が悪くなるな」
アルマの登場に、村人達が左右に分かれて道を作ってくれた。
アルマとメアリー、そして拘束されたヴェインが、その道を歩む。
「悪いなハロルド、待ったかよ?」
ハロルドはアルマを見ると、無言のまま微かに微笑みを浮かべた。
「ハロルド様っ! 吾輩の誤解を解いてくだされ! 違うのです、吾輩はこのアルマに嵌められたのです!」
ヴェインはおいおいと涙を流し、贅肉に塗れた己の顔面を汚す。
憐れを誘う、甲高い声で訴える。
アルマは村人達の顔へ目を走らせる。
ヴェインの様子を心配する者が少なからず現れているようであった。
「錬金術師より、役者の方が向いてるな、お前は」
アルマは溜息を零す。
「よく聞くのだ! このアルマはとんでもない極悪人である! 必ずや村に不幸を齎すであろう! 吾輩を、吾輩を信じなくともよい! だが、アルマだけはいかんのだ! 吾輩は、吾輩は、この村を救いたいっ……!」
ヴェインの演説が続く。
「……皆、下がっていてくれ。この場で僕が護衛をつけるのは、あまりに誠意を欠くだろう」
ハロルドは部下達に声を掛けた。
「ハロルド様……しかし、暴動が起きればどうなるか」
「構わない、とうに覚悟してきたことだよ」
部下達は頷き、大きく退いてハロルドから離れた。
それからハロルドはアルマやヴェインから目線を外し、村人達の方を向いて足を畳んで座り、頭が地につく程に下げた。
村人達にどよめきが走る。
「ハロルド様……何を、なさっているのであるか?」
ヴェインが呆然とハロルドへ尋ねる。
「皆に謝らなければならないことがある。僕は……ここにいる錬金術師、ヴェイン殿と結託し、村の娘を奴隷として都市部に売る計画を立てていた」
「ハロルド様……? ハ、ハロルド、おい、何をほざいているであるか!」
ヴェインが怒鳴る。
ハロルドは地面に頭をつけたまま、話を続ける。
「ヴェイン殿は、いずれ持ち出す奴隷売買の話が受け入れられ易いように、生活に余裕ができすぎないように調整していた。僕も、それを知っていて黙認し続けていたんだ」
「で、出鱈目である! 全てハロルドの作り話であるのだ! し、知らぬ、吾輩はそんな話、欠片も知らぬぞ! ハッ、ハロルドが、吾輩を貶めようとしているのである! そんな根も葉もない話が、よく通ると思ったものであるな!」
静寂に包まれる広間の中で、ヴェインの泣き叫ぶ声だけが響いていた。