44.王国宰相は エリザベートを警戒する。
王国の宰相チャバ・ファン・アポニーは夕刻のまどろみの時間が好きであった。
山に太陽が隠れると茜色の空が広がり、闇と光が混濁する。
世界はゆっくりと闇に包まれてゆく。
その狭間にしか、アポニー家の生きる道はない。
歴代で最多の宰相家と言っても安穏と暮らしながら手に入れた訳ではない。
宰相は思う。
優秀な王と無能な王は必要ない。
優秀な王は一人で考え、一人で決める。
宰相が頷くだけの木偶人形に成り下がる。
侵略王のとき、御先祖様は木偶人形になれなかった。
宰相は占星術師の家系であったコハーリ家に奪われ、王家への忠誠を示す為に、多くの一族の血を南方で流すしかなかった。
侵略王が亡くなると王子が王位に付いた。
しかし、新王は不慮の事故で夭折される。
すると、侵略王の兄弟で家督争いが起こり、継承権3位が1位と2位を殺し、4位の従兄弟が次は自分と心を患って3位を暗殺し、そのまま精神を病んで閉じ籠った。
5位は病弱で王位を継げる資格がなく、6位の先代が王となる。
無能な王は度し難い。
温厚であったと言われた先代様は、王になると豹変した。
王位継承権を持つ王族を恐れた。
王族に不慮の死が襲い掛かる。
自らの手足を切ってどうするつもりだ。
一番酷かったのはコハーリ家であった。
アポニー家を押しのけて宰相まで上ったコハーリ家の当主が病死すると、一族が分裂して、挙句の果てに反逆罪で領地の多くを失った。海岸部を持っていなかったラーコーツィ家はその多くを引き継いで勢力を伸ばすことになる。
チャバの父がどれほど無駄な血を流したのか?
チャバは知らないが想像できる。
番犬を預かるとは、そういうことなのだ。
優秀な王と無能な王は必要ない。
その点、当代の王は悪くない。
先代の長男、次男は30年前の隣国との戦争で亡くなった。
どちらを皇太子になるかで争っていたのだ。
先代も王になったばかりで力もなく、派閥が二人の王子を持ち上げて争った。
その結果の戦死であった。
年が離れていた生まれた3男は、先代様が年老いてから授かったお子様だった。
先代様が王になってからラーコーツィ家から側室として令嬢が嫁いできて、お産みになったお子であった。
当代様は王位を継ぐなど思っておらず、花の手入れが好きなお方だった。
皇太子になれられると、チャバは側人として仕えるようになった。
学園も一緒に通った。
王は政治に興味がなく、ラーコーツィ家とセーチェー家の争いに関与したくないと考えている。
臣下として、チャバを頼ってくれている。
政治に介入しないので助かっている。
ただ、現王妃のラーコーツィ家嫌いは困ったものだ。
生母様がラーコーツィ家の者であり、側室のラーコーツィ家の者を可愛がった。
先代がお亡くなりなっても後宮に住み続け、奥を取り仕切っていた。
生母様は王妃がご病弱と烙印を押され、生母様の気分で王妃は定期的に体調をくずされる。
体調を崩された王妃に変わって、社交会に側室を連れてゆかれる。
王妃のご勘気はどれほどであったか!
側室が王妃気取りで王の側にいたことが許せなかったが、生母様に逆らえない。
辛い日々を過ごされた。
妃(側室)は早くお亡くなりになり、子供も産まれなかったことが幸いした。
生母様は側室が亡くなると落胆して後宮に隠れて余生を送られるようになった。
生母様の望みは次の王妃にラーコーツィ家のカロリナ嬢を迎えること。
王妃の望みはラーコーツィ家以外から王妃を迎えること。
王は争いを好まれない。
実に厄介な問題を抱えている。
チャバは父の苦労を思い知っている。
◇◇◇
コンコンコン、扉を叩く音が聞こえた。
「入れ!」
ぎ~っと静かに扉が開かれて、息子のノアが入ってきた。
いつものように無表情のポーカーフェイスを装って、その美しいリ~ンとした立ち振る舞いで後に立って一礼をする。
「父上、ラーコーツィ家とセーチェー家の仲介に成功したと報告が入りました」
「そうか、よくやってくれた」
「いいえ、父上の命に沿ったのみです」
「うぬ、それでよい。おまえは学ばなければいけない。アポニー家の人脈と番犬の使い方のすべてだ」
「はい、仰せのままに!」
「何故かと聞かぬか?」
「聞けば、お教えになられるのですか」
「すべてはヴォワザン家の令嬢と争えるようにする為だ」
「エリザベート嬢ですか? 商才があると伺っておりますが、それほどの要注意なのでしょうか?」
「クリフ王子の秘密を知っておった」
「クリフ王子?」
ノアは首を捻る。
オリバー王子の暴虐無人の話は聞くが、クリフ王子は気が弱く、見栄を張りたがる以外は聞いたことはない。
「まだ、おねしょをするのだ」
「はぁ?」
「オリバー王子は我儘が過ぎるので周りの目が厳しくなるように警戒をワザと緩めておる。しかし、クリフ王子は気が弱すぎる。周りの噂だけで潰れてしまう」
「おねしょの件がオリバー王子に知れれば、立ち直れないということですね」
「そういうことだ。ゆえに誰にも知られないように秘密の保持をしておったが、あの小娘は知っておった。怖い、怖い、あの小娘は怖いのぉ」
「ヴォワザン伯爵ではなく?」
「違うな。伯爵ではない。ここ数年の動向を観察するに、すべての情報は小娘に集まり、小娘から出てゆく。小娘か、小娘の後ろにいる者かは知らんが、おまえはあの小娘と対峙することになる。遅れを取らせる訳にいかん」
そういうチャバの声に、ノアは小さく溜息を付いた。
アポニー家の将来も宰相への渇望もない。
どうでもいい。
ノアが渇望するのは、妹であるドーリの幸せのみであった。
◇◇◇
私がお茶を飲んでいると、家令のヴァルテルが横に立って一礼した。
「ラーコーツィ家とセーチェー家の和議がなったそうです」
「はぁ、聞いていないわよ」
「申し訳ございません。完全に出し抜かれました」
「あなたにしてはめずらしいわね」
「面目次第もございません」
どこの誰か?
なんて聞く必要はない。
出し抜ける家と言えば、10家程度しかない。
王にそんな器量はない。
当事者のラーコーツィ家とセーチェー家も除外だ。
中央領のセンテ侯爵、東領のエスト侯爵は可能だが、メリットがなく、指揮できる人材もいない。
その他の王族が勝手に動く訳もない。
つまり、アポニー家のみだ。
「宰相の目的は何かしら?」
「ラーコーツィ家とセーチェー家が争い続けて分裂するのを防ぎ、漁夫の利でヴォワザン家の一人勝ちを防ぎたいのではないのでしょうか?」
「私がセーチェー家の養女になってもメリットはないのだけれど?」
「それを伝えますか?」
「まさか!」
セーチェー家の養女になることは、手の内を晒すことになる。
まだ、知られるのは拙い。
経済力のみ、突出して良くなっていると勘違いして貰っていないと困るのだ。
「でも、金山の不正をどう誤魔化すのかしら?」
「おそらく、人夫の数を半分に減らし、産出量を調整すると思われます」
「なるほど、それはいい手ね!」
採掘までは今まで通りで、搬送と販売をセーチェー家に譲渡することになったらしい。
不正に得ていたラーコーツィ家の儲けは減るが手間も減る。
それ以上に私の養女の話を潰しておきたかった。
北方交易における香辛料の取引は王家・ラーコーツィ家・セーチェー家の三者で調整する密約が交わされた。
セーチェー家の独占を防げて、ラーコーツィ家として満足のようだ。
実際の取引をするのは商人らなので、こちらに含む所がない。
「でも、随分と警戒されているのね?」
「アポニー家とは良好な関係を結んでおりましたから意外でありました」
表向き、ヴォワザン家はアポニー家に協力して、ラーコーツィ家とセーチェー家の和解を進めていた。
これまでアポニー家に協調する姿勢を取ってきたのに、あからさまに外してきたということはそれだけ警戒しているということだ。
どうして、警戒心が増したのかしら?
なんとして、ドーリを攻略しておきたのだけども舞踏会でも捕まえきれないのよ。
学園に入学するまで攻略は無理かな?




