2.エリザベートって、不器用よね!
父上がアンドラを連れてきた。
義理弟アンドラだ。
ゲームのアンドラは妖艶な美しい笑みを浮かべていた。
でも、ここにいるアンドラは………何ぃ、この可愛い生き物は?
可愛すぎるよ。
あぁ、抱きしめたい。
ナデナデしたい。
このくせ毛をもふもふしたい。
おぉっと、いけない!
ハイテンションになってしまった。
冷静に、冷静に!
ゲームのエリザベートもこんな気分になっていたのかしら?
アンドラの回想では、
エリザベートはアンドラを見るとすぐに姿を消したと言っていた。
けど、抱きしめたい衝動に駆られて逃げしたに違いない。
絶対にそうよ!
この可愛らしい生き物が爽やかな笑顔で少女たちを籠絡するスケコマシに育っちゃうのね!
でも、私の義理弟よ。
わたしの物よ。
ヤッホー、心の中はハイスピードだ!
いけない、いけない、表情には絶対に出してはいけない。
スカートの裾を少しまくり、華麗でお淑やかな淑女を演じる。
口元でホンの少しだけ緩めて笑顔を作らない。
にぱぁ!
ひまわりのような馬鹿笑顔を見せているのはメルルだ。
だらしなく口元から涎が垂れている。
この能天気さが羨ましい。
今日は付いてくることを禁じたら、ちゃっかり出迎えの列に並んでいる。
優秀なのか、無能なのか?
判らない子ね。
あとでおしおきだわ!
でも、あの子を見ていたら落ち着いてきた。
大丈夫。
私とアンドラの未来を勝ち取るよ。
「はじめまして、エリザベートと申します。貴方の姉よ。よろしく!」
アンドラは少し怯えて父上に後に身を隠しながら、かすれる声で名乗った。
「アンドラ」
弱々しい瞳は守って上げたいという母性本能がくすぐられる。
ゲームのアンドラは微笑み掛けるだけで少女達を虜にする魔眼の持ち主だ。
甘い香りがするようなルックスと均整の取れたスタイル、笑顔は凶器と言っていいだろう。
アンドラに微笑まれて落ちない女の子はいない。
その笑顔だけで王子達と人気を二分した。
その美しさに可愛らしさが加わっている。
核爆弾並の威力だ。
もう、出迎えた侍女達を虜にしている。
目がハートマークになっていない?
回想に語られていなかったが、絶対に侍女たちが甘やかせていたよ!
侍女たちはチャームの魔法に掛かっている。
天然の『ジゴロ』は怖いよ。
侍女達を見ていると冷静になってきた。
やっぱり違う。
アンドラの笑みはメルルのような温かさを運んで来ない。
哀愁が漂う。
華やかな花が入り混じった王子達の笑顔とも違う。
宰相の息子のきりっとした薔薇のような精練な造形美の笑みでもない。
どこか悲しげだ。
やはり、生まれにあるのだろうか?
アンドラはヴォワザン家の分家の庶子だ。
分家と言っても、分家の分家でほとんど赤の他人と言ってもいい。
一族というだけの下級貴族の家だった。
母は飯炊き女であり、貴族ですらない。
浮気を知った正妻はアンドラの母を追い出した。
村の代官屋敷にアンドラの味方はいない。
でも、この可愛らしさだ。
村人たちは可愛がってくれたのだろう。
違う、おそらく逆だ!?
誰かに媚びを売らないと生きていけなかった。
その環境が天然の『ジゴロ』を育てた。
『アンドラ様』
『アンドラ様』
『アンドラ様』
村のアイドルになったアンドラ!
それが正妻の子のやっかみに思い、村人と遊ぶことを禁じられたアンドラは本の虫になる。
アンドラのお気に入りは馬小屋の2階だ。
書斎から取ってきた本を読んで時間を過ごした。
アンドラの至福の時だった。
そのうち、窓から見える小鳥が友達になり、木の枝に巣を作って卵を産んだ。
可愛い雛にアンドラは魅せらられた。
窓から顔を出していたのを正妻の子に見つかり、雛が巣ごと落とされて、アンドラの目の前で踏み潰された。
『止めろ!』
怒りが爆発し、気が付くと正妻の子がぼろぼろになっていた。
魔力が発現した。
正妻の子は司教が回復魔法を施さなければ死んでいたかもしれない。
『化け物』
その日からアンドラは庶子の子ではなく、寝床は馬小屋、水汲み、薪割、汚物の掬いなど奴隷のようにこき使われる。
村人の誰もアンドラに声を掛けようとしない。
あれだけ可愛がってきれた村人達が無視した。
化け物を見るような目。
みんな、アンドラを無視した。
その経験が人間不信のトラウマになる。
どんな美しい少女達が声を掛けても、心の中のどこかが醒めている。
心から愛せない子になった。
だが、奴隷の日々は長く続かない。
我が父上が魔法の才能を買って、アンドラを迎えにいった。
エリザベートもアンドラを教育しようとがんばった。
でも、アンドラが再び魔力暴発をした日からアンドラとエリザベートはすれ違いを繰り返す。
エリザベートも自分を化け物だと忌嫌ったと言う。
アンドラは何度もエリザベートに謝った。
エリザベートはそんなアンドラを無視したと回想で語っている。
それって!
アンドラが謝ることをエリザベートは怒っていたのではないかしら?
貴族は無用に謝ることがタブーとされる。
私も母上に怒られた。
「エリザベート!」
「ごめんさない、母上」
「何を謝っているのですか? エリザベートはどのような過ちをしたのですか!」
「母上が怒られているから!」
「貴族たる者、無闇に意味もなく謝るのでありません。自らに非がないと思うならば、毅然としておきなさい」
「はい」
「では、何故、怒っているか教えてあげましょう」
謝って、二度怒られた。
魔法暴走はタダの事故だ。
大丈夫でしたか、ご心配かけましたか、その程度の言葉でよかった。
それが平謝りだ。
それは次期当主がしてはならなかったことだった。
エリザベートは不機嫌になった。
貴族らしからぬアンドラに腹を立てたに違いない。
エリザベートも母上のように忠告して上げれば、冷たい関係を回避できたかもしれない。
そう考えると、エリザベートって不器用よね!