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32.ヴォワザン伯爵、大侯爵に逆らう!

暴動が起こった!

間に合った。

大司教に面会の先触れを出した翌日の早朝であった。

破滅より(いばら)の道を歩く覚悟を決めた父上がその場で座り込んだ。

うな垂れるように助かったと顔を隠して安堵の息を吐いた。


「父上、まだ終わっておりません」

「そうであったな!」

「わたくしはこのまま大司教の元に向かいます。父上は最初の予定通りに謁見を求め、無理でしたら、宰相にお話を通して、こちらの要件をお伝え下さい。たとえ王が覆そうとも大司教に話した時点で王国中に広まります。すべてを覆すことは不可能です」

「二大侯爵に喧嘩を売れとは怖いことを言うな!」

「言ったもの勝ちですわ」

「わかった。がんばってみる」

「よろしくお願いします」


一昼夜を走り通してくれたお陰でなんとか間に合った。

中央領で暴動が発生したことが王宮に知れるのは時間の問題だ。

もうすでに知れているかもしれない。


半分諦めていたが、どこでも馬鹿はいたらしい。

その徴収員は例年通りに5月末で納税を終わらせようとした。

渋る農民を急かした。

徴収員は税を疎かにした者を「打ち首だ」と脅し、農民の訴えを無視した。

彼が担当した6村が決起して、近くの町を襲ったのだ。

我が家が借りた倉が襲われた。

我が家はこれで被害者となった。


勝った!


暴動の規模は小規模だ。

おそらく、6村のみですぐに沈静化すると思う。

だが、領軍が動いたという事実は残る。


他の徴収員は6月の貴族会議の報告を待ってから通達すると村人を説得しているので、賛同して連鎖暴動が起こる可能性は低い。

しかし、これでなんら対策が打たれなければ、各地で暴動が起こることが確実になった。

国王が、否、宰相が緊急の貴族会議を言い出す前に先手を打つ。


 ◇◇◇


私は大聖堂に向かい、父上は王宮に向かった。

父上は王宮に向かう前に各長官や事務長に早馬を飛ばし、王宮に出頭するように申し付けた。

父上の馬車が王宮に到着する頃には騒然としていた。

おそらく、中央領の暴動が伝わっていたのであろう。


「国王陛下に至急、お目通りを願う」

「これはヴォワザン伯爵、どういうことですか!」

「王国に関わる大事ゆえに謁見をお願い致します」

「ヴォワザン伯、御存知と思われるが謁見には3日前に届ける礼式がございまして、大臣であっても覆すことはできません」

「承知している。しかし、国の一大事である。無理を通させて頂く!」

「お待ち下さい! どうか、お待ち下さい」

「お主も知っておるのであろう」

「お答えできません」

「ふん、それが答えであろう」

「お待ち下さい」

「どうかしましたか?」

「これは宰相様、ヴォワザン伯が火急の用事で王との謁見を申し出ております」

「アポニー伯爵、不作法なことを承知でお願い致します」

「火急の用とは何でございましょう」

「中央領にて農民が暴動を起こしました。火急速やかな王の判断が必要と思われます」

「その件ならこちらで!」

「いいえ、我が家も関係する進言でございます」

「判りました。王に相談してきましょう。しばらく、王の間の回廊にてお待ち下さい」

「承知しました」


父上は宰相に会った後、王の間の回廊で昼前まで待たされた。

私の方は大司教とさくさくと面談を終えると、朝の内に使者が各地に馬を走らせていた。

倉の4割を解放し、教会に小麦を寄付するという話なので大司教も大喜びだ。


小麦を教会に寄付するのに王の許可はいらない。

倉の6割は王命で領主と商人に格安で払い下げられるという噂も一緒に走った。

これがひっくり返れば、我が家は大恥だ。

父上の力量が試される。


やはり謁見は許されなかった。

1つでも慣例を破れば、なし崩し的に儀礼が形式化してしまうという宰相の意見が採用されたからだ。

慣例の壁は厚い。


「謁見は無理と申されるか?」

「慣例通り、3日お待ち下さい」

「待てる訳がなかろう」

「しかし、しばらくお待ちください。王よりヴォワザン伯爵に聞きたいことがあると、呼び出しが掛かることでしょう」

「ふざけたことを! 王は誰と面会しておるのだ。宰相だけではあるまい」

「財務大臣と軍務大臣でございます」

「判った。もうしばらく待とう」


父上が憤慨した。

ラーコーツィ侯爵とセーチェー侯爵の到着を待たされることになったからだ。

そして、父上は王に呼び出された。

父上と一緒に四長官と八事務官も拝謁する。

王の横にはラーコーツィ侯爵とセーチェー侯爵が立っている。


「ジョルト・ファン・ヴォワザン伯爵、お呼びにより参上致しました」

「中央領にて暴動が起きた。何か意見はあるか?」

「此度の暴動は農作物の不作の為であります。5割に満たない収穫では税を払うこともできず、死を待つだけでございます。今のままでは暴動を起こす以外に手がございません。よって、税収を半分免除することを進言致します」

「ヴォワザン、お主の言いたいことは判る。しかし、無駄に税は取っておる訳ではないぞ」

「承知しております。ゆえに、ヴォワザン家所有の小麦を王国騎士団に上納させて頂きます。一年分に相当する小麦があります」

「なんと、それは誠か!」

「王都倉街に置かれております。お納め下さい」


声を上げたのは、軍務大臣を兼ねるセーチェー侯爵であった。

騎士団を抱える軍務省としては、早急の兵糧の確保が課題であった。

それは一瞬で解決した。


「それは助かる。ヴォワザン伯爵の忠義に感謝するぞ」

「貴族の勤めでございます」

「王よ。すべての杞憂がなくなりましたぞ」

「サロー、判るように説明せよ」

「暴動が起きたとなれば、騎士団の出動もあります。その兵糧が心許無いのでは出動もできません。さらに、隣国がこれに乗じて攻めてくる可能性もあった。いずれにしろ、兵糧の心配がなくなったのです。これあは大きいですぞ」

「宰相、税を半分にしてもやってゆけるのか?」

「きびしゅうございますが、1年に限れば何とかなるとなるでしょう」

「ヴォワザン、それで暴動は治まるのか?」

「いいえ、それだけでは治まりません。ゆえに、各町に備蓄しておりますヴォワザン家の小麦も放出することをお許し下さい」

「うむ、許す」

「では、4割を教会から民に施し、6割を今の相場の5分の1で領主と商人に卸させて頂きます」

「ヴォワザン伯よ。5分の1と言えば聞こえが良いが、相場の二倍とは暴利ではないか!」


話に割り込んできたのは、大蔵大臣を兼ねるラーコーツィ侯爵であった。

相場の二倍という言葉に王が眉を揺らした。

しかし、それは意味が違った。

ラーコーツィ侯爵も商人を使って、早々と小麦を買い占めた。

南方交易会に所属する商人の売り手はラーコーツィ侯爵家の商人が多い。

5分の1で売られては大損をしてしまう。

もちろん、それを口に出せない。


「ラーコーツィ侯爵、ヴォワザン家が買った小麦は輸入品が多く、割高で仕入れております。しかも1年間の倉庫代が掛かっておれば、二倍でも足が出るくらいでございます」

「詭弁であろう」

「では、領主殿はお買い上げにならなければよろしい。商人も買わないというのであれば、すべてを教会に寄付しましょう。それでよろしいでしょう? 王の勅命で小麦を放出したのがヴォワザン家のみであっては民に笑われてしまいますぞ。民が苦しんでいるのに一銅貨も支払わなかったとなれば、領主様の面子が潰れはしませんか!」

「ジョルト殿の言われる通りだ。我がセーチェー家の一族は、その値段で買わせて頂いて、民に配ることにいたしましょう」

「サロー、あっぱれじゃ!」

「セーチェー家はそう致しますが、ラーコーツィ侯爵はどうされますか?」

「…………」

「では、ラーコーツィ侯爵様はお買い上げになりませんので?」

「ジョルト殿、ラースロー様(ラーコーツィ侯爵)を追い詰めるのは止しなさい。侯爵家が伯爵家に借りを作るなど恥と思うのが普通なのです。レオ様はそう思わないようですが」

「ははは、儂の妻と娘が借りぱなしじゃ。多少増えた所で大差ない」


父上はあの大侯爵に逆らっている。

父上は内心で平謝りだ。

冷や汗で全身が濡れてゆくような気分になっていた。

言い返してきたことにラーコーツィ侯爵も驚いていた。

セーチェー侯爵がその毒気を抜いてくれた。

宰相のアポニー伯爵が妥協案を示した。


「よろしいでしょうか」

「なんだ!」

「王の勅命により、すべての小麦を国王が買い、それを領主に買わせるのがよろしいかと」

「何ゆえに?」

「税を半分にしても民は暮らして行けません。不足分を領主にお出しになるようにお命じ下さい。然すれば、国民は王に感謝するでしょう。さらに、この困窮する国難において、小麦を2倍の高値で売ったという暴挙でヴォワザン伯爵を憎むことでしょう」

「それで良いか!」

「悪役、結構。他の領主を慕う領民など在ってはなりません。領民に慕われての領主であります」

「その忠義やよし。すべての小麦は王国が買い上げ、領主、領民に払い下げる。宰相、そのように図れ!」

「畏まりました」


宰相のアポニー伯爵が笑い、ラーコーツィ侯爵は悔しそうに父上を睨み付けた。

これで小麦の相場が暴落して、ラーコーツィ侯爵が買い込んだ小麦は赤字で放出することになる。

だが、「そんな安値で売って貰ってはラーコーツィ家が大損をする」とは王の前で言えない。


「ヴォワザン伯爵よ。各地はそれで治まろう。しかし、王都はどう治める」

「宰相様のご懸念ももっともでございます。ホメリ中継所と自領にわずかな備蓄がございますので、王都でしばらくの間は炊き出しを行いたいと思います。地方より小麦は入ってくれば、価格は下がり、人心も落ち着くと思われます。それでどうでしょうか?」

「王よ。ヴォワザン伯爵の意見に賛同致します。どうか王の勅命によってご指示下さい」

「宰相がそれで良いと言うならば、それで良い」

「では、ヴォワザン伯爵よ。王の勅命は下った」

「畏まりました」


こうして、ほぼ思惑の通りの結果を得た。


えっ、何が思惑通りかって?


ヴォワザン家はこの小麦で儲けようと南方交易所から多額の借金をした。

しかし、売るタイミングを誤って失敗した。

結局、借金だけ残り、破綻寸前の借金地獄に入った。


そう信じてくれると嬉しいな!


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