29.策士、策に溺れるってわたくしのことね。
おのおの方、討ち入りでござるって感じでヴォワザン家と関係の深い小さな商会が襲われた。
「小麦を買い占めた悪徳ヴォワザン家を懲らしめろ!」
「小麦を出せ!」
「聖女など大嘘付きだ!」
「俺らを苦しめる魔女を倒せ!」
「業突く張りの商人に鉄槌を!」
「悪徳を許すな!」
「貴族の手下は死ね!」
連日連夜、ヴォワザン家と関係の深い商人の屋敷の周りに民衆が溢れた。
王都ではすでの小麦の相場が10倍に上がって、庶民では手が出せない価格になっていた。
しかし、小麦がない訳ではない。
倉街の倉庫には山積みの小麦が置かれていた。
庶民は指を咥えて見ているしかない。
すべて我が家の物だからだ!
今日も高額の警備クエストを発注して、倉を警備させている。
倉を襲えない民主は商会を取り囲んで訴えた。
そんな中で討ち入りが起こった。
「薬が効き過ぎましたか?」
「はい、シャイロックを含めて5党の悪党がすべて民衆を唆して商家を襲わせています」
「5党すべて?」
「お嬢様だけでなく、他の貴族も唆したようです」
「ちぃ、タイミングを誤りました。二度と起こらないように商家にも警護のクエストを出しておきなさい。費用はこちらが持ちます」
「畏まりました」
「エリザベート、もうよいであろう」
「まだですわ、父上。まだ、地方で火が上がっていません」
5月初めから小麦の収穫期ははじまっているが小麦が安くならない。
この日照りで収穫が5割を切っている畑が続出している。
大不作だ。
私は情報屋を使って、4月初旬から不作になる噂を流した。
勘のいい商人が小麦を買い漁って、ゆっくりと相場が上がりはじめる。
南方交易会の商会は手持ちの小麦をすべて売って大儲けした。
5月中旬、相場は一気に高騰をはじめた。
見知らぬ商人がヴォワザン家を訪れて、去年の秋に買い占めていた小麦を売却して欲しいと殺到した。
「エリザベート様、何とぞ!」
「少しくらいならいいわよ」
「ありがとうございます」
「今の相場の5割増しでいいかしら?」
「流石にそれは無理でございます」
「なら、お帰り下さい。他に欲しいという方はいくらでもいます」
相場10倍の値を付けている。
15倍なら売るよ。
余りにも無茶苦茶な額であった。
「聖女と謳われる名が泣きますぞ」
「わたくしは自分で聖女と名乗ったことはございません。誰かとお間違いでしょう」
「よ~く、お考え下さい」
「一銅貨もまけるつもりはありませんわ」
「12倍ですぞ! これ以上の額を付ける商人はおりません。欲をかき過ぎれば身を滅ぼしますぞ」
「ご忠告ありがとうございます。メルル、お帰りよ」
すべて断ったので悪い噂が流れた。
ヴォワザン家は金を絞って儲けるつもりだ。
聖女なんて嘘だ。
ヴォワザン家は金の亡者だ。
「姉様は悪い噂を流すのが好きですね!」
「アンドラ、人は信じたいことが言ってくれる人の言葉を信じるのよ」
「姉様の口ぐせですね」
「そうよ」
「今度は誰がヴォワザン家を悪党だと信じたいのですか?」
「小麦の相場を上げているのは我が家だと信じたいのよ」
「今年に入ってから、一粒も買っておりません」
「正しいことが伝わるのではなく、信じたいことが伝わるのよ」
「小麦を放出すれば?」
「無理ね! 各領主の息が掛かった商人が買い占めるでしょう。それどころか、高値で売って領主と一緒に悪金貨を儲けたと罵られるでしょう。場合によっては国王に訴状が上がるでしょう」
「領主に頼んで放出することはできませんか?」
「嫌よ。侯爵家が頭を下げてきたなら受け入れるけれど、こちらから頭を下げる理由などないでしょう」
「姉様のことですから、裏工作はやっていますよね」
「財務官に金を握らせているわよ」
「駄目ですか?」
私は優雅にお茶を飲んだ。
誤算がいくつか発生した。
東領のエスト侯爵を見て確信したが、侯爵達は呆れるくらい暢気過ぎる。
不作は決定的になっているのに、いっさい話題に上がってこなかった。
悪評まで流して、注目して貰おうとしているのに侯爵家は気が付いてくれない。
財務官から上がってくる報告も気に掛けていないのだろう。
これでは次の手が打てない。
「侯爵が頼んでくれば、王に進言して頂いて倉を解放するという手が使えたわね。でも、侯爵家は不作には興味がないのかしら?」
「いつ暴動が起こるですか?」
「さぁ、いつかしら? このまま放置すれば、来月中には必ず起こるわ」
「来月では父上様が死んでしまいます」
「判っています。それとなく噂を流して時期を早めたハズなのよ」
私は早い時期から噂を流し続けている。
領主達は対策を打つ気がない。
俺達が税を払う為に娘を売るしかない。
そして、すべてを取られて飢えて死ぬしか道はない。
聖女様は倉に小麦を貯め込んいるのに助けようしない。
高値で小麦を売るつもりだ。
所詮、聖女も金に汚い貴族様さ!
立ち上がれ!
俺達の小麦を取り戻せ!
「それですか! ですが、冒険者や商人らが姉様を庇ってくれていると聞きましが?」
「そうなのよ」
「僕は姉様が好かれていることを知って嬉しく思いました」
「ありがたいけれど、今回は邪魔ね」
このままでは暴動が起こらない。
聖女伝説がこんな所で足を引っ張るなんて思わなかった。
完全に見誤った。
領主が動かず、領民も動かない。
策士、策に溺れるって、このことかしら?
「騒動が大きくならなければ、6月の貴族会議の決定を待つことになります」
「いけませんか?」
「王都の暴徒に炊き付けたのは誰でしょうね」
「大貴族でしょうか?」
「最高でしょう!」
「最悪だ」
父上が頭を抱えた。
ラーコーツィ家も王都の騒動を望んでいる。
つまり、6月の貴族会議で仕掛けてくるつもりだ。
「貴族会議で王都を騒がした罪とか言って、小麦を巻き上げる算段をしているのじゃないかしら?」
「まさか、そこまでせぬであろう」
「いいえ、旦那様。その可能性が一番高いと思われます。ラーコーツィ家では我が家が借りている倉の数を確認しております」
「エリザベート、やはり王宮に行くべきであろう」
「父上、此度の騒動を宰相にお知らせしてからの方がよろしいと思います」
「まだ、早いというか?」
「早うございます」
王が不作を気に掛けていれば、王都の騒動を聞いて父上を呼び出すハズだ。
でも、今の所、呼び出しがない。
つまり、国王はこの不作や騒動に興味がない。
我が国の王族は馬鹿しかいないのか?
「店は討ち入られ、主人は死んだ。品物を強奪され、最後に店に火を付け炎上させた。王都の民の動揺は激しいぞ!」
「判っております。しかし、所詮は庶民です。庶民一人に心を悩ませる王でありません」
「それは判っておる。しかし、王都の民の動揺している。今、手を打たなければ、大変なことになる。それは判るな!」
「いいえ、父上が訴状に出れば、ご不興を買うことになるやもしれません」
「私が誠心誠意の説明をすれば!」
「どうか、お止めになって下さい。まずは宰相に手紙を」
「判った。手紙を出そう」
父上はどこかで王を信じている。
でも、あの王を信じては駄目だ。
あの王は王族の行く末しか興味がない。
不作や暴動で慌てているのは長官辺りくらいまでじゃないだろうか?
何故、王に伝えない?
誰もが貧乏くじを引きたくないからだ。
その忠臣ですら、王が自分で気づくまで放置している。
宰相ですらギリギリまで伝えない。
貴族会議まで、あと20日を切った。
(1ヶ月は42日間で半分を切ったと言う意味です)
しくじったか!




