27.発明王トーマはもういない。
クレタ港のあるクレタ子爵邸から馬車で南に2時間ほど下るとクレタ湾の出口に近づく。
岬付近に馬車を止めて灯台に歩いてゆくと、ズドン、ズドンという音が聞こえてきた。
湾出口にある岩礁を狙って、大砲の発射訓練をしていた。
イレーザに渡した新造艦は今までの交易船とまったく異なる。
1本マストだった船を2本マストに改造したので、大きさも倍近くになっている。
名前は『トップスルスクーナー』だったけ?
よく覚えていない。
帆船パレードで見た『海王丸』と『日本丸』のイラストを元に船大工が設計し直した。
最終的にはマスト3本の『シップ』を目指す。
灯台の下に一人の少年が立っている。
潮風で芥子色のボブカットの髪がたなびいている。
2本マストの『トップスルスクーナー』を見ながら、宝石のような花緑青(エメラルドグリーン)の瞳をキラキラと輝かせていた。
「トーマ、どうですか! 自分が設計に参加した船が動く様は?」
「最高です」
「でも、当たらないのね!」
「仕方ありません。大砲など始めてでしょう。また、船の扱いも別物です。試験的に湾の中を行き来させた位では感触が掴めないと思います」
「10日後に間に合うのかしら?」
「無理ですね! 出航してからも訓練して頂くしかありません。弾は多めに積ませておきます」
新造艦には大砲を16砲装備している。
修理の終わった4番艦にも4砲を設置しておいた。
傭兵も前回と同じ数を乗船して貰う。
これで問題はないだろう。
「お零れを狙った走船はどうするのかしら?」
「3隻のみ同行するようです」
「あら、あら、こちらもがんばっているのね!」
「彼らなりに必死なのです」
被害が酷いのは走船だ。
香辛料の割り当てが足りない商人は積載量が少ない走船で同行する。
それだけ香辛料が欲しい!
ちょっと違うか!
それだけ貴族様の要望がキツイのだ。
こちらも割り当てを変える訳にいかないので走船の随行を認めている。
かなり割高でも船を出すしかない。
多いときは20隻まで増えたが、4番艦が完成すると数が減ってきた。
ところが、海賊で出てきて一転した。
海賊に拿捕されたのは主にこちらだからだ。
「ゆっくり見ていたいのだけれども、ゆっくりすると男爵様に挨拶が明日になってしまうのよ。トーマは後で合流しなさい」
「いいえ、一緒に行かせて頂きます」
「そう、では行きましょう」
「アンドラ様はどうされたのですか?」
「王都の貧民キャンプが揉めてきたので先に行かせました」
「なるほど!」
私の同行者はトーマである。
3年前に我が家に来たトーマは魔法銃の改良をはじめ、数々の魔法具を生み出している。
私が使いたい便利グッズも作ってくれた。
その1つが船の設計だ。
他にも馬車の改良も手伝ってくれている。
お尻の痛みから解放してくれるサスペンション付きの新型の馬車よ。
私が考え、トーマが作る。
今では、天才技術師トーマと呼ばれている。
あの発明王トーマは存在しない。
「エリザベート様はご希望のカセットコンロを持参しました」
「やっと完成したのね!」
「熱量の調整に手間取りました」
「これでやっとどこでもお茶が飲めるわ。やはりお茶は入れたてでないとおいしくないのよ」
「ゴムタイヤの完成はもう少しお待ち下さい」
「いいえ、十分です。馬車の揺れも楽になりました。この馬車はいつ頃から売り出そうかしら?」
私は思い付く限りの物をイラストに描いて技術者に渡す。
それを見て、「あ~でもない。こうでもない」と無駄に時間が潰れた。
「エリザベート様、これはどういった機能なのでしょう」
「何度も説明したでしょう」
「お嬢様、もう少し具体的に教えて下さい」
「だから!」
質問責めにあって、私が希望する便利グッズは中々完成しない。
私に理論とか、原理なんて判る訳がないじゃない。
私のSAN値をかなり削られた。
ところが、トーマが来ると一転した。
鍛冶師や木工師、細工師などがトーマに周り集まるようになった。
私がイラストと目的を書くだけで残りはトーマが考えて、理論付けして説明してくれる。
帆船の設計なんてトーマがいないと絶対に無理だったね!
職人達もトーマなしでは考えられない。
今ではあらゆる職人達を使う総支配人・技術者トーマとなった。
魔法具だけを作る魔法技師ではない。
「エリザベート様が考えた物はすべて作り出してみせます」
「ええ、お願いするわ」
「お任せ下さい。私はエリザベート様にお会いする為に生まれてきた者です。必ずやお役に立ってみせます」
もう、十分に役にたっています。
中二病なお年頃、思い込みが激しい。
トーマの方が1つ年上の12歳。
ごめんね!
可愛いとは思うけど、子供から熱っぽいまなざしを送られてもときめかないよ。
トーマは天才と褒め称えられ、神童と呼ばれて育った。
ところが魔力才能がないことが判ると皆の期待が消え、誰もトーマに注目しなくなった。
トーマは絶望して自暴自棄になっていた。
そこに送られてきた魔法銃との出会いは衝撃的であったらしい。
私も魔力才能はない。
でも、腐らなかった。
魔法銃を考案し、それを覆してみせた。
さらに魔法具(清浄の杖)で補った。
自分は絶望したのに、私は絶望しなかった。
すべてを覆した私はトーマの憧れだ。
私を見る目の中に星がいっぱい詰まっている。
もう少し背が伸びて大人びてきたらどうなるのかしら?
すらっと長身長の美青年アンドラと少し小柄で美少年トーマを連れて、学園の並木道を私が颯爽と歩くのよ。
きっと絵になるわ!
王子とマリアのペアーに負けないわよ。
私を乗せた馬車は各領主と町を回って王都を目指して走っていた。




