25.愛されて困っています。
大ムカデを一撃で仕留めたのは狼のような分厚い毛皮を纏った魔物であった。
牙はサーベルタイガーのように長く、素早さは虎のようであり、身軽さは猫に似ている。
「ループカッスティガー(狼猫虎)ですな」
気配を消していたヴァルテルが姿を現わした。
「それって、A級の魔物じゃないですか?」
「アンドラ、落ち着きなさい。魔の森です。不思議ではありません」
「丁度いいです。あれから逃げ切ったなら囮役は卒業としましょう」
無茶を言う。
ヴァルテルは小石を拾って、ループカッスティガーに投げ付ける。
鋭く小石が当たって砕け、ループカッスティガーが吹き飛ばされた。
にゃんと一回転して見事に着地して私を睨んだ。
ヴァルテルは姿を消している。
ぐぎゃぁ、一声を上げると走ってきた。
ループカッスティガーって長い、ただのスティガーでいいよね。
もう目の前よ。
加速装置か!
私も飛んで避けようとするけど、スピードが違い過ぎる。
避け切れない!?
伸ばしてきた爪が私に届く。
『ウインド・カッター』
アンドラが私に向けて魔法を放った。
さっきまで私がいた場所だ。
スティガーが体を捻って魔法を避けると伸ばした爪が遠のいた。
スティガーは体をくるりと捻って見事な着地だ。
私は体勢も考えずに飛んだので、尻持ちから一回転半して地面に這いつくばっている。
泥だけでとても伯爵令嬢の姿じゃない。
アンドラの撃った魔法は無駄ではなく、奴の左前足を傷つけた。
緑の血がわずかに垂れる。
そう、緑の血が魔物の証しだ。
魔物は魔石を持ち、緑の血が流れる。
獣は魔石を持たず、赤い血が流れる。
中には目が赤いのが魔物の証しとか馬鹿な奴もいる。
目が赤くない魔物の方が多いぞ!
あれは魔力が発光すると赤く光る。
魔石で生きている魔物は魔力の塊だ。
魔力を持たない魔物はいない。
身近な例で言えば、魔力を剣に這わした魔刃も赤く発光する。
魔物は興奮すると魔力が漏れだす。
目の水晶はそれを顕著に写しているだけであり、別に目が赤い訳じゃない。
私は目が赤いけど魔石を持たない。
赤い血も流れている。
魔物じゃないぞ!
赤い目が魔力の象徴なら、もっと魔力才能に溢れる体にしておいてよ。
「姉様!」
「大丈夫、ちょっと壺中にトリップしただけ!」
「この忙しい時に考え事は止めて下さい」
アンドラは夢中の風の刃で牽制している。
スティガーはそれを軽々と避けていた。
そうだ、避けているのだ。
『ウインド・カッター』(風の刃)
アンドラはそう叫んだ瞬間、スティガーはまったく違う場所に飛んでから急加速して、斜めに飛んでから着地して、アンドラの方へ再び急加速を掛ける。
わぁぁぁぁ、アンドラは慌てて手をスティガーに向けた。
全力の魔法を放った後はクールタイムがあるので、アンドラは魔法を放つことができない。
でも、用心深いスティガーは手の先から体を逸らした。
『アース・ルート』(土の泥)
うん、飛んで避けると思った。
飛んだ方向に魔法を放つ、着地場所が泥に代わり、踏ん張りの利かないスティガーがスリップ(転倒)した。
「アンドラ、落ち着きなさい。ただの速いだけの虎です」
「姉様!?」
「魔法が通ります。無駄撃ちを止めなさい」
速いだけの虎だ。
進む方に『アース・ウォール』(土の壁)を作り出し、進む方向を限定して『ウインド・カッター』で牽制し、飛んだ所に着地点に『アース・ピック』(土の棘)を出して止めを刺す。
狩りの嵌め手だ。
狼や鹿と違うのは、ちょっと体が丈夫なだけだ。
「もう一回行きます」
「はい、姉様」
アンドラが『ウインド・カッター』で牽制し、進む方に『アース・ウォール』を作成、牽制、作成、牽制、時々スリップ、そして、牽制、作成、止めを繰り返す。
4回目で力尽きてくれた。
「お嬢様、凄いです」
「流石、俺達の姫様だ」
「お坊ちゃまも大したものだ」
「俺らの誇りだ」
「ループカッスティガーをたった二人で倒してしまうなんて!」
「俺達の姫様と坊ちゃまはスゲいぞ!」
倒せると思った瞬間、逃げるのを忘れていた。
待ち伏せで待っていた仲間達が感動していた。
スティガーは盾殺しで有名な最悪の魔物らしい。
誰か仲間の犠牲なしでは倒せないと呼ばれて、それゆえに危険度A級認定されていた。
レベル的には、レベル15当たりでレベル上げに向かない。
オーガー並で、ミノタウロスより弱いらしい。
「えっ、オーガー並?」
「姉様、今ならオーガーを一人でも倒せそうです」
「アンドラ、貴方だけじゃないわ。ここにいる人なら何ともできるわ。もちろん、私もね!」
今の私なら動きの遅いオーガーは敵じゃない。
実際、ループカッスティガーを倒してもレベルは上がらなかった。
速さと破壊力に特化した魔物は危険だ。
危険な魔物だから駆除対象らしい。
大ムカデは硬さに特化した魔物で私達とは相性が悪い。
縄張りから出ない魔物で危険度は低いが、仲間が溢れると外に出てゆくので定期的な駆除が必要らしい。
外殻を破れる武器を持てば、脅威ではない。
「お嬢様とアンドラ様の囮の練習はこれで終わりとする。移動するぞ!」
今度は私達が特殊な武器を持たされた。
6人のパーティごとで囮役を代わってやる。
敏捷性を鍛える訓練というのはよく判った。
私達だけの特訓ではなかった。
「お嬢様、どうして私だけ盾役を続けるのですか?」
「ヴァルテルに気に入られたからでしょう」
「お嬢様から何か言って下さい」
「メルル、言ったでしょう!」
「はい?」
「家令のヴァルテルに何を言っても通じません」
必死に6人が逃げて来る。
ただ、その逃げる距離が私達の10分の1というのが納得いかない。
愛されているわね、私達!




