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ネットリテラシーを超えていく

「つまり、この生意気そうなイケメンの絵が俺なの?」


「違うよ、郁人だよ。それはフォロワーの人が描いてくれたイメージ。自分の顔の偏差値ぐらい、鏡で確認したことあるでしょ?」


 お前、傷心中の兄貴に向って、なんて事を言いやがるんだ。

 時には事実が人を傷つけるって知らないのか。


 あれから俺は妹の部屋に移動して、机に上置かれたノートパソコンを操作する妹の後ろから、画面を覗きこみ郁人についての説明を受けている。

 話を要約すると、郁人とは茉莉がSNS上で仮想の男子高校生になりきり、写真やテキストを投稿しているアカウントらしい。

 中学三年の頃、高校受験のストレスを吐き出すために始めたのが切っ掛けだと言う。

 もっと真剣に勉強しろよ。

 最初の頃は、少女漫画やアニメのキャラクターになりきって、テキストを投稿していたが、どうも反応が芳しくない。

 どうすればフォロワーが喜ぶ投稿が出来るか、夜中もうなされる位、悩んだらしい。

 だから、勉強で悩めって。

 そんな時だ、不眠のぼやけた頭の中に、突然天啓が降りてきたのだと言う。


『身近に居る人物をモデルにした方が、面白いんじゃね?兄さん、高校生の着ぐるみを着たオカンだし、意外と受けんじゃね?』


 どう考えても、徹夜明けのテンションだよ。


 その日から、ちょっと生意気な不良高校生の、家事の記録を中心とした写真とテキスト投稿を始めたということだ。

 それが予想以上に爆発的な人気を博した。

 投稿している茉莉本人が軽く引くぐらい、フォロワーが増え、コメントが伸びたらしい。


 つまり宮水は俺の手を見て、郁人が俺だと気付いて告白してきたのだろう。

 前世がゾウリムシのカップルじゃない事が分かって良かったが、なんて迷惑な話だ、完全に俺は被害者じゃないか。


「ちゃんと設定も凝ってるんだよ。小さい頃に母親が男作って出て行って、それを気にした父親が家に寄り付かなくなって、殆ど兄弟二人きりで暮らしてるって」


 ガンと、俺はひたいを机の角に打ち付けた。


「本当に、うちの家庭事情じゃねえか!結構デリケートな問題なんだからネタにすんなよ!」


「いいじゃん、死にネタじゃないんだし。健全な方だって」


 カラカラと笑う妹のメンタルは、一体何の金属出来ているんだろう。

 ご近所付き合いに神経擦り減らいしてる俺に分けてくんないかな。


 妹の茉莉は、顔は悪くない。

 だが、テレビから這い出てくる幽霊の様に伸ばし散らかした髪と、その下に生気を感じさせない死んだ魚の目。更に、もやしの精霊かと思うほど、白い肌と起伏にとぼしい残念ボディーをした少女だ。

 兄妹揃って、ビジュアルが良くないのは何故だろう。先祖に妖怪人間でも居たのだろうか。

 夜中に出会ったら強盗でも逃げ出しそうな見た目でありながら、妹には共有の趣味を持った友人が居る。俺には居ないのに、世の中は理不尽だ。


「しっかし、何でこんな人気あんだよ。似た様なアカウントなら他にもあるだろ」


「こういったのって、女性が全部自作して載せてるのが普通だからね。私のとはリアリティーが違うのよ、リアリティーが。郁人は私のセリフ回しも神がかってるけど、本当の男子高校生の雰囲気を晒し出している所が売りなんだよ。実際に作ってるの兄さんだし、ぼやけた背景に学ランを写したり、兄さんの指先だけ写真の端に載る様に工夫したりけっこう努力してるし」


「セリフね……」


 俺が目を向ける画面の中の郁人は、作った覚えのあるお菓子や補修した洋服と一緒に、口から砂糖を吐きそうな甘いセリフをつぶやいている。


『今日のデザートはチョコレートケーキだ。別にお前が食べたいって言ったから作ったんじゃないからな、俺が食いたかっただけだ。……ったく、口にスポンジついてんぞ、俺のスイートデビル』


 スイートデビルって何だよ、虫歯かよ。歯医者行けよ。


『ほら、スカートのほつれ直しておいてやったぞ。ガサツな奴だな、似合ってんだからもっと大事にしろよ。着替えたら、さっさとデートに行くぞ。ちゃんと俺の手掴んでろよ、離したら飛んでいきそうだからよ』


 飛ばねえよ、お前の彼女風船かよ。

 見てるだけで、目眩がしてくる。


「こいつって彼女がいる設定なの?」


「フォロワーみんなが彼女だよ?」


 どこの清純派アイドルだよ。ただのタラシじゃないか。


「みんな、分かってるんだよ。料理を毎日作ってくれるイケメンなんて居ないし、ほつれたニットを編み直してくれるナイスガイなんて、金の草履わらじを履いたって見つからないって……」


 何時の間にネット女性代表に選ばれたのか、関東平野の様な、なだらかな地形の胸に手を当てて、気持ちを込めて茉莉は語りだした。


「履いたら絶対痛いよな」


「黙って」


「……はい」

 

 冗談言ったからって、ゴミを見る様な視線は止めろよ、お前もにらむと結構怖いんだからな。

 邪魔された話を戻すため、朱莉はコホン一つ小さく咳をする。


「考えてみてよ。不良っぽいのに、家庭的で、家族や自分だけを大切にしてくれる男子高校生なんて設定を夢見る女子がほっとく訳ないじゃん。小さい子は憧れて、高校生だったら恋焦がれて、お姉様方は養いたくなる様な絶妙な設定にしたんだから」

 

 確かに性別を変えて考えれば、ヤンキー少女が家庭的で、自分に一途だったら好きになりそうな男は多そうだ。

 俺だってなる、実際に居ればの話だが。

 しかし自分がモデルだと思うと、こんなに気分が落ち込むものなのか。


「私の靴下に、イルカの刺繍ししゅうを兄さんに入れてもらったじゃん。あれと、兄さんのローファーを一緒に載せた時なんて、軽くバズったんだから」


 確かに、外出用に可愛くしたいと茉莉に懇願こんがんされて、夜なべをして刺繍ししゅうを入れたことがあった。力作だったが近所どころか、世界に発信されてるとは思わなかったよ。


「郁人のことはよく分かった。だけど俺も一つ確認したいことがある」


 妹はまだまだ語りたい様だが、どうしても聞いておく問題がある。

 今更遅いかもしれないが、最大の心配事を確認しておかなければ。


「まさかとは、思うが……俺やお前がバレる様な投稿はしてないだろうな?」


「大丈夫だって。私、これでもネットリテラシーには注意してるんだよ?」


 俺の心配に対して、パソコンの中のテキストを上から下にスライドさせ、過去の投稿をさかのぼりながら、茉莉は自信あり気に答えた。


「確かに一度だけ、学ランのボタンにある校章を消し忘れて載せたことあったよ。でも、すぐに気付いて消したし、あれだけだと学校ぐらいしか分からないよ。外での写真は絶対に載せないし、窓からの景色もちゃんと消してある。絶対にバレる訳がないよ」


 パソコン画面に表示される画像を一つ一つ確認してみても、俺の顔は勿論もちろん、私物についても、郁人が俺だと関連付けられる様なものは一切写っていない。

 あくまで男子高校生とは分かっても、それ以上の情報を見つけ出すことは出来ないだろう。


 普通であれば。


「……もしも、もしもだぞ。俺の手だけで、郁人だって分かる奴が居ると思うか?」


「男子の手なんて、どれも一緒でしょ。流石にそんなマニアックな変態居るわけないって。例え居たとしても、郁人ガチ勢の中でもほんの一部……え、マジで?」


「名前は言えないが、俺の指を舐めたいって言われた」


妹は顔を両手でおおいながら、うおおおとうなり声をあげている。

いや、俺も信じたくないよ。


「リ、リアルペロリストだと……。どどどど、どうしよう兄さん!?」


 椅子から立ち上がり、慌てた様に妹が抱き着いてくる。

 普段は憎まれ口を叩くが、やっぱり心配はしてくれるのか。

 不安げな瞳で見上げられると、自分が兄だと言うことを実感させら、胸の奥が熱くなる。

 大丈夫だ、安心しろ。何があってもお前は兄ちゃんが守ってやる。


「流石に全国放送の事件に発展したら取材されるよね!?この見た目じゃ私も疑われそうだし、美容室行った方がいいかな!?」


何より自分の保身に走る妹は、きっと俺なんかよりも長生きするだろう。




「ごめん、ちょっと取り乱した。……取り敢えず、迫られた理由が分かったことだし、明日もう一度話してみなよ。」


「確かに頭のおかしな変態から、重度の変態ぐらにはなったな」


 言葉にすると大差ない気がするが、この僅かな差が非常に大きい。

 会話の出来る未確認生物(U   M   A)であれば、俺達は互いに歩み寄れるはずだ、絶対に触りたくないけど。


「今回の件は私も責任感じてるし。私が女の子に有効な秘密道具を貸してあげるよ」


 ニヤリと妹は頼りになる笑みを浮かべ、猫型ロボットの声真似をしながら、俺にそいつを渡した。

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