鈴々の戦い
R2.3.26に割り込み追加 イラストはまた後日
<…半年ぶりに会った姉上はとても幸せそうでした。>
手紙を書く手が一度止まる。静畑村へ北初日の夜、皆が寝静まった丑三つ時に菜種油の明かり皿を灯して、鈴々は酷く胸を痛めていた。
…相手の殿方はとても素晴らしく、人格者なのですが河童という妖であり、土人です。吐き気がする、なんでこんな酷い文を書かねばならないのだ、姉の恋と決意は“乙姫の呪い”と割り切れるが…ならば恨みたい、否、恨んではいけない。愛とは受け入れる心なのだ、海の広さと深さで愛する…それが偉大な先祖、乙姫であり、姉の性なのだろう。鈴々はもう一度、姉とその婚約者を思い出す。とても息が合い、どう見てもお似合いのカップルだ。ハゲで緑で甲羅で全裸でも…うん、服は着て欲しいがお似合いだった。きっと幸せになれるだろう…二人の人柄だけで鑑みれば。
<…二人の結婚は幸せな物になるでしょうが、問題は多く…二人の意向を完全に汲むには、我々の覚悟が必要です。>
祝福したい、しかし祝福出来ない…あぁ、なんと辛い立場なんだ。姉が国を出るときに、王家の血筋と言う事を隠すため母方の名前を使っている。
琉宮王国の没落貴族、武家であった“波島”その娘が武闘家の旅をしているという体だ。没落貴族…準一般人の旅先での結婚に、王や貴族、大臣クラスが大手を振ってくるのは不自然であり、今回これたのは妹である鈴々と従者としての欄乱のみだ。姉の手紙は情報が足りず、現場の判断…結婚の賛成反対、支援絶縁の采配は鈴々に任せられている。種族自体は相手が天使でも悪魔でも応援一択なのだが…あぁ…胃が痛い。
<…まず、相手の殿方の一族は、人権、戸籍がありません。人間達の村で暮らしていますが、恐らく国としては野良犬野良猫が居付いている程度の認識です。姉さまの結婚をこの国で実現するには、まず人権問題を解決せねばなりません。>
言い出し難いが、旦那さんを連れ帰って国で結婚してもらいたい、実際それが一番正しい。人権問題は琉宮王国では問題ない…あぁでも、二人はここで住む気でいるのだ。また手が止まる、あれこれ考えてみるが浮かばない。我儘だとは思うが、河童の一族にも色々事情があるらしいのであまり強くも言いきれない。また筆が止まる。本人達は愛に酔って、困難苦難も愛で超えるつもりだろうけれど…身内としてはそりゃぁ、リスクは避けて貰いたい。ぐぅ…しかし、しかし本人達の思い合っての結婚であり…ぐぅぅう
トントン
「鈴々起きてる?」
静寂の中の声にびっくりとした。集中し過ぎていたのだろう…足音一つも聞こえなかった。いや…姉は元々足音無いか。
「お姉ちゃん?起きてるわよ?」
返事をすると、姉がミカンを入れた盆を持って入って来た。昼間は普通に過ごし、夜こっそりと手紙をしたためていたのだが、まぁ気付かれてしまったか。
「遠い所まで来てくれてありがとね、それと突然でごめんなさい」
姉は申し訳なさそうにそう言った。うーん宜しくない。
「いいわよ、恋や愛で謝るは無粋って“乙姫伝説”で有るでしょ?目出度い事なんだから…良い人と出会えたわね」
「ウフフ…あっ、惚気るところだったわ。えーっと…何か問題あるんでしょ?」
姉は頭は悪いが感は鋭い、否、私が隠し事が下手なのだ…うーん、どうしたものか。
「旦那さんの戸籍の問題でね、この国で亜人は人権ないみたいだし…どう?国に帰ってきて結婚出来ない?」
素直に言ってみた。うん、もう少しこちらが取れる対応を考えてからと思ったが、この機会だ。先に色々聞いてみよう。
「うーん、ちょっと知月さん呼んでいい?」
「え?こんな夜更けに悪いわよ…起きてるの?」
「えぇ、夜二人で歩いてたら明かりが見えて…今台所でお茶入れてくれてるわ」
あぁ、本当に応援したい気分である。ハゲで甲羅で全裸でなければ…心から応援できるのに。しばらく待つと、お茶を持った旦那さんがやってきて、色々相談してみた。旦那さん的にも、自分の身分とどうやら凄いらしい相手の身分には思う所があってどうしたものかと考えて居たらしい…ただ、半年ほど二人は一緒にいて、反対されたら実力行使で駆け落ちするつもりだったとか。何この人、熱い。そんなこんな、琉宮王国に籍を置いて、式を挙げるというのはありらしい。話が判る。
「そうか、お国の方々に迷惑をかけるな…妹ちゃんにもすまない。解った、山を…国を出よう」
「いいの?知月さん?河童村や…お兄さんの事は?」
「大丈夫だ、お前との結婚が第一だ。…兄貴もそういうはずだし…ただ、そちらの国で結婚してからまた村には戻ってきたいが…出来るのかい?そういう事」
「うーん、なんとかします。ほぅ…あぁ お茶が染みる…」
…御父様、話はつきました、旦那さんを婿に頂きます。王位はお姉ちゃんです、万事解決です。うっひゃーやったー
おめでとうお姉ちゃん!ようこそ旦那さん!相談って大事ですね、万々歳!
<ps静畑のお茶が美味しいので、貿易したいです。その貿易の窓口として旦那さんつける方向に話をもっていければ、旦那さんの里帰りも万々歳です。
以上、賢く可愛い娘 鈴々より>
「よし!仕事終わり!おめでとうお姉ちゃん旦那さん!服着て下さい!」
軽やかな気分だ、気分が良くなったら…なんか鼻がスースーする…あれ?
なんでワサビ刺さってるのかしら?いつの間に?
◆ ◇ ◆ ◇
「駄目じゃ、お前は河童の誇りはないのか?嬢ちゃんも河童として生きる覚悟があるのではなかったんか?」
糞おおおお!やっぱ河童嫌いだぁああああ!土人がぁあああ!
翌朝、知月さん父、河童長老に説明をしに行ったら話がこじれた。
「親父、俺は嫁を幸せにしたいし、生まれてくる子はちゃんとしてやりてぇんだ」
「居るのか?子供?」
「いや、結婚したら即つくる、来年には孫が生まれるぞ」
頭沸いてんのかこいつらぁああああ!?何言ってんだ旦那ぁああ!お姉ちゃんも頷いてるなぁああ!駄目だ、やっぱ河童駄目だ。そして姉も河童並の頭だ…頭痛が痛い。
「しかしな、河童は山の神、土地の神と共に生きる者だ…どうしてもと言うのならば!」
「あぁ!勝負するぜ親父!」
ボォオン!
知月の筋肉が膨張し、戦闘態勢になった…やはり土人、強さで物事を決めるんだ…所詮河童、うぁあ河童!うぁあ凄い筋肉だ、、確かにこの肉体なら筋肉フェチの姉はメロメロだ、うぁあ姉、所詮姉。
「きゃー知月さんカッコいい!」
「黙れ筋肉フェチ!うわぁあ反対したいぃいい!」
盛り上がる筋肉で殴りかかる知月に対し…河童長老はよぼよぼの老人だ…震える両手を前に突き出し、足は内股に腰を落として…っえ?
ドゴォオオオオン!
「まだまだじゃ、知月…お前に武の才能はない。」
「っく!くそーーー!すまない流々!」
「いや負けるの?旦那さんカッコ悪いよ!?」
私も武の才能がある方で無いから解らないが、じじいが旦那さんの攻撃を反らして曲げて、その勢いで旦那さんを地面に叩きつけた。何かの武術?柔拳の一種?“柔よく剛を制す”とかなんか聞いた事あるし。うん
それにしてもマズイ…この結果では、また問題が白紙に…あばばば、どうする?人権問題は外圧かける?うちの外交官に亜人入れてそこから国際人権問題に発展させれば数年かけて河童も亜人として…うーん
「んー!お義父さん次は私!」
悩んでたらお姉ちゃんが出て来た!お姉ちゃんは姫の癖に武者修行の旅に出るほどの戦闘狂!王国でも10指に入るほどの実力者だ!よし…行くんだお姉ちゃん!我が一族に伝わる拳!琉宮拳で真っ二つに!…うーん…それはそれで角が立つか…
「フン小娘が!かかってきな…ひゅへ!?はややややや!」
ット、ガガガガガガガガ!
油断した河童ジジイは変な声を出しながら後ろに飛んだ!それを逃がさずとお姉ちゃんの四肢が風を切りつつ追いかける!
「おぉお!お姉ちゃんの打撃技初めて見た!」
姉は普段手を刀に見立てた斬撃技で戦っていて、打撃技なんてびっくりだ。そもそも斬撃技と打撃技は体の使い方が全く異なる、斬撃は鞭であり、肘や膝の関節の脱力とスナップにより…その先にある手刀、足刀という武器を振るうのだ。
一方打撃は槍だ。肘や膝の関節にその先の腕と足を乗せて…打ち出すイメージ。ただ武器である拳や足で相手に当てただけでは威力が乗らない…腰の回転と肩肘などの動きを一直線に合わせ体を一本の槍として、矛である拳に力を伝える。
全く違う体の使い方、訓練無しで出来る物なのか?
「ホイホイホイ!ホホホイ!」
ドガッバキッドガガガガガ!
「ぐっぬっあっぁあああ!」
やはり、お姉ちゃんの打撃は突破力に欠けるようだ。訓練不足の即興。打撃は欄乱が使う戦法なので、彼女の動きをイメージしているようなのだが…欄乱は鬼並の怪力を有しているのでその前提の動きであって、同じ動きを一般人がしても駄目なのだ。
…河童長老は全てを捌き切っている。前に突き出した両手をくるくると回し…あっ!あれは知ってる!あれは回し受けという大陸武術の技だ、やはり只者ではないこの老人。
「捕らえた!そぉおい!」
「わっほい!ホホホイ!」
ッタン…トトッタタタタ!
旦那さんを地面に沈めた技で持って、お姉ちゃんの腕を絡めとったが…そこは武の神に愛されたお姉ちゃん、腰を捻って地を蹴り飛んで技を抜け出し…そのまま連撃を続けていく。
「ん~っあっこうかしら?」
ドガッバギギギギギギギゴシャドゴォゴゴ!
「うごぉ!?ごぅっぐぅぬぅぬぅぬぅぐぅう!」
あっお姉ちゃんが何か打撃技のコツを掴んだのか威力が上がった。河童長老の回し受けも一回防ぐ度に外に弾け飛ぶようになって来て…すごい、それでも体捌きで避け切ってる。なにこの老人。
「うぉおお!如意手!尻撫で救い!」
河童長老の手が伸びた!?きも!空中で技を振りかぶった直後のお姉ちゃんのお尻に手が伸びる!きも!
「ぐぅん!っと!手癖落とし!」
なんか知らない蹴り技でお尻を守った!お尻に迫る手を蹴り飛ばすというニッチな技…なんなのそれ!?
…フゥ
…フゥ
「やるな小娘…くっくっく…思い出すわ…大陸を旅していた若かりし日を」
「お義父さんもさすが一族の長、そのお話もお聞きしたいですわ…」
ザワッ
空気が変わった。
スゥ…姉は、右足を後ろに少し曲げ、手はだらり脱力…その後左手を前に突き出し…右手を後ろ、頭の高さまで上げ構えた。
姉の極めた本来の技、琉宮拳の構えだ…しかし手は刀の形をしていない…指を曲げ、手の平で穿つ掌底の形をしている。掌底は打撃技ではあるが、柔らかい掌による特殊な打撃で衝撃が内部に突き抜ける効果を持つ…斬撃で防御を切り飛ばす代わりに…衝撃で防御を突破する考えなのであろう。
…対する長老は、両手を前に突き出し、内股に腰を下ろし…そして目を閉じた。そして唇を突き出し…フューフューと大きく呼吸を始めた。見た事の無い構えだ…先ほどの攻防といい、大陸の武術か?
「あ…あぁあ!あばばばば!」
「お…お姉ちゃん!?」
長老が構えをとったとたんに、優勢だった姉が青ざめ、泡を吹き始めた…え?何なの?妖術?妖術なの?
「っな!?御父様!?その技は!?」
今まで無言で見守っていた旦那さんも焦った顔で声を上げる、え?何?お姉ちゃん震えてる?怯えてる?嘘…初めてみたかも。
「すまぬな…禁じ手じゃよ…しかし、お主は強い。手段を選んではおられぬ!行くぞ娘!」
「ひぃい!」
ガィイン!(バキッ!
…長老の瞳が開かれ…口から悍ましい舌が覗いた瞬間。後ろから近付いたエプロン河童が鍋で長老を殴りつけた。
頭の皿が割れた感じがする。
「あんた…それは禁じ手って言ってたでしょ、情けない」
「お…御母さん!」
「お…おふくろ、ありがとう…ごふぁ…イテテ」
長老の奥さん、知月さんのお母さん…つまり私の?ん…どうなんだっけ、あくまで義兄の母って扱いで良いんだっけ?結婚めんどくさ!
「禁じ手使った段階で、うちの人の負けよ流々ちゃん…あなたの勝ちよ。好きにしなさいな!クハハハ!…知月あんた情けないわ、男なら女房より強くなくてどうすんだい?」
「ぐぅ…そうだな、すまん流々、俺も武術習うわ」
…うーん、お姉ちゃんより強くってのは無理だから気負う事は無いと思うけど…、ん?どうなったのかしら?結局結婚は島で良いって事よね?よし!おk!ないすお母さん!強い!
◆ ◇ ◆ ◇
…結局だが、式は河童族の山神信仰もあり静畑で上げる事になった。書類上と披露宴は琉宮王国で、そちらでも簡略の式を簡単にやり、二人が住むのはここ「静畑」と言う事になった。
知月は琉宮王国、この土地からしたら外国籍を持つ事になるので本当は簡単に静畑に来れなくなるのだが、そこは正直どうとでもなる。この地に出張する会社や法人組織を設立してそこに所属して貰えば、うまい具合にパスポートを手に入れる。フフフ、お茶とみかんの買い付け窓口でいいかしらね。うん、多分数カ月でいける。
あぁ、これにて一見落着!今日から熟睡できそうだわ!わっふー!
「河童小僧ちゃんお昼寝しない?」
「するー!」
「うふふ~一緒にお昼までねんねしましょ」
「わかった!くかー」
(可愛い)
国で知らせを聞いてから、今日まで…寝るに寝れない日々を過ごした鈴々は、ようやく安らかな日々を迎えた。夢で見るのは幼い時の姉とのやりとり
「お姉ちゃん、乙姫様の伝説って素敵ね!いいよね!」
小さい自分が姉に力説しているのは、竜宮城を飛び出して、人間と恋に落ちた人魚のお話。琉宮王国始まりの物語だ…
「うわー リンちゃん読むの上手いわね!うん、素敵なお話ね!」
小さな姉が笑いながら、私の頭を撫でている。
「私達もいつか海を越えて、冒険と恋をしたいわね」
…目が覚めた。
チュンチュン
チュンチュン
お昼寝のつもりが夜を越えて朝になっていた、河童小僧ちゃんは変わらず横に居てくれたらしい。いや…一度は離れてご飯を食べて、私の為のおむすびを用意してくれてあるようだ。優しい。可愛い。
すやすや眠る小僧の頭を撫でてお皿にキスをした、うん。可愛いし愛おしい。異種族に惹かれるのは、王家に流れる乙姫の血のせいなのだろうか。
「お姉ちゃんが国を出たのも、乙姫様…いや、私のせいかも知れないなぁ」
夢で見た光景は、確かに遠い日の出来事だ。小さな私が姉に語った物語あぁあぁ…
「これは全力で応援すべきね」
朝の日を浴びようと戸を開けると、河童が集まって朝の日光浴に勤しんでいた、うん。
(うぅ…うぐぅう…やっぱり全裸は慣れない…ぐぬぅう…反対したい…)
結婚は大変だ、話が出た瞬間に次から次と湧き出る問題は、二人の愛だの覚悟ではなく…周りを巻き込んで渦巻いていく。しかしまぁ、ここに一つは解決した、
祝福される二人を支えた、これは裏方の悩みの小話。
一歩一歩と祝福の日は近づいて
一歩一歩と、もう一つの問題が顔を出す。