大ムカデと甲羅とワサビステーキ
R01.11.16 修正
日が山頂にかかる頃、知月の案内で流々は静畑山に分け入った。
困り果てた村の人々の顔、特に恐怖にむせびなく子供たちの不安そうな顔が瞼を過る、そして昨夜、先にくじらの退治が有ったとはいえ、盛大な歓迎会と宿に感謝だ…目の前をいく緑の背中の心中の弱さ、不安か戸惑いか、怒りか悲しみか、何とも言えぬ気持ちも見えた。その根源が尻喰らいならば…なんとか倒して救いたい。
武闘家として…家の名に恥じぬ強さを得るために旅に出たけど…もしも、それが誰かの役に立つのならば旅の間だけでも「退治屋」となるのも良いかもしれない…そんな事を思った時であった。
バキッ…バキバキバキ
「きゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
静畑の山は奥深く、先は日野国を南北に分ける大山脈にも通じている…時折猪や熊が迷い出るように、そいつもきっと迷ってきたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「嬢ちゃんはツエーッて聞いてるけどよ?やっぱり女の子だったんだなぁw」
意気揚々と、自信をもって山に入った流々は、ものの2秒で泡を吹いた、木々の間を蠢く 無数の足の なんとおぞましい事よ。
「虫はいやぁああああああああああああああ!びええええええ!」
牙クジラだろうが熊だろうが、一刀に伏せる流々もやはり女子、巨大な大ムカデ前にして、絶叫し号泣し失禁した…キチキチと身の毛のよだつ気配が近づき、ついに視界は暗転した。
心は闇の中に落ちたはずだが、なぜか真っ白な空間にいた。恐怖の果てに頭が真っ白に塗り替わったのだ…あぁ…お花畑…あれは…ご先祖様?ウフフ…天使さんもいる…
ドッツン!バキバキ!
流々がご先祖様と天使の手を取り、川を渡ろうとしたその時だった。あぁ…もはや死を覚悟したその刹那に、飛び出したのは
“破外甲羅 知月”その人だった。
巨大なムカデの喉元を鷲掴み、甲羅の後ろに流々を守り前へ前へ…蠢く手足、食い込む爪を気にも止めず、大きく体を開いて拳を構えた…!爆裂する筋肉に腰の回転と体重を乗せて、大きな牙ごとにムカデの顔面を打ち砕く!
一撃の元にムカデを倒し、斜面に放り投げ振り向く姿のカッコ良さは、ハゲで甲羅で全裸であっても流々の瞳には輝き見えた。
「ハハハ!大丈夫かい?嬢ちゃん」
大ムカデ知月図
汚れた服を村で取り換え、二人は再び山に入る…正直コワイ…でも大丈夫、守ってもらえる。
やっぱり自分はまだまだ未熟、退治屋なんておこがましい…地道に強くなっていこう。
さっきまでの自信と失態がとても恥ずかしい…コホン、でもそれはそれ、うん頑張ろう。
「ハハハハ!牙クジラを倒した武闘家さまに頼りにされるたぁ嬉しいぜ!」
「お願いいたします!…本当に虫が駄目で…うぅ…知月さんがいて本当に心強い!」
…うぅ武闘家も少し恥ずかしい…、技は修めたと認められたが…心技体…まだまだ未熟な身の上である。
「あのぉ…本当にありがとうございました。なにか私に出来るお礼はありませんか?」
料理やら細かい仕事はできないが、薪割りやなんかは自信がある。命の恩人なのだ、山を下りたらお礼の一つも何かしたい。
「おう!尻子玉貰えるとうれしいな!」
「……っふぇ?し…尻?お尻?」
流々の足と思考が止まる、あ…そうだったこの人、河童だった。
危なかった…普通にマッチョで緑で全裸の殿方だと思っていた。
…コホン、落ち着こう
「ご…御免なさいね、知月さん…お尻はちょっと…/////」
先を行っていた知月も足を止め、振り返った。
「良いって事よ!それなら帰ったら村の連中に伝えてくれな!大ムカデを倒した俺の雄姿を!ダハハハ」
「え…えぇ!それは勿論!本当にカッコよかったですもの!」
昨日出会ったばかりの男と女、河童と人間、山の案内人と格闘家、奇妙な組み合わせの二人は不思議な信頼感で結ばれながら、サクサク山頂に向かっていく。
◆ ◇ ◆ ◇
クンクンクン
尻の匂いが近づいてくる。
クンクンクン
生臭い匂いが近づいてくる。
山頂で寝ていた尻喰らいは、鼻を引く付かせて飛び起きた!
一昨日馬に蹴られ、潰れた顔は治っている、元通り潰れたカエル顔だ。
鼻を引く付かせ涎を垂らし、虚ろな瞳に光が宿る。
「お仲間一人と、ご馳走一つか!ククク…悪いが横取りとさせて貰おう!」
尻喰らいは悪辣に笑い!全力で山中を駆けだした!小細工無ければ知恵も無い!本能のままに生きるがこの妖!
タンタンタタタン!
「獲物は下で!俺が上!ならば襲うは造作もなしだ!」
全力で地を蹴り!坂道を下る!
小枝のトゲも、足裏の石も、踏み誤った時の大惨事などお構いなしに!
タンタンタタタン!
何故なら尻喰らいには“甲羅”があるし!“器”もある!ケガの心配など必要が無いのだ!
タンタンタタタン!…ッダ!
「秘技!河童メテオローリング!」
尻喰らいは大きく空へ飛び!手足を甲羅にささっと収めるた!
「クカカカ!潰れてしまえ!尻子玉は拾ってやる!」
上から転がって迫りくる甲羅は落石の岩、二本の凶悪な角も危ない!
隠さぬ気配と音に地響き、二人は気付けど一本道…
「嬢ちゃん下がりな!俺が受け止める!!」
筋肉を盛り上げる知月が前に出た!…しかし、その横をゆるりと流々は歩き出て…
「虫じゃないなら大丈夫ですよ!任せて下さい!」
スパーーーン!
出会い頭に真っ二つ!岩は二つに分かれて斜面へ落ちた。
顔面を青く染めた知月が覗くと…上下に分かれた妖がどこまでも堕ちていく…
「た…倒したのか?」
「これが青龍刀を模した私の拳“琉宮拳”の威力です!」
くるりと回り、着地した流々、着物の袖がふわりと浮いて少女の白い腕が袖から覗く…その側面は拷問でも受けたかのような鍛錬の傷…傷…傷…五指を揃えた手先は刃物の様な鋭さを放ち、五指を解くと柔らかさが戻った。
「どーですか!?薪割り伐採お手の物です!」(ドヤ顔
「す…すごいな嬢ちゃん…うーん、結構落ちたみたいだ…もう午後だ、探しに降りると夕刻だな…」
やっと訪れた見せ場を完璧に超えて、どや顔したのに反応が今一だった。むぅ…
でも確かに…妖は封印するまでが大事とも聞く…やってしまったのかもしれない。でも真っ二つに出来たわけで…
「普通なら死んでいると思うのですが…」
「に…あの河童…うぅ違う、尻喰らいの生命力は物凄いんだ。明日…下の森を攫ってみよう…」
これが流々と尻喰らい、因縁の二人一度目の出会いであった。
◆ ◇ ◆ ◇
「いやぁ!お嬢ちゃん凄かったな!手刀ってあんな切れるもんなのか?ビックリしたぜ!」
山を下り、静畑村での打ち上げだ、まだまだクジラ肉は大量にある。
海山からも人が来ていて、宴の規模は大きくなった!集まる人たちが流々を褒め、武士だ兵だと持ち上げる!
「んでもムカデが出た時とワサビ食った時は可愛いモンだぜ!?ダハハ!」
「…んもう!知月さんったら!」
この時、だーれも気づかなかった、闇に乗じて宴の席に紛れ込み、牙クジラの尻に食らいつく妖の姿。
斬られた体は既に繋がり、尻を喰らって力を増して…
「…ん旨し!…旨し!!」
「おーい嬢ちゃん!!クジラ肉追加できってれよ!」
「任せて!行くわよぉ!」
ズババババン!
琉宮拳を披露して、今度は喝采大喝采!
牙クジラ討伐に居合わせた村長と村の衆は大盛り上がり、初見の子供や海や山奥からの衆は目を見開いて石になり…その後は遅れて大歓声!流々は技を見せびらかした罪悪感を覚えつつ、知月の方を伺ってみる…
「いやーすげーな嬢ちゃん!本当に尻が喰いたくなるぜ!」
酔った知月はそう言って、パシンと流々の尻を叩いた。
「…んもう!知月さんったら!大ムカデを倒したかっこいい話は無しですよ?」
わー
わー
わー
ジュゥウジュゥウワァアア
追加で焼かれた赤みのステーキは緑のワサビがかかっていた。
「なんかこのワサビ生臭いな…川の匂い?カエルの匂い?」
「しかし…舌触りはコッテリまろやかだ…、肉の脂が混じると堪らん」
ポタリポタリと
緑の血痕が山へと続く…これが尻喰らいの生命力。
気に恐ろしき河童の力…
果たして流々は、この怪物を倒しきる事が出来るのだろうか?
静畑宴図