尻喰い
R01.11.14 修正
「おーい!準備出来たぜ!」
「任せてぇえ!」
ここは静畑村のすぐ近く、深さは膝下程度の小さな河原“四壱川”、数人の女の子達が木の枝で水面を叩きながらおかしな歌を歌っている。
♪
雷様にはへそ隠せぇー
河童が出たなら尻隠せぇー
バシャバシャ
女の子達が横一列に進みながら波を立て、追われた魚は迷い逃げる…ジワリ ジワリと浅瀬の方へと追い詰められて、時折水面に背びれが覘く。
♪
手がある者は手でかくせー
足ある者ならとっと逃げろー
浅瀬で待っていた男の子たちも、上流と下流から歌い出した。
いよいよい追い詰められた魚が逃げ込んだのは、石を掘り返し、並べて作った小さな堀だ。
堀の上には木の板が置かれ、魚が逃げ込みたくなるように暗くしてある…バシャリ バシャリ、音に飛び跳ねた魚が一匹、堀の入り口を見つけ逃げ込んだ!
♪
手足も出ぬなら隠れて過ごせ
河童が来たなら食われるぞー
ズボシャバ…バシャバシャッ!
一番大きな男の子、村長の息子が堀の出入り口を板で塞いで、念のため用意した桶いっぱいの砂利で隙間を埋めるた!
逃げ場を封じてお次は屋根の取り外し、どれどれ…獲物はどれほどか?
「とれたー?」
「どうなの?」
「うーん」
集まった子達の質問に、先に覗いていた村長息子は顔をしかめた。
「鮎が2匹と、ちっちゃなドジョウだ」
今日の獲物はこの三匹と…あとは堀作りで見つけたサワガニが3匹。サワガニだったら探せばもっといそうなものだが…
「鮎2匹じゃ皆で食べれないねぇ…」
「うーん…」
子供たちは、仕事で漁をしていたわけではなく、畑の手伝いの後の実利を兼ねた遊びであった、だから、本当に困る事はないのだが…
「去年と一昨年、同じ時期にやった鮎取りは小ぶりでも皆で食べれたんだやっぱり、魚が減ってるのかな?」
「うん、もっと上流の山の向こうで、河童が出たって父ちゃんが言ってた」
「ぅぅ…河童かぁ…」
村に住んでいる緑の男、知月は良い人で山の案内から畑の手伝い、木の切り出しなんかも手伝ってくれる。タダではなく、握り飯だったり海の塩だったりお代は言われるが良心的な範囲の中だ、むしろそのおかげで後ろめたくない関係が持て、今では誰も「河童」と呼ばない。
…そう、呼ばないのだ。知月個人は受け入れられても…どうしても河童は恐ろしい、牙クジラの下で働き悪さをしていた河童もいるし、子供をさらう河童も居るのだ。
人間にだって悪いのはいるから…なんとも言えないところであるが河童は怖いと教わっている…特に注意は「尻喰らい」だ、全国各地で暴れまわってる河童の一人で、最近近くに出たという。
♪
雷様にはへそ隠せぇー
河童が出たなら尻隠せぇー
こんな歌が歌われるほど、村の子供たちは河童の怖さを聞かされて育った。知月さんは悲しそうな顔をするけれど…こればっかりは仕方ない。
幸い、河童達の住む村はもっともっともっともっと川の上流も上流、水が土から生まれるほどの山奥に在るらしいのだが…最近は大人たちが集まって険しい顔で話しをしていた。
「見たのはワサビ畑のおっちゃんだろ?クジラ牙池より山奥だってさ!角の生えた河童だって…」
「うぅ、やっぱり尻喰らいか…なんか怖くなっちゃった…」
「そうだな…、今日は帰るか。この魚は…」
…魚は逃がしてやる事になった。大きくなって子を産んで、来年は増えてもらいたい。
村長息子、一番大きな男の子が、堀の出入り口の板に手をかけた。
外そうとしたが砂利が重い…ちょっとどかすか…
バシャ…バシャシャ…(ジャブン…
手がある者は手で隠せぇー
足ある者ならとっと逃げろー
背後に聞こえた水音に、子供たちは慌てて駆け出した!
足があるんだ逃げないと!
生臭い匂いが鼻をつく、水音に交じり声が聞こえる。
バシャ……(尻をだせぇぇー…)
バシャシャ……(尻をだせぇぇー…)
みんな慌てて尻を抑える
ますます慌てて足を動かす
「うあぁあああああ!河童が出たぁあああ!」
足を止めれば食われるぞ
尻からガブリと食われるぞ
…………
……
…
「……チィ、童っこは足が早いなぁ」
誰も居なくなった河原に一匹の河童が取り残された。
ぬるぬるとした緑の体茶色くコケの付いた大きな甲羅、くちばしのような尖った口には三角の歯が並んでいる。
背後から尻を狙い伸びていた舌は行き場を無くしぽちゃりぽちゃりと涎を落とす。
…そして何よりの特徴は、頭から生えた二本の角
まさしくこいつが「尻喰らい」
じゅるりじゅるり
「腹へったなぁ…もう三日も。ダンゴムシしか食べてねぇ…」
腹がギュルギュルと鳴り出して、尻喰らいは河原の石を拾った。
コケ蒸し滑る石裏を舐め、張り付いていた小貝を食べる。
「今日はこれでごまかすか」
バキバキバキ
河童に食べれない物は無い、鋭い牙で石を喰らった。
「あぁまずい!童っこの尻が食いたかったなぁ……ん?」
河童は浅瀬の堀に気が付いた、覗けばそこには鮎が二匹とどじょうが一匹。
カニも慌てて隙間に引っ込む…
♪
手も足も出ぬなら隠れて過ごせ
河童が来たなら食われるぞー
「ハハハハ…みーつけたぁあ~」
ニチャリと笑い、舌が伸びた。捉えた獲物は頭からでなく、常に尻から貪り食った。
全国各地の村々を襲い、恐れられるこのおぞましき河童は数居る河童の中にあっても特に卑劣に執拗に獲物の尻を狙う事から名が付いた。
あまりの執着と素行の悪さそして何より気持ち悪いと、他の河童達からも嫌われる。
“外道河童の尻喰らい”
彼を河童と呼んでくれるな…そう言う同族も数知れず。
「クケケケケ!旨し!でもだめだなぁ、尻が無い!」
尻喰らいは子供たちが逃げた方を見やり、涎を垂らして歩き出す。膨れた腹に気を良くして鼻歌混じり村へと迫る。
♪
二つに割れた尻の肉
一つの馳走は尻子玉
ひとたび喰らえば夢に見る
さぁさ、とっとと尻を出せ
味わい深きは尻子玉
旅の武闘家流々が村に来る…実に三日前の出来事である。
その間尻喰らいは何度も何度も村に出ては馬に蹴られて逃げ帰った。
村の人らに頼られた、知月は辛そうに相談に乗った。
◆ ◇ ◆ ◇
「尻喰らいは頑なに尻を狙ってな、馬も後ろから襲うんだ、だから村の出入り口に馬をつなげておけば蹴られて逃げる」
「えぇ……“河童”ってバカなのねぇ」
「うぐぅ…尻喰らいだけだかなら?うん、尻喰らいは河童じゃないんだ…」
知月は苦し気に顔を歪める、普段は猛る大岩のような筋肉も…今はしぼんで小さく見える。…その様子に流々は浅慮に気付き、慌てて彼に謝罪を入れる。
「えっあっ…ご…御免なさい!知月さんは馬鹿じゃないわ!」
「尻喰らいの事は…本当にゆるせねぇよ!」
知月の瞳に涙が浮かんだ、すぐに拭って誤魔化したが、流々はそっと甲羅を撫でた。
同族が人を襲う、ハゲさんハゲさんと自分が如何に村人に、人間達に慕われても…なんの意味もなく、河童に対する信頼は下がる…それがどれほどの悲しみであるか。虚しさであるか。
…彼の立場はどうなんだろう?なんで人の村にいるのだろうか?
流々は知月が気になった、肝心な事は解らない…何か事情があるのだろう…
「大丈夫よ?尻喰らいも、他の河童も解らないけど…私は知月が大好きよ?」
「へへ…そいつは嬉しいぜ、ありがとな嬢ちゃん。湿っぽいのは頭の皿だけで十分だぜ!!」
…流々の言葉に、知月は頷き、胸を叩いて筋肉を起こした。
「よっしゃ!力が出たぜ!…いこうか、尻喰らいの野郎をとっちめに!」
この時流々はカッコいいなと素直に思った、知月は筋骨隆々の緑の男で、甲羅を背負って全裸だったが。
知月は心に熱い物を感じ、歩み出す…もう迷いはない!同族の縁も血の縁も…縁があるから止めねばならない。
冷えた甲羅に残った熱が、背中を押してくれた気がしていた。
尻喰らい図