顔を赤らめた理由
R01.11.12 大幅修正
「解りました、その妖…“尻喰らい”私が退治してみせましょう!」
旅の武闘家を名乗る少女“流々”の快い返事に、静畑村の面々は沸き上がった!齢15かその辺りの細身の少女、青い髪と優しい瞳のお嬢様然とした雰囲気、こんな娘が“妖怪退治?”そんな馬鹿なと思うだろうが論より証拠だ、すでに娘の力は証明された、言葉を疑う者は無い。
「ありがとう!嬢ちゃんの強さなら安心だぜ!」
「あぁ、そうだな!“牙クジラ”様の牙をへし折るなんざ!並の人間には出来はしねぇえだ!」
村人達の期待に無理は無い…
静畑…今は昔、洲琉牙の国は、海と山に大きく分かれた国だった。山の者たちが茶を作り、ワサビを作り、ミカンを作り、それを海の者たちが都へ運び、様々な物に換えてくる。それを一直線につなげる川沿いの街道は大妖怪“牙クジラ”の一族に支配されていた。
特に難所は“クジラ牙池”と言われる一族の住処…山のもんは海に出る度、海のもんは山に行く度、それはそれは高い貢物を強いられた。静畑村は山の入り口、海と山の行きかう半ばの村でな牙クジラが現れるまでは、宿場町として支えた時代があったとか。
静畑のもんたちも黙って化け物に屈したわけでない、村の腕自慢、お城の侍…それこそ全国を回る武芸者が我こそは牙クジラを打ち取らんとしたもんじゃよ…
“陸に上がったクジラなど!手足を無くした豚ではないか!”
そんな啖呵をするほどに雄々しくも強気幾多の武者がどれほど一呑みにされた事か…!
牙クジラは確かにクジラの風体であったが、陸に上がって弱る事なし、小山のようにのたうつ様は国食い大蛇のようでもあった!
バタンバタン!
布団にくるまり大きくうねる村人。
「それを嬢ちゃんは三枚下ろしだ!」
ウネル布団の頭を掴み、酔いどれ村長がチョップする、すると布団は大きくはだけ中の酔いどれ村人が倒れ込む…
「やーらーれーたーぁ!」
ジュウジュジュウ
「そんなに凄いお魚さんだったんですねぇ!」
ジュウジュジュウ
「ハハハ!だからスゲーのは嬢ちゃんさ!」
武闘家流々の歓迎会は、引き締まったクジラ肉のステーキだった、酔いどれ男達が肉を捌きドカドカ焼けた岩に乗せていく。
村中の鍋でもやけ切れやしない!山のようなクジラ肉…明日になったら切り出して、下の街まで届けてやらねば。
「ほれほれ…!嬢ちゃんの分だぜ!」
(うーん、人食いクジラの肉ってどうなのから?)
流々は目の前にデンと置かれた、赤みがかった肉をみる。
「嬢ちゃん!これだよ!こいつが赤みにえれぇ合う!」
静畑でとれたという、緑の調味料で頂いてみる。
「ツーーー!」
「ハハハ!嬢ちゃんにはまだ早かったか!これが静畑の生ワサビよ!くぁーウメー!」
………トントン
ズズズ…
「おぉ、本当だったのか!あの化け魚を倒すなんてな!」
やってきたのは緑の男だ!…そう、比喩でもなんでも無く緑の男、特徴を言えば甲羅と皿か、身長は高くガタイは良い…そして裸。
“知月”と呼ばれたその男を、誰も“河童”と呼びはしない。
「おぉ!知月さん!あんたもこっち来て肉くいな!食いきれないぜ!」
ジュウジュジュウ
ジュウジュジュウ
「ツーーー!ツーーー!」
「……!?おい嬢ちゃん大丈夫か?あぁワサビか!ったく…そうだ!」
男は甲羅を下ろし隙間から小ぶりのミカンを出した、慣れた手つきで皮をむき、白いホロをサササととって娘に渡す。
「これで口直ししな!嬢ちゃん!…うちのミカンは小ぶりで甘ぇんだ!」
一つ摘まんで噛みしめれば、口の中で甘い汁が弾けて、辛さが遠のく、悪いミカンは酸っぱいだけだが、男のミカンは本当に甘く酸味も弱い
「…ケホ!あ…ありがとうございます!」
流々が礼を言うと、男はポンと頭を叩いた。頭というか平らな皿で、本当にポンと良い音が鳴る。
「良いって事よ!…それより酔っ払いども!駄目だろ酒の席にこんな子供を連れ込んじゃあよぉお!」
口調とは裏腹にガハハと大きく笑いながら、男は甲羅からミカンを出して、流々にみっつほど放り投げた。
最後にもう一つ、大きな酒瓶を出して甲羅を背負うと、男はドカドカと酒の輪に加わる。
「……俺にも肉くれ!んで、まだかい?牙クジラ倒した旅の武闘家ってお方は!?」
………
村人と流々は目を合わせ、なんだかおかしくて噴き出した。
齢15かその辺りの細身の少女、青い髪と優しい瞳のお嬢様然とした雰囲気、こんな娘が“妖怪退治?”そんな馬鹿なと思うだろうさ、ましてや見られた涙顔、ワサビも無理なおこちゃまだ。
「強いお人なんだろ?っくぁあ~!おらぁ相撲してみてぇんだ!相手してもらえっと良いんだけどな!?」
村人達が流々をうかがうと、流々は小さく首を振る。ちょっと筋力には自信がないし、フンドシ姿は恥ずかしい。
「ダハハハ!知月の旦那!あんたどうやら振られたらしいぜ!?」
「んあぁ?なんだよ!?」
◆ ◇ ◆ ◇
牙クジラから大ムカデ!大崩れからの八手牙魚!尻喰らいからの牛魔王!
二人の出会いが波乱を呼んで、数多の妖を打ちのめす…妖怪退治の物語は、こうして静かに始まった。
旅の武闘家、名を流々
人里で暮らす妖、名を知月
二人の出会いの行く末を、今はこの場に知る者は無し…
「嘘だろ?嬢ちゃんそんなにムキムキなのか?」
今は男は信じられない、目の前の娘の秘めた力を
「そ…そんなムキムキじゃないですよ!?」
今、娘は感じていた…目の前の男の心根の良さを
東の空に浮かんだ小さな月は、まんまるのミカンによく似ていた。
オレンジ掛かった月はゆっくりゆっくり天に上り、赤みが消えて白に近づく…純白の月が輝く頃には、村人が第二幕を披露しだした。
~旅の武闘家、楚々麗しき小町娘「天女=流々」の、大妖=牙クジラ討伐譚~
♪
山ほど大きい陸の魚
牙持つクジラがヒレを打つ
大地は割れて、岩が飛び
木々が倒れて山も抉れる
天から注ぐ岩の雨
するりと避けて事も無き
(なんとも武芸の秀でたる様
大地が揺れて土砂崩れ
ふわりと飛んで事も無き
(もはや天女の御業の如く
荒ぶるくじらの前に進み出るわ
、 楚々麗しき小町娘
(ベンベン
「………そこで嬢ちゃんが言ったんだよ!」
“陸に上がったクジラなど!まな板の上の鯉と同じ事!”
♪
はらりと袖の帯ほどき
両手を振るって岩を切る
ぐわりと覆う牙クジラ
ひゅるりと抜けての三枚卸し!
“水辺は命の拠り所、我欲で汚すは必罰である!”
(ベンベン
「わわわ…私そんな台詞言ってないんですけど!?」
村人達の脚色に塗れた英雄譚に、当の流々がタジタジだ!
八野字眉毛で四方に泣きつく娘子と、舞台の話は結び付かない!
持ち上げた等の村の衆が、そんな姿に笑いを飛ばす!
(あわわわわ…きっとあの人も笑ってるわ)
…そう思いちらりと男を見ると…
「…まぁ、昔のお侍さん達とちがってな!嬢ちゃんは手刀でスパパンよ!」
「うぉおお!すげーな嬢ちゃん!」
そこには、素直に関心する男が居た…村人の大袈裟な再現は恥ずかしかったが、知月に褒められた事が、なんだか異様に嬉しかった。…白い月の様な少女の頬が夕焼け見たいな色に染まる。
旅の武闘家を名乗る少女“流々”
彼女の顔が赤らんだのは一体どんな理由からか
さぁもうそろそろの解散として、静かに眠ろう明日は早い、物語はまだ始まったばかりだ。
少女と河童
いかなる夢を見た事か。
牙くじら流々図