窓ぎわの東戸さん~東戸さんの休日~
「ごめんね、東戸さん!待った?」
「ううん〜、10分くらいしか待ってないよー」
待ち合わせ場所にしていた、駅前のモニュメント。その前に立っていた東戸さんはそう言ってニコッと笑った。待ってないよって言われるより、素直にこんな風に言ってくれた方が、わたしも気負わないし、そんな東戸さんが大好きだ。
「ごめんね、ちょっと寝坊しちゃって!」
「もう、珍しく時間通りに来たのになあ〜。じゃあ、行こうか」
今日はわたしと東戸さんの休日デートの日。もともと同じ小学校で親友同士だったけど、中学校は別々のところ(東戸さんは公立、わたしは、両親の意向で私立)に行くことになってしまい、こうして彼女と遊ぶのは本当に久しぶりで、中学入学以来のことだった。
「今日は、映画観て、小学校に行くんだよね??」
「そうそう!先生には電話してあるから大丈夫!」
「さすが北見さん〜」
今日のデートのプランは、全面的にわたしが立てた。まず最近公開されたラブコメ映画を観て、ランチを食べながらその感想や最近のことをお互いに言い合って、そして母校の小学校へ遊びに行く。朝から夕方まで東戸さん独り占めだ。
前を歩く東戸さん。中学校の制服姿も見たかったけど、久々に見る私服姿は小学生の頃より大人びて見える。日差しも暑いこの時期、桃色の半袖シャツに、ゆるふわっとした桃色のスカート、赤いリボンのついたローファーを履き、大きめのリボンをつけている、とても女の子っぽくて、かわいいではないか。見たところ、靴下は履いていないっぽいんだけど、どうなんだろう…。フットカバーとか履いてるのかな…。東戸さんは小学校の頃から素足になるのが大好きで、逆に靴下はあまり好きじゃないらしい。中学生になってもそうなのかな?聞いてみたいけれど、ダイレクトに聞くのは少し気がひける。
「わー、さすがに人いっぱいだね」
「ほんとだ。休みの日だしね、けっこう評判も高いやつだし」
「そうなんだ?楽しみ!」
公開されて最初の休日とあって、駅ビル内にある映画館はほとんど満席状態。かろうじて真ん中あたりの席を二つ並んで取ることができた。二人で一つのキャラメルポップコーンと、わたしはアイスコーヒー、東戸さんはオレンジジュースをもって、それぞれの席へ。
「ふう、まにあってよかったあ」
「結構並んだもんね。トイレとか、大丈夫?」
「うん、さっきすませてきたから!」
「よかった!」
上映までまだ時間があり、他の映画の予告編を見ながら、オープニングを待つ。洋画の予告が流れている時、東戸さんが足元をごそごそ・・・。気になって思わずちらりとそちらに目をやると、東戸さんが履いていたローファーを脱いで、素足をその上に置いているではないか。気になっていたけれど、やっぱり今日も素足だったんだ!解放感で気持ちよさそうに、素足の指をくねくねと動かす東戸さん。映画の予告なんて全く頭に入らず、ただその様子だけが脳裏にくっきりと残された。爪にマニキュアでも塗ってるのかな?ちょっと赤みを帯びている。大人になったんだなあ。靴を脱いだ足を伸ばしたり、床に直接つけたり、数分だったけど、かなりドキドキした。
東戸さんはどうやらそのまま映画を観るようで、やがて周囲が暗くなり、映画が始まった。内容は、うん、かなり面白かった!けれど、隣で靴を脱いでいる東戸さんのことが気になって、あまり集中できなかった・・・。上映が終わって再び電気が点く。ふと横を見ると、おなかのあたりを抑えて、足をもじもじする東戸さんが。
「東戸さん、大丈夫??」
「と、トイレ・・・!」
そう言って、東戸さんはローファーをつっかけて、荷物を置いたままパタパタと走っていってしまった。相当我慢してたんだな・・・。
「面白かったね!さいご、ドキドキしちゃった!」
「どうなるのか心配だったけど、無事にハッピーエンドでよかったよ」
映画終わりのひと時は、映画館の近くにあったカフェレストランで過ごすことに。さっきポップコーンをパクパク食べていたわたしたちだけれど、今度はオムライスとミートドリアをそれぞれはふはふしながら食べている。席に着いた途端、東戸さんは再び靴を脱いで、素足をソファの上に置いた。手で足先をさすさすして、わたしはドキドキ・・・。ここでは映画の話に始まり、最近の学校の話題へ。
「それで、東戸さん、お友達できた?わたし、それだけが心配で・・・」
少し変わったところのある東戸さん。小学校ではそのせいで男子たちにからかわれることがあったけれど、中学校では大丈夫だろうか。
「うん、できたよー。みんな優しくて、困ってる時も助けてくれるの」
「そっか・・・、よかった」
それを聞いて安心する。できれば同じ学校に行きたかったなあと、また思ってしまう。
「特に仲が良いのがね、西野さんっていう子でね・・・」
それから1時間くらい、お互いの学校の話は尽きず、気づいたころには15時を回っていた。
「すごく楽しそう!・・・ってやば!そろそろ行かないと!」
「ふえ?あ、そっか、小学校にもいくんだったねー」
「そうそう!東戸さん、もう出ても大丈夫?」
「大丈夫だよー・・・あれ?」
そう言って、テーブルの下にもぐる東戸さん。どうしたのかなと見てみると、いつの間にやらローファーがあっちこっちに飛び交っていた。素足のまま歩いてそれらを履く東戸さん。小学校のころより、足グセが悪くなっているような・・・。でもそんな東戸さんもかわいいな。
「ごめんねえ、靴がどっかいってたよ」
「もう、東戸さんったらあ」
小学校は駅からバスに乗って20分くらい。駅前からの始発なので、2人席にゆっくりかけることができた。
「今日って、ここまでどうやってきたの?」
「お母さんに送ってもらったよー。帰りもそうするの。北見さんは?」
「わたしは、バスできたよ。寝坊したから一つ遅いのだったけど・・・」
「なるほどー。私、家族以外とバス乗るのって初めてだから、ちょっと緊張する・・・」
そう言いながらも、座った瞬間にはばっちり靴を脱いで素足をさらしている東戸さん。緊張してもしなくても、足グセは悪いままなんだな・・・。
「あ、次だよ、ボタン押さないと」
「待って!私がおす!」
子供っぽくはしゃぎながら降車ボタンを押す東戸さん。無事にお金を払って、バスを降りる。そのバス停の目の前が、わたしたちの通っていた小学校だ。
休日なので、生徒の姿はなく、誰にも気づかれることなく玄関へ。最初は昇降口に行ったけれど、鍵がかかっていた。
「こんにちはー、卒業生の北見です!」
「あら、久しぶりね!いらっしゃい。話は先田先生から聞いてるわよ」
事務室のおばちゃんはわたしたちの顔見知り。あっさり許可が出て、いざ懐かしの校内へ。と、そこで、
「あ、上履きもってきてないや」
「ほんとだねえ」
もう一回事務のおばちゃんに聞こうとしたけれど、どこかに行ってしまったらしい。
「どうしようか?」
「上履きなしでいいんじゃない?」
視界の端に、来客用スリッパが見えたけれど、わたしたちが勝手に履いていいのかわからないし、これ履くのはちょっと恥ずかしい。それに、ちょっと邪な思いもめぐって、スリッパはなしで行くことに決めた。
「そうだね、なしで行こうか!」
ということで、2人とも靴を脱ぎ、東戸さんは素足、わたしは白のスニーカーソックスで校内へ入った。
「さて、最初はどこから行こうか?」
校内を上履きなしの靴下だけという普通ではない状況に違和感を覚えながらも、素足で廊下を歩く東戸さんにドキドキしながら、久々の小学校にわくわくしてしまう。
「やっぱり、職員室かなあ?先生に会いに行こうよ」
「そうだよね!」
というわけで、フローリングの廊下をペタペタと歩いて、事務室の先の職員室へ。
「失礼しまーす・・・」
電話した時には、いるよって言ってくれた先田先生は、去年とは別の机で何やら作業をしていた。
「あ、先田先生ー」
「おー、よくきたね!入っておいで!」
先田先生は、わたしたちのクラスの5,6年生の担任だった。算数が得意で、いつも一風変わった授業をしてくれて、とても人気の先生だ。何歳なのか聞いても正確には教えてくれず、噂によると30歳代かもしれないし、50歳代かもしれないし・・・と、結局卒業してもわからずじまいだ。
職員室の床はタイル張りで、クーラーが聞いていることもあって、廊下よりも足元はひんやりとしていた。
「お久しぶりです、先生!」
「またあえてうれしいですー!」
それからしばし最近の様子を話して、
「じゃあ、先生はちょっと忙しくてついていけないけど、ゆっくり見ていってね」
「はーい!」
鍵を受け取って職員室を出ると、次は自分たちの教室へ。校舎を4階まで階段を上る。前を行く東戸さんの、徐々に黒っぽくなっていく足裏にドキドキしながら、教室へ。
「わー、何か新鮮・・・」
「私の席、ここだったよね!」
そう言って、窓ぎわの一番後ろの席へ座る東戸さん。卒業直前の席順だ。
「わたしはここ!」
わたしはその隣。5年生になって一番最初に出会ったときも、この席順だったから、なんだか運命的なものを感じる。
その後は、図書室や理科室など巡って(鍵はしまってたけれど)、職員室へ。先生にお礼を言って鍵を返すと、もう17時を回っていた。結構長くいたんだな。
「この前卒業したばっかりなのに、懐かしかったねー」
「ほんとだねえ。ほかのみんなにも会いたいな」
「いつかまた、みんなで来ようね」
そんな話をしながら玄関まで来ると、すでに事務のおばちゃんは帰っているようで暗くなっていた。
「わ、靴下けっこう汚れちゃった」
靴を履く前に足の裏を見てみると、予想してはいたが、足の形にホコリや砂で靴下は真っ黒。
「私も、ほら、真っ黒~」
そう言って東戸さんは恥ずかしげもなくわたしに足の裏を見せてくれた。土踏まず以外の、床についていたところは真っ黒。それを嫌がる様子もなく、にこにこしている東戸さん。
「ねえ、北見さん、ポケットティッシュとか持ってない?」
「ティッシュ?うーん、あ、汗ふきシートならあるよ」
「一枚、もらってもいい??」
「うん、はい、どうぞ~」
職員室はクーラーが効いていたけれど、教室や廊下はとても暑かった。汗を拭きたいのかなと思ったけれど、東戸さんは段差に座って、片足を持ち上げると、足の裏を汗ふきシートでふきふき。なるほど、そういうことか。
「・・・ごめん、もう一枚いい?」
「もちろん、何枚でもいいよー、いっぱいあるし」
部活でも普通にしてても汗をかくこの季節、汗ふきシートは女子にとって必須アイテム。東戸さんはあまり汗をかかないのかな。
「ふ、ふあああああ」
もう片方の足の裏も拭き終わった東戸さんがいきなり不可思議な声をあげだした。
「ど、どうしたの??」
「あ、足の裏が、スース―する・・・ふあああああ」
「あー、そういうタイプのシートだったから・・・でも、気持ちよくない?」
「き、気持ちいいよ、けど、ふあああああ」
そんな声を上げながら、足の指をぐにぐにする東戸さん。足の裏は綺麗になって、赤くなっているのがわかる。
スースーもしばらくすると収まって、東戸さんは素足のままローファーを履いて立ち上がった。わたしはというと、汚れた靴下のままで靴を履くのは少し気が引けて、代わりの靴下がないか探したが、残念ながら今日はなく・・・。
「どうしたの、北見さん?」
「うん、わたしも、靴下汚れちゃってさ。東戸さんみたいに素足で行けばよかったな」
すると、東戸さんは途端に目をキラキラさせて、
「じゃあさ、脱いじゃえばいいんじゃない?靴下は家で洗ってさ」
「えー、でも素足で靴履くのは・・・」
「大丈夫だよ、家に帰るまでだけだよ」
さっきまでのおっとりとした東戸さんと違って、妙にはきはきしゃべってるけど・・・。でも、そうするしかないかな。素足で履くのと、汚れた靴下で履くのとを比べて、結局私は素足を選んだ。段差に座って、左足、右足と靴下を脱ぎ、カバンに丸めて入れる。
「北見さん・・・!」
靴下を脱いでしまうと、夕方になって涼しくなった風がそこをなでる。気持ちいい。そのままスニーカーに素足を入れる。初めての素足履き。ダイレクトに感じる靴の感触が、くすぐったくて、でも気持ちいい。
「・・・東戸さん、なんだか視線が怖いよ?」
「・・・ふえ?あー、なんでもない、よ」
どうやらわたしの素足に見とれていたようだけど・・・。あえて何も言わないようにしよう。
帰りのバスはすぐに来た。バスの姿が見えてから走ったせいで、息が上がっている。
「はあ、はあ、まにあったね・・・」
「ふうー、うん、よかった」
空いていたし、暑かったのもあって、わたしたちは一番後ろの長い座席に座った。東戸さんは、座った途端にローファーを脱ぐと、足を前へ伸ばして、足の指をぐにぐに。その様子を見て、わたしもスニーカーを脱いでみた。片足のつま先でもう片方のかかとを押し、一気にかぽっと脱ぐ。もう片方も、脱いだ素足をかかとに押し込んで、そのままかぽっ。脱いだ素足を、バスのクーラーがさわさわと撫でる。蒸れていた素足が一気に冷やされて、とてつもなく気持ちいい。思わず声が出そう・・・。・・・視線を感じて、ふと横を見てみると、東戸さんがキラキラした顔で私の足元を見ていた。
「・・・東戸さん?」
「・・・ふえ?」
もうちょっと聞きたかったけれど、バスは終点の駅前ロータリーへとついてしまった。
「あ、降りなきゃ!」
あわてて靴を履きなおし、お金を払ってバスを降りる。東戸さんはというと、小銭がないらしく、わたわたしている。数分後、わたしと運転手さんの手助けもあって、無事にバスを降りることができた。
「ふう、危なかったあ。ありがとう、北見さん」
「いえいえー」
もうちょっと一緒にいたい気もしたけれど、そろそろ帰らないと門限になってしまう。
「それじゃあ、また会おうね、東戸さん!」
「もうお別れかあ。残念・・・」
「また連絡するね!」
「うん!」
そして別のバスに乗ろうとしたとき、気づいてしまった。東戸さん、ハダシじゃん!!
「東戸さん、靴は?!」
「え?・・・あー、バスの中だ!まってえ!」
幸い、乗っていたバスはまだバス停に止まっていた。わたしもあわてて東戸さんを追う。こんな東戸さんだけど、本当にやっていけてるのかな?近いうちにまた会いたいな。東戸さんにも、彼女の、新しい友達にも。
つづく