踏み出す前に、まずは確認を。
「旅行計画を立てよう。」
そう最初に言い出したのは駿だった。どこに行くのか決めているのかと言うとそうでもないらしいが、とにかく計画は必須らしい。
「それは別に反対しないけどさ、計画なんて立ててどうするんだい?行くあてが無いなら巡る場所も決まってない訳だし。」
「まあ聞け。」
そう言って、彼は一冊の本を取り出した。タイトルは「ガリバー旅行記」。
「・・・これが、どうしたのさ。」
「俺たちがしようとしている旅は大体こんな感じになる。つまり、『下手すりゃ国なんか容易に滅ぼせる奴が色んな世界を歩き回る』・・・それだけ聞いたらどう思う?」
「何やってるんだそいつら、って思う。」
「そう、『何やってるんだそいつら』だ。当然、受け入れる側もそんな歩く核みたいな奴は入国させたくない。」
「あー・・・まあ、確かに。自国にそんな戦略兵器みたいな奴、いくら観光と言えども入れたかないな。」
白黒の髪を揺らし、得心したように頷くイヴ。これでもかつては一国の王として善政を敷いていた経験がある彼女、そこから先の理解は早かった。
「なるほど分かったぞ。つまり、力が露見しないように抑えろって事だ?」
「よく出来ました。」
我が意を得たりと頷く駿。
そう、彼らは並々ならぬ異常とも呼べるほどの能力を保有している。駿は普段から1つの能力に絞っているが、イヴに関しては超弩級の能力が5つ。うっかり使って国を滅ぼしちゃいました、なんて事もやり兼ねない。それは旅に大きく支障をきたすし、最悪の場合は永久凍結の刑もあり得る。よって彼らはその能力を大きく抑え、「少し強い能力者」ぐらいにする必要があるのだ。
「うへえ・・・とすると、私は何にすべきかな・・・」
頬杖をついて思案顔のイヴを横目に、駿はいつもの無表情。こちらはそもそも1つに絞っているので下手に狭める必要はない。しかしそれでも乱用は控えなければいけないが。
「まあ好きなようにしてくれていいけど、しっかり考えて決めろよ。この世界が余程の非常時でもない限りはその1つだけでなんとかするんだからな。」
「う〜〜〜・・・・・・・・・2つじゃ駄目?」
「別にいいけど、それだと弱めのやつ2つな。」
悩む事数分、結局イヴは「重衝」と「超越」の2つに落ち着いた。「重衝」は自分の生み出す衝撃の威力を増減させる能力、「超越」は未だ彼女にも全ては分からない謎多き能力。「重衝」は非常時の戦闘用、「超越」は封印に際して不安が大きいという理由から。
「じゃ、やるよ。」
「痛くしないでね?」
「ちょっとくすぐったいだけだ。」
駿がイヴの胸に片手を押し当てると、彼女の体を不可視の鎖が縛り付けた。その鎖は彼女の体に溶け込んで即座に消え去る。それを確認すると、駿はすぐさま手を離した。よく見ると若干顔が赤い。
「・・・んん、こんなもんか。」
いつもよりも僅かに体が重いような、自由がきかないような感覚。体を捻ったりジャンプしたり、基本的な動作チェックを終えると、駿の方へと向き直る。
「よし、大体の感じは掴めた。」
「じゃ、次は行った先で何をするかだ。宿でゴロゴロしてるだけじゃ行く意味ないしな。」
晴れてパンピーレベルに成り下がったイヴを横目に、駿は言葉を続ける。彼曰く、そもそもこれが無いと旅がグダグダになる、らしい。
「んで、旅行計画っても具体的にはどうするんだ?行く場所も知らないんだろ?」
軽く体を揺らしながら尋ねるイヴ。勝手が違うのか、普段よりも落ち着きがない。
「知らないなら知らないなりに決められる事はある、って事だよ。各世界で最低限何をするか、ぐらいは決めとかなきゃな。」
「なるほど・・・あれか、食事なり観光なり色々?」
「そうそう。」
どこからか手帳とペンを取り出し、さらさらと何かを書き込む駿。イヴが手元を覗き込むと、こう書いてあった。
・その世界の料理を味わう
・その世界の名所等を観光する
・その世界で働く
・その世界のイベントに参加する
「・・・え、働く?」
まさか働くとは思っていなかったイヴ、ここで変な声を上げる。それに対し、駿はデコピンと共に返す。
「そりゃそーだ。働かざるもの食うべからずとはよく言うし、そもそも金もあんまりある訳じゃないからな。金欠なんだよ俺は。」
「ぬぬ・・・生成したりとかは?」
「俺は錬金術師じゃない。」
流石にそれは無理だ。あとそんなことしたら普通に捕まりかねないし。
「だから働く。長期的な仕事になると面倒だから、日当制のバイトが一番いいかな。」
「・・・はぁーい・・・」
少々不満そうだが、金が無くては話にならない。イヴも不承不承頷いた。それを見て駿も満足そうに頷く。
と、大事な事を忘れていたようで慌てて書き加えた。
・なるべく争いは避ける事
「これは・・・文字通り、かい?」
「文字通り。お前とかすぐ手出しそうだからな。」
「うっさい馬鹿。」
即座に腹パンを返す辺り図星らしい。
「・・・うぇ、吐きそう・・・・・・まあ、いいや。下手に揉め事になって目立つと面倒だから、なるべく穏便に済ます事。間違っても喧嘩とか売るなよ?」
「大安売りでも?」
「だから売るなっての。」
こちらはイヴも問題なく受け入れた。ただ下手に目を離すと不安なところはあるが。
「よし、あとは旅行の準備ぐらいか。生活用のセット一式、それに着替え・・・トランク1つに収められる?」
「それぐらいなら余裕さ。」
問題ない、と頷くイヴ。
「じゃ、ぱっぱとやっちゃいましょうか。明日には出たいな。」
「あい分かった。」
翌日。
「どうー?出来たー?」
「大体。」
「大体でいいの?」
「いいんじゃね?」
夜を徹して、と言うわけではないがかなり遅くまで支度していた2人。その後は各々眠り、各自で出られるまで準備を終えていた。
駿のトランクは全面が黒。入れるものがあまり思い当たらなかったのかそんなに大きくなく、力が無い人でも引っ張っていけそうなサイズの物に。
イヴのトランクは片面が白、もう片面が黒。こちらは色々と詰め込んでいるのか駿のそれよりも大きく、また硬い。
「何でお前のトランクそんなに大きいのさ。」
「何でって、レディーは男よりも色々必要なんだぜ?あとはほら、鈍器になるかなって。」
「あー・・・って、ならないから。そんなもん振り回すなよ危ない・・・」
イヴの言葉の前半は納得がいくが、後半は甚だ納得がいかない。しかしそんな事でいちいち揉め事を起こすわけにもいかないので、ここはスルー。あーだこーだ言うのは実際に振り回してからだ。ちょっと遅い気もするが。
そんなこんなで出発の時が来た。長らく拠点にしていた王宮を離れ、いよいよ旅に出る時が来たのだ。
「・・・どう、寂しい?」
「全っ然。むしろ清々するよ。」
「あっそ。」
しんみりするどころか。何でそんなにサバサバしてるんだこの女は。むしろ王宮の方が清々してるかもしれん。
「というか寂しいも何もないだろう、数えるのも億劫なぐらい此処にいてさ。いい加減飽き飽きしてるっての。」
「まーな。どっちかと言えばホームシックになるかもしれんが。」
「なるかなあ・・・?」
そのままトランクを引いて王宮を出た2人。だが、このままでは別世界どころか地上にも出られやしない。
「なぁ、どうやって別世界に行くのさ。ポータルでもあるのかい?」
「今から作る。」
トランクから手を離し、両手を前に突き出す駿。右手はまるで空間に押し当てられているかのようにピンと開かれており、左手はダイヤルを回すように細かく動かされる。
数瞬の後、目の前の空間に穴が突如として開いた。本来なら先の空間がはっきりと見えているはずなのだが、その先はぐにゃぐにゃと不明瞭に歪んでいる。
「・・・おー・・・この先に進めば、晴れて別世界、と。」
「そうそう。俺たちが通ったらちゃんと消すぜ。」
しばらくその穴を見つめていた2人だが、どちらともなく顔を見合わせる。
そして、
「行くか。」
「行こう。」
トランクを引き、未知の世界に通じる穴へと足を踏み入れた。