家族と団欒
「あんらぁ………こりゃまた……んほん、微笑ましい光景ですね」
襖を開け、戻ってきたラニが目を丸くして驚く。
「………すぴー……ぷひゅー」
「………スー………スー……」
「………………………ふん」
不機嫌な表情の魔王。胡座をかいたその膝には魔王へともたれ掛かるティーリカとピリ。
まるで姉妹の様に軽く折り重なって眠る姿にラニは口を押さえてクスクス笑う。
「………おい」
「ひゃっ!?す、すいませんすいません!ま、魔王、様?を笑った訳では――」
どうやら此処からいなかったのはロアから魔王達の事を教えられていたのだろう。
首を軽くラニの方に向けると手に持った湯呑みを差し出す。
「この、お茶とかいうのをもう一つ寄越せ」
「――あ、はい。今注ぎますね?」
ラニがほっとしながら湯呑みを受け取り、急須から澄んだ緑茶を注ぐ。
「ふむ、これは草の汁なのか?」
「えーと、乾した茶葉というモノの上から湯を注ぐんです。草の汁というよりも葉っぱの出汁みたいなものですね」
「よく分からんが……コレは悪くない。このハギという食物もだ。確か美味かった、というのか?」
空になり、ハギを載せていた長葉だけになった皿を見て魔王が微かに笑みを浮かべる。
その姿にラニは思わず魔王の顔をマジマジと見てしまう。
「……………っ!?あっつ!?あつあつっ!?」
そして湯を注ぎ過ぎ、それに慌て湯気の立つお湯に触れて一人もんどり打つ。
「………何をしておるのだ貴様」
怪訝な顔でラニを見る魔王だが、そこでふと思い出す。
「女、こっちへ来い」
「ふぅー、ふぅー……え、な、なんでしょうか?ひひゃぁっ!!?」
真っ赤な指に息を吹き掛けるラニがおずおずと魔王の横に来るとおもむろに手を掴まれ後ずさる。
「面倒だ逃げるな」
「い、イカンでやっ!ウチにはだ、だ、旦那がおるんでにぃ!」
振り解こうと手を振るもがっしりと掴まれ身動きが取れない。
そんなラニを一切無視して掴んだ手を見る魔王が何やら考える。
「ふむ……こうか?――『癒えよ』」
相も変わらず魔王から発せられるのは黒の魔力。だが今回はその範囲がラニの掌を包み込む程度に抑えられていた。
「どうだ?」
「ら、らめぇ………え?」
顔を赤くして目を瞑っていたラニが魔王の顔を見る。
「だから指はどうだと聞いておる」
「ゆび……少しピリピリとした感じが……」
「ふむ、これだと効き目と効率が悪いか。ならばLФkをБoИに変更し、жgVに変換すれば……『癒えよ』」
ブツブツと呟く魔王が再度唱えると今度は黒から灰色の魔力がラニの掌を包む。
「まだ改良出来る箇所もあるが、とりあえずはこんな所か」
手を離し、ラニは自分の掌を見る。
「え、何コレ……手の荒れと指のヒビ割れが綺麗に消えてる。爪も凄いピカピカ……」
「傷を癒すというのは、つまり身体の欠損を補修するという事だろう?ならばその欠損した場所を魔力を変質させて補えばいい。エルフの身体を構成している情報を調べれば造作もないことよ」
饒舌になった魔王の顔は少し誇らしげ。
だがラニには理解が出来ず、ただ手を撫でてその肌触りがかなり良くなっている事に喜んだ。
「あ、ありがとうございます」
「ふん、ただの研究の結果だ。失敗すればその掌、異形に成り果てていたかもしれんぞ?」
黒い笑みを浮かべる魔王にラニは少し引いたがそれでもと言い、頭を下げた。
「……素直じゃないねー?」
「……ん」
「……貴様ら、いつから起きていた」
膝上で寝転び、折り重なったティーリカとピリに魔王は舌打ちをした。
それからティーリカとラニ、ピリが話に花を咲かせ、魔王は庭を見て茶を啜る。
やがて日が暮れ、彩やかな庭を茜の色へと染め上げる。
「戻っただやー」
外からロアの声。次いで足音が響いて襖が開く。
「ラニ、スライムチルバードさ射止めただ。血抜きばし終わっでんし、それ使うて夕餉ば作ってんな?」
「へぇ?また珍きモン取ってきただなー。任せっしなー」
パタパタとロアが仕留めた獲物を調理しに部屋を出ていく。
「っと、ピリ?」
「……ん?」
ロアが魔王の膝でティーリカとゴロゴロする光景を目を丸くして驚いている。
「珍きなぁ……人ば来っどいつん間か消えとるんに……」
「そなのー?なんかいつの間にかボク達の隣にいたよー?」
そりゃまた、とティーリカから告げられた事に更に驚くロア。
少しして香ばしい香りと共にラニが大皿を持って部屋へと入って来る。
「「精霊様方と森の恵みに感謝を……」」
「感謝をー」
「……かんしゃー」
「…………」
丸いテーブルを5人で囲む。
エルフの食への祈りを見てティーリカも真似をする。魔王は大皿の食べ物が気になるのかチラチラと視線が移る
「……ピリ?なんでお前はそこに居るんだ?行儀が悪いだろ、戻りなさい」
ロアが魔王の胡座の中心に座しているピリを怒る。
「……貴様、いつの間に」
「んー!」
「凄いねー、ピリちゃんは将来凄い狩人になれるよ、絶対ー」
またも気付かずに膝へと座るピリに魔王とティーリカも驚く。
「……まぁよい、今はコレを喰らうぞ」
どうせ呪いにより無理に引き離すことは出来ないと悟った魔王は料理へと手を伸ばす。
「って、コラー。手掴み禁止ー。このフォークとスプーンで取って食べるのー」
伸ばした手をティーリカに叩かれ怒られる。
「……何故だ?先のハギは手掴みだっただろうに」
「アレはそういう食べ方なのー。他のはコレを使うのー」
両手にフォークとスプーンを持って魔王へと掲げるティーリカにロア夫妻は笑いを必死に堪えている。
(ふふ、娘に叱られるおっ父さみたい)
(く、くく……い、言ったらいかん!殺されんばしねけんど、あの威圧ばでら怖えんだぞ……くくく)
幼いティーリカが身振り手振りで魔王へと使い方を教え、ソレを魔王が真剣な表情で見ている。
スプーンで蕩けそうな肉を掬い、フォークへと刺すと魔王は誇らしげになる。
「こう、か?……ふん、たわいのない――」
「んーっ、はぐっ。むぐむぐ」
「「ぶふぅっ」」
「あははー、ピリちゃん食いしん坊だねー」
まるでコントの様な出来事にロア夫妻は顔を俯かせて噴き出す。
ティーリカの呑気な声とは反対に魔王の目は剣呑なモノになっている。
「ほう、貴様。我の食物を横からかっさらうとは……」
「んっ」
目から光線でも出そうな魔王の眼光。だがピリにはなんの恐怖も与えられない。
それどころか魔王の眼光に泣いているのかと勘違いしたピリは己の皿から肉を掬って魔王へと差し出した。
「……………ふん、詫びのつもりか?………はぐ」
「あ……」
差し出されたスプーンを頬張り、ピリの手から離れる。
「むぐ……ふむ、これも中々、美味しい、と言ってやろう。このスプーンとやらは、多少硬いが、バキ、ボリ、悪くない」
「魔王ー、スプーンは食べ物じゃないよー?全くー、ピリちゃんコレ使っていーよー?」
「ん……美味しい?」
「真似しちゃダメー」
「「もう……駄目っ」」
ここでとうとうロア夫妻は限界を迎えて爆笑しだしてしまった。
「あー、ふふ。こんなん笑ったのは久々でねぇ」
「魔王殿の殺気ば浴びて泡吹きそうんなっだがな」
食事が終わり、片付けが終わった後の団欒。
何故か魔王がお気に入りになったピリとじゃれつくティーリカを眺めてロア夫妻が語らう。
「魔王、か……確かに力は強大でオレば何百人おっでも絶対敵わん。だが……アレが世界中から恐れられている魔王と一致せんなぁ」
「聖剣の呪い?とか言っとったで、そのせい……っちゅーのも違うんよねぇ」
眺める対象を魔王へと変えてその存在に疑問を感じる。
魔王は目を瞑り、縁側でただ座る。膝で騒ぐティーリカ達等まるで存在していないかのように。
(孤独、かねぇ、あの魔王殿に感じるのは。……そういえばあの魔王殿は何処の魔王なのだろうか)
酒をちびちびと呑み、何処か無性に哀しい気持ちになる魔王の背中をロアはじっと見つめていた。
方言は……適当です(*´•ω•`*)…
とりあえず訛らしたかっただけ……