色彩味わい
「…………信じ難い話ですが……御使い様と里長の言葉を信じる事にします」
難しい顔をして魔王をチラ見するロア。
里長の孫で未来の里長候補として軽く魔王と勇者ティーリカの話を里長から告げられた。
当初魔王の事を恐れ、死を覚悟で里長を守ろうとしたのだがまさかの里長から攻撃を喰らうと言う裏切りを受けた。
「もっしゃもっしゃ」
「………」
「もぐもぐ……ぷふー。美味しーねー、流石大自然ー」
両手に果物を持って咀嚼するティーリカ。
魔王はいつもの様に無愛想に歩き、その先頭をロアが歩く。
今魔王達はエルフの里を見学がてらの散歩をしている。
魔王と勇者であるティーリカは二人共が御使いであると思われている。その為道行く人から果物や鮮やかな羽根や草を編んだ装飾品を渡されている。
ティーリカの様相は観光地にでも行って浮かれた旅行者のようなカラフルな色彩を放ち、魔王は唯一羽飾りだけを胸のポケットに差し込んでいた。
「……おい」
「あっ、は、はい!なんでしょうか?」
魔王の声に肩を震わせ姿勢良く振り返るロアに溜息を吐く。
「……騒がしい。静かな所はないのか?」
魔王は他人から畏怖や敵意、殺気等を向けられる事には慣れていた。そもそもそれ以外のモノを向けられた事が無い。……ティーリカが来るまでは。
故に己に向けられる畏敬、笑顔、善意というモノとどう接すれば良いのかが分からない。
とりあえず屠ろうと考えるもそれは聖剣の呪いにより不可能だと分かった。
だから魔王は静かな所を求めた。……逃げたとも言う。
「あー、賛成ー。お腹いっぱいで眠くなっちゃったー」
「ははは、御使い様は健やかに成長なされそうですね。そうですね……それならば丁度いい所が御座います」
ティーリカの気の抜ける言葉と雰囲気に緊張を拭われたロアは朗らかに笑って進路を変更する。
「………魔王、殿」
「………なんだ」
歩く先は里の奥。切りそろえられた草は少し不揃いになり、緑の匂いが濃く香る。
魔王の頭でうたた寝をし始めたティーリカをロアが一度確認すると魔王へと視線を向けず声を掛けてきた。
「ラニを、妻を助けていただき感謝をする」
「…………なんのことだ?」
急に振り返り頭を下げるロアに魔王は覚えが無いのか少し面食らう。
「貴方に出会った時、木から落ちた女です」
「………あぁ、アレか。気にするな、聖剣の呪いだ。というよりも忘れろ、今すぐにだ!」
「えっ!?いや、それは……いえ、やはりそれは出来ません。恩を忘れるなど恥知らずな事は自分には出来ません。それが何者であろうとも、です」
「落ちた原因は我だぞ?」
「その原因を作ったのはこちらです」
一歩も引かない両者。
自然と魔王の掌がロアの首元へ向かう。これはもう条件反射の様なモノである。
「………ッチ」
だがその手が寸前で止まる。
そして虚を突かれ、寸前まで気づかなかったロアは冷や汗を流した。
「………好きにしろ」
頭を乱雑に掻いてロアを追い越す魔王とその揺れで鼻ちょうちんが割れて目覚める勇者。
ロアは安堵の息を吐いて先に行った魔王へと声をかけた。
「あの、そちらではなく……こちらです」
一度立ち止まり、続いて何事も無かったかのように進路を変えず歩き出す魔王。それをティーリカが空気の読まない進路変更要求を繰り返して魔王は引き返してきた。
なんとも締まらない光景である。
さてさて、再びうたた寝を再開したティーリカ。騒がしいティーリカが眠れば男二人の間を漂うのは静寂。唯一鳥や獣の鳴き声が遠くの方から響くのみ。
確かにここならば魔王の要望にかなった場所である。
「………ここです」
着いたのは樹に組み込まれていない一軒の家。だがそれは樹では無く、森と一体化した家だった。
木組みの壁には蔦が這い、屋根は苔むして家自体が樹にでもなったかの様な佇まい。
「あらあんた、どしたん?ばっ様家ば行ったがないがね?」
丁度その時家の引き戸を開けて顔を出したのはあの時魔王が受け止めた女、ロアの妻であるラニだった。
「んだ。せが、こん人らば里ん中案内しどってよ、少し疲れんばでウチにでと案内しどったで」
「え?……っで!?うひゃぁっ!?や、やんだよもうっ!?ちょ、あんた、ウチば来っなら連絡のひとつばしょっとがー!?あばばっ!?」
何やらいきなり慌てだした女が顔を真っ赤にしてロアへと詰め寄ると魔王へと向き直る。
「え、と……んほん。よ、ようこそいらっしゃいました。何も無い場所ですがゆるりと休んでいただければと思います」
別人の様に口調を変えた女に内心引く魔王だが表情には出さずに無言を貫く。
「御使い様、は良く寝ておられますね……ではこちらへどうぞ。些細ですが自慢の光景が見られますよ」
ロアが家へと入り、その奥にある一室へと案内する。
「良ければこちらをお召し上がりください。ハギという物で食感の面白い食べ物ですよ」
遅れて入ってきたラニが湯気の経つ澄んだ緑の飲み物、そして細長い草の上に乗った4つの緑色で球状の食べ物を出てきた。
「……んぁー?食べ物ー……たべるぅー」
ラニの言葉に反応したティーリカかがもそりと魔王の肩から降りる。
「…………おい、何故我の膝に乗る」
「んー、ちょーどいい高さと背もたれー」
そして皿を持って魔王の膝へと座り直すティーリカに魔王はこめかみを引くつかせた。
「はは、ほんとに親子の……いえ、これは禁句でした。申し訳ない」
「……三度目は無いと――」
ロアが頭をさげ、魔王が言葉を紡ごうとした時、ラニが白く光が透ける襖を引いた。
「―――――――」
魔王の目はそこから見える光景に釘付けになった。
それは色彩。まさに色の彩やかな花が咲き乱れ、額縁の様に聳える木々。葉の隙間から射し込む光と優しく撫でる風。宙を舞う花弁に華やかな、しかしどこか落ち着く香り。
「ほわぁー………」
目を丸くしてきょろきょろと見回しては目を輝かせて感動するティーリカ。
「………………」
惚けたように視線を彩やかな庭から逸らすことが出来ない魔王。
暫し二人がこの光景に見蕩れている。魔王が我に返り気付けばロア夫妻はこの部屋にはいない。
「……………なんだこの子供は」
魔王が視線を下げるといつの間にかティーリカの座る横、魔王のもう片膝に見知らぬ子供が座っていた。
「ほぇ?って……いつの間にー?」
どうやらティーリカも気づかなかったようです軽く驚いている。
「……?」
「いや、我に不思議そうな顔をされても困るのだが」
「……??」
「あははー、ボクにされてもー。キミは誰かなー?ロアさん達の娘ちゃんー?」
「ふんふん。……ピリ」
頷く少女はピリと名乗った。眠たげな目に長く濃い緑に染まった髪。片手に持ったハギをティーリカに差し出した。
「んー?ボクにくれるのー?ありがとうねー」
小さな手がピリの頭を撫でると心地良さそうに目を細めてなされるがままになる。
「か、可愛いぃぃー!」
「ふにゃほにゃ」
まるで子猫の様な仕草にティーリカの心が射止められ、魔王の膝の上でピリに飛びつき撫でくり回す。
「貴様……我の膝は遊技場では無いぞ」
ティーリカの頭を鷲掴み、目の前の庭へ放り投げる……寸前で横へとそっと降ろす。
「……なんだ?」
そんな魔王をジッと見詰めるピリに不機嫌そうに呟くと片手に持ったハギを差し出してきた。
「………ん」
「……いらん。我に食物は不要だ」
「………ん」
「……だからいらん」
「………んっ!」
強情な魔王にピリはハギを魔王の頬に押し付けた。
「貴様……」
「まーまー、別に食べたらしぬってわけじゃないんだし食べてみたらー?」
「ん、ん」
ティーリカの言葉に魔王はピリの持つハギを見る。
「ふん、寄越せ」
「ん」
少しピリの小さい手形の付いたハギを受け取り目の前に持ってくる。
ティーリカの目には何故か魔王が少し怯んでいるように見えた。
そして意を決し、表情を鋭くすると口を大きく開き――
「……………………ちびっ」
「少なーっ!?」
ハギの端っこを数ミリ齧った。
ティーリカのツッコミを無視して魔王は口に含んだ数ミリのハギを味わう。
「……ん、む?………はぐ」
魔王は少し戸惑った表情をすると次は3分の1程齧り、咀嚼する。
「…………なんだ、これは」
驚きの言葉と共にハギを見つめる魔王。
あっという間に残りも平らげ、息を吐く。
「これが……食物だと?前喰らったモノはこんな……」
何やら手を震わせて驚愕する魔王。
「……前になんか食べた事あるのー?」
余りの驚き用にティーリカはつい聞いてしまう。
「……我を討たんとやって来た者達の荷物に食物が入っていた。……ソレを興味本位で喰らった」
「んー?多分ソレは保存の効く携帯食だからそんなに美味しくは無いと思うけど……えとー、干し肉とか黒パンとかだよねー?」
「知らぬ……アレは我の口内を蹂躙し、内部から破壊しようとする禍々しき呪詛よ」
深刻そうな魔王の表情にティーリカは汗を流す。
「な、何を食べたのー?」
「何やら緑と茶。黒と白が混じり、所々が液状と化したモノだ」
「………………………ぅわぁ………」
素でドン引きするティーリカ。
魔王の食べた物。それはきっと倒した者の食料が長い年月で腐り、発酵し、新しい存在となったナニカだった。
「あれ以来、我は食というモノに価値を見い出せん。何故あの様な呪詛を喰らってまで人は生きるのだ?」
「魔王……それはね……ううん、食べ物って人それぞの好みがあるんだよ?多分その人の好みの味だったんだよー………きっと」
ティーリカは心の中で見知らぬ前挑戦者に謝った。
「……そういう物か。これは、むぐ。我の口にむぐむぐ……合うごくん」
ピリが持ってきたと思われるハギの山を途切れること無く魔王の手が伸びる。
ティーリカとピリが視線を合わせて笑い一口齧る。
口内をほんのりとした甘さ、香る独特な草の味。だがエグ味が無く、スッとした清涼感。
「ズズ………ふはぁー、おいしー……」
合間に温かいお茶を啜ると口に残る僅かな甘みと清涼感が無くなり、変わりに身体の内から暖まるような心地良さと落ち着く感覚が込み上げてくる。
チラリと魔王を見ると未だにハギを食べており、このお茶の感覚を知った時の反応が楽しみになる。
「あー、平和だねー」
彩やかな庭を見ながらティーリカはお茶をまた一口啜った。