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中国誤事

中国誤事 呉越争舟

作者: ナカタサン

本来の意味

呉越同舟ごえつどうしゅう:険悪な仲の者同士でもでも同じ災難にあったり利害が一致すれば協力する。

孫子の書物より。

えつは戦争を繰り返すほど仲が悪いが、同じふね(小さなボート,小舟)に乗って強風にあえば遺恨いこんを忘れて助け合うだろうと記してあることから。


それは古代中国での出来事であった。


大勢の弟子たちを前にして孫子そんしは言った。


「かつて呉人ごじん越人えつじん四半世紀しはんせいきほども戦争をしており、憎み合うほど仲が悪い。もしこの険悪な者たちが同じ船に乗り合わせて突風にあい、船が転覆てんぷくしそうになるとこうなるであろう。」


◇ ◇ ◇ ◇


鉛色に濁り生暖かい風が吹く空、水面に立つ鋭い三角波を見た船乗りが顔色を変えて叫びました。


「これはいかん、このままでは大風おおかぜが来る。今ここで皆が団結して協力できなければこの船は沈む。」


この時代の船での移動は命懸いのちがけ、羅針盤らしんばん六分儀ろくぶんぎなどと言う便利なものなど開発されていませんから、嵐にあっては沈み陸を見失っては迷走するような、現代の船に比べてだいぶお粗末な物でした。

運が悪いことにこの船には呉人ごじんの一団と越人えつじんの一団が乗り合わせており、協力してくれなどと言われたところで互いの顔を憎々しげににらみ合うばかり。


「どうか今ばかりは確執かくしつを忘れ、左右の手のように協力してくれ。争いは陸に戻った時にでもできる、ここで争っていては全員が命を失ってしまう。」


そう船乗りたちが懸命けんめいに説得した末にしぶしぶ手伝いにおもむく始末。

穏やかだった風が強くなる中、船乗りたちと協力して呉人ごじんは船のかいを握り、越人えつじんを操作します。

ごう、とひときわ強い風が吹きました。呉人ごじんは荒れ狂う水面の中必死でかいを動かします。

その時を操作していた越人えつじんのうち一人が足をもつれさせ、強く甲板に叩きつけられました。

激しい痛みにうめき声をあげてのたうち回る男に仲間の越人えつじんの一人が駆け寄ります。


「大丈夫かちょう、くそう、骨が折れているかもしれねえ。」


苦しげなうめき声をあげるちょうと呼ばれた男を介抱かいほうしながら越人えつじんが言います。


「間抜けな呉人ごじんどもめ、かいの操作もまともにできないのか。」


その言葉を聞きつけた呉人ごじんが荒々しい口調で言い返しました。


「馬鹿も休み休み言え、そこの青瓢箪あおびょうたんのでくの坊が揺れる船の中で足元も見ずにうろうろしていたのが原因だろう。」


険悪な空気が広がり、呉人ごじん越人えつじん達の作業の手が止まります。途端とたんに揺れを強くする船。


「やめてくれ、このままでは転覆てんぷくしてしまう。

争いだったら陸に着いたらいくらだってやってもらって構わない、だから今だけ、今だけは頼む。」


船乗りの懇願こんがんに忌々しげな表情のまま作業に戻る人々、そこへさらに大きな風が吹きます。

痛みに耐えるように帆柱がみしみしと不吉な音を立て、大波にあおられた船体は大きく傾きました。

その時、かいを操っていた呉人ごじんのうち一人がその大波にさらわれて船の外に流されそうになりました。

呉人ごじん達は恐怖の悲鳴を上げる同胞を必死でつかみ上げ、なんとか流される事を阻止することができました。


よう、危なかったな。越人えつじんの野郎共、さっきのことを逆恨みしてわざと波に向けてを操作したに違いねえ。」


そう広くない船上でのつぶやきは越人えつじんたちの耳にしっかりと届いていました。


「なんだと、言わせておけば。我ら誇り高い越人えつじんは貴様らのような厚顔無恥こうがんむち呉人ごじんと違ってそのような事はせん。」


呉人ごじんにとっても越人えつじんにとっても我慢の限界でした。


「ほう、誇り高い越人えつじんとはな。お前らは戦の時卑劣な奇襲や詭計きけいを使っただろう、我らのように正面から堂々と戦えぬとはあきれるような誇りの高さだな。」

「笑わせるな、真正面から戦うばかりしか能がない呉人ごじんめが。戦略も知らぬ貴様らの野蛮さには反吐へどが出るわ。」


大きく揺れて波飛沫をかぶる甲板の上、争いは次第に大きくなりました。


「貴様のような者が大勢いるからえつは低俗な羽虫はむし共の集まりとあなどられるのだ。先祖にびながらこの荒海に飛び込んでしまえ。」

「我が事はともかく父祖ふそを馬鹿にするのは許せん、貴様の様な口汚い薄鈍うすのろ呉人ごじんなどすぐにさめにしてくれるわ。」


操る者のいないかいは遠くに流され、限界を超えて風にあおられたは裂けて無軌道にはためきます。


「この船はもうもたん、早く小舟に乗れ。」


船乗りが叫ぶも、罵声ばせいを飛ばしながら見苦しくつかみ合い、殴り合いにまで発展した呉人ごじん越人えつじんの耳には届きません。

船乗りやほかの乗客が小舟に乗って遠く離れる中、相争う呉人ごじん越人えつじんを乗せた船はゆっくりと沈んで行きました。


◇ ◇ ◇ ◇


孫子そんしはため息交じりに続ける。


「このように、人間はおろかにも危機的な状況にあってさえ手を取り合うのが難しい。

過去にも後継者を巡って内部で分裂したあげく他国に滅ぼされた国や、国家間の争いで疲弊ひへいしたのちに異民族に滅ぼされた国など数限りない。

それは国という大きな枠組みに限らず、村同士や個人の間ででも同じことだ。

それどころか危機的状況から目をそらし、己の利益や主張を通そうと足の引っ張り合いまでする始末だ。

危機的状況にあってこそ敵でも手を取り合わねばならないというのに、残念なことだ。」



中国誤事

呉越争舟ごえつそうしゅう:危機的な状況にあっても人間は争いをやめられないということ。または危機的状況では争いを忘れて手を取り合わねばならないという教訓。



2017/05/18 本文改定

元の意味の参考文献:語源由来辞典

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