ダンジョンからの脱出 その2
サイクロプスの斜め前、弓矢の届く距離まで近付くことに成功した俺は、ゆっくりと深く深呼吸を繰り返した。
近くまで来て気付いたのだが、何故かサイクロプスは巨大な斧を持っており、情けない話だが俺はそれを見てビビってしまっている。
って言うか、何でモンスターが武器を持ってるんですかね?
しかも鉄製の武器ですよ?
人間の俺ですら手製の………良く言えば素材を活かした武器、悪く言えば金属を一切使用していない粗悪な武器なのに、モンスターは鉄製の巨大な武器っすよ。
ハハハ、乾いた笑い声しか出ませんわ。
この待遇の違いは何? 誰に尋ねる訳でも無いのだが、そんな疑問が俺の脳裏に浮かびます。
ま、まぁ、そんなことに気を取られている場合ではないな。
俺はサイクロプスにバレないようにしながら、巨大な岩の影から身を出し、弓に矢を番えて狙いを定める。
勿論、狙うのはサイクロプスの巨大な一つ目だ。
眼球の大きさは、成人男性の頭ほどはある。
その為、弓術のスキルである熟練度がそこそこ上がっている俺からしたら、良い的でしかない。
まぁ、いざ戦闘が始まった状況では確実に当てられる自信は無いが、まだ戦闘が始まっていない現在においては余裕である。相手は静止してるしね。
と言う訳で、唸れ! ただの尖っただけの矢!
ヒュッと鋭い風切り音を響かせる矢は、あっという間にサイクロプスの目に突き刺さった。
「グォ」
上手い具合に、放った矢はサイクロプスの瞳に直撃した。
しかしサイクロプスからしたら、小さな木屑が目に刺さった程度のダメージだったらしく、少しだけ不愉快そうな呻き声を上げるだけだった。
ならばと、再び矢を番えて放つ。
しかも、今度は相手の反応を見るのは止めて、連続で五本の矢を放った。
「グォ、グォ」
えぇ~………反応薄くない?
幸いサイクロプスは頭が悪いらしく、いまだに此方に気付いていないが、合計六本の矢が目に刺さっているというのに"さっきから何? ちょっとウザいんだど“みたいな反応しかしていない。
俺はあれか? サイクロプスからしたら蚊ですか?
それはそれでムカつくが、俺の存在がバレて襲われては一溜まりもない。
なのでここは冷静に、念の為に別の岩場に移動すると、再び矢を放った。
そんな風に三度ほどサイクロプスにバレないように移動しながら矢を放って、合計二十本を超えたところで流石に俺の存在に気付いたらしく、キョロキョロと視線を周囲に巡らし始めた。
って言うか、マジで馬鹿過ぎてワロエナイ。
頭も馬鹿なら神経も馬鹿なのか?
あんなに矢が目に刺さってるのに、痛がらないって可笑しくない? 普通なら悶絶すると思うんだけど……。
まぁ、それは置いておいて、当初の予定では直ぐに目を潰している筈だったのだが………今はサイクロプスも俺を探しているし、不用意に矢を射るなんてしたら絶対に不味い。
しかしサイクロプスの目を潰さないかぎり、安全に扉まで移動出来ないんだよね。
ここは一か八か、サイクロプスにバレるのを覚悟で矢を射るか?
もしサイクロプスにバレたら、逃げながら矢を放てば良いし………まぁ、命中率は格段に落ちるけど。
それはある意味仕方ないと割りきるか。
良し、ならばもう一度だ! 唸れ、ただの尖っただけの矢!
もうバレるのを覚悟で何度も矢を放つと、やはり幾ら馬鹿なサイクロプスでも気付いたらしく、俺の方へとドスドスと足音を響かせて駆け寄って来た。
とは言え、サイクロプスの動きは遅く、直ぐに近付かれることはない。
そんな訳で、少し矢を放つと数メートル後退し、そしてまた矢を放つという作業を繰り返した。
そうして合計百本ほど放つと、その時にはもう矢が刺さる場所は無くなっていた。
サイクロプスはただただ痛みにもがきながら、鉄製の巨大な斧を右へ左へと振り回しているだけだ。
こうなってしまえば可愛いもので、俺はサイクロプスから大きく迂回して扉へと移動する。
意外と楽に逃げれて良かったよ。あんなモンスターとガチバトルせずに済んで幸運です。
そんな感想を抱きながら、俺は扉のノブを回した………しかし、何故か扉は開かない。
「ちょ、ちょっと、マジで?!」
押しても駄目、引いても駄目。
鍵穴とかは無いのだから、鍵が掛かっている訳ではないだろう。
だが扉は一向に開かない。
嫌な汗が額を流れ、最後には地面へと落ちて行く。
もしかしたら、これはサイクロプスを倒さないと駄目とか?
ゲームでは絶対のルールではある。ボスを無視して先に進むことは許されないのが普通だ。
極希に、ボスを倒さずに先に進めるゲームも存在するが、そんなゲームは希少な部類である。
ということは、つまり………
「あいつを倒せと……? 天然素材の武器しか持っていない俺に、倒せと仰るか……?」
サイクロプスに位置がバレると不味いので叫びはしないが、声を大にして言いたい!
無理過ぎてワロエナイ!!!!
何度か目を狙って放った矢はサイクロプスの胸辺りに直撃した。しかし、その矢は刺さることはなく、ものの見事に硬い皮膚に弾かれているのだ。
そんな化け物を相手にして、俺の持つ武器で倒せる筈が無い。
サイクロプスの体を覆う硬い皮膚にも柔らかい部分とか有るのだろうか?
もしそんな場所が有るのなら、離れた位置から矢で攻撃することも出来るが……。
取り敢えず、色々な場所を狙ってみるべきだろう。
既にサイクロプスの目は潰しているし、不用意に近付かなければ問題ないと思う。挑戦するしかないよね。
扉の先に行くには、多分サイクロプスを倒さないと駄目だろうし。
ブンブンと大きく斧を振り回し、たまに岩に斧が当たれば俺と勘違いして馬鹿みたいに岩を打ち砕いているサイクロプス。
相当ムカついているらしい。
俺は出来るだけ近付かないようにして、サイクロプスの体の色々な場所を狙って矢を放つ。
何度も何度も、それはそれは入念に。
そうやってどれだけの時間が経っただろうか?
もう時間の経過も曖昧になるほど頑張った結果は………
「弱点って無くね?」
そう、悲しくなってくるのだが、サイクロプスの皮膚には柔らかい場所など存在しなかった。
実際、放った矢は一本も刺さってはいない。
俺の体力が消耗しただけですよ。
しかも、サイクロプスは巨大な斧を振り回すのに疲れたのか、地面に腰を下ろして休憩する始末だ。
正直言って、少しムカつく。だが、かと言ってどうしようもない。
そんな状況な訳ですよ。
こんな時に、もし俺が魔法を使えていれば、カッコ良くサイクロプスを丸焼きにでもするんだけど……。
そんな無い物ねだりしても仕方がないのだが、俺は悔し紛れに人差し指をサイクロプスに向けて………
「ファイヤーボール」
ボウっと音を響かせて、俺の指先から野球ボールほどの大きさの炎の塊が飛んで行った。
ファッ!? 内なるエネルギーとやらをいまだに感じてないのに、何故か魔法がでたぞ!?
ファイヤーボールはサイクロプスの背中に命中して、少しだけ爆発したかのように拡散した。
滅茶苦茶ビックリしたぞ。
って言うか、オラにも魔法の才能が有ったんだな!
嬉しいっす!
ただし、サイクロプスには効果が無かったらしいが……。
事実、サイクロプスは背中をボリボリと掻くだけの反応しか見せていない。
「何か、嬉しい反面……クッ、複雑だな」
ま、まぁ、魔法を使えたということは、スキルを取得したということだろう。
ここは素直に喜んでおくか。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【 名 前 】 セイイチロウ=キリュウ
【 年 齢 】 5
【 種 族 】 ハイヒューマン
【 レベル 】 15
【 体 力 】 18
【 魔 力 】 18 (-15)
【 攻撃力 】 18
【 防御力 】 18
【 俊敏性 】 18
ステータスポイント:残り60
【種族スキル】 ステータス操作
【 スキル 】 気配遮断2.5 気配察知2.3
木工2.9 槍術1.9
短刀術1.9 弓術3.5
投擲術3.1
【 魔 法 】 火魔法0.1
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
おお、確かにスキルを取得出来てますよ!
ただし、ファイヤーボール一発で魔力の残りが3になってるけど……。
あんなショボい魔法に魔力を15も消費すんのかよ!
少しショックだが、魔法全書に記載されている情報が確かなら、魔法のスキルの熟練度が上がると魔力消費が減少し、威力は反対に上昇するらしいのだから覚えたてならさっきの威力も頷ける。
ただ………魔法のスキルを取得出来たのは嬉しいが、この状況を引っくり返すことが出来ないのであれば意味が無い。
どうしよう……どうすれば良いの?
もういっそのこと、魔力に残っているポイントを全部注ぎ込んでサイクロプスの目を焼くか?
今のサイクロプスは、無数に刺さった矢のせいで瞼を閉じれなくなってるし、多少の効果は有りそうだけど……。
……待てよ……ちょっと待て。口の中にファイヤーボールを命中させることが出来れば、喉を焼かれたサイクロプスは窒息するんじゃね?
あ……何か、何となくイケそうな気がする。
幸いサイクロプスは、口を馬鹿みたいに開けて呼吸してるし、今は地面に座ってジッとしてる。
はっきり言って、狙いたい放題です。
それでは早速試してみよう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【 名 前 】 セイイチロウ=キリュウ
【 年 齢 】 5
【 種 族 】 ハイヒューマン
【 レベル 】 15
【 体 力 】 18
【 魔 力 】 78 (-15)
【 攻撃力 】 18
【 防御力 】 18
【 俊敏性 】 18
ステータスポイント:残り0
【種族スキル】 ステータス操作
【 スキル 】 気配遮断2.5 気配察知2.3
木工2.9 槍術1.9
短刀術1.9 弓術3.5
投擲術3.1
【 魔 法 】 火魔法0.1
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
はい、ポイントを全部魔力に注ぎ込んでみました。
ではでは、行きまっせぇ!!
俺は足音を立てず摺り足でサイクロプスの正面に回り、ゴフーゴフーと呼吸している口目掛けて人差し指を向けた。
そして………
「ファイヤーボール!」
俺の指先から勢い良く火球が飛んで行き、それは見事にサイクロプスの口の中に吸い込まれて行った。
そして、その途端に苦しみながら手足をバタつかせる巨人。
俺はその反応を、笑みを浮かべながら眺め、サイクロプスの動きが静かになると、再びファイヤーボールを放った。
それを合計四回、魔力が枯渇するまで行う。
するとサイクロプスは、地面に座るのもキツくなったらしく、横になって悶絶している。
ウハハハ! 見たか! この大魔導師の実力を!
これぞ虫の息、と言った感じで横たわるサイクロプスを見て、俺は既に勝利を確信した。
だが待てども待てども、サイクロプスは消えない。
今まで何度かモンスターを倒したが、全員死んだら消えていた。例外は無い。
と言うことは、目の前のサイクロプスはまだ生きているのだろう。
頑丈な奴だよね。ここまで頑丈なら、馬鹿だと知っていても感心するよ。
もう魔力は無いし、仕留める方法が無いんだけど……。
いや、有るには有るのだが、それには接近しないといけない。
まぁ、その方法は手製の槍で眼球から脳を目掛けて突き入れるだけなんだけど。
でももしサイクロプスが反抗してきたら、そう思うと怖くて近付けない。
だけどこのままにしておいたら、最悪回復するかも知れないし………。
仕方ない、槍でバッと指してサッと逃げる。それしかないでしょう。
ってことで、俺はポーチに弓をしまい、代わりに槍を取り出す。
そして、ソロリソロリと近付き………
「死ね! そして、戦略的撤退!」
どうだ? 死んだか?
槍を突き刺した感触に気味が悪いものを感じつつ、俺はサイクロプスをジッと見詰めた。
しかしサイクロプスは消えない。
まだ生きているらしい。
その証拠に、良く見てみればサイクロプスの腹部が膨らんだり萎んだりしていた。
マジで頑丈な奴だよね。つうか、頑丈過ぎだよ。
仕方がないので、俺はまたもソロリソロリと近付き………
「死ね、死ね! そして、戦略的撤退!」
今度は二回突き刺してやったぜ!
しかししかし、奴はいまだに生きているらしい。
ならばと、またも同じことを繰り返す俺。
何か度胸試ししているみたいだなぁ、とか考えるほど余裕を持ってやってました。
そんな作業を三十分ほどしていると、漸くサイクロプスの体は消え失せた。
そして残されたのは、巨大な目玉が一つ。
「……キモいわ。……正直言って、いらない」
リンゴ擬きと同じくらいの大きさの眼球を"ヤッター、これ欲しかったんだよね!“とか言いながら大事そうに持って行く奴とか居るのだろうか?
本には錬金術の素材として使用するとか書いてあったけど………いや、一応持って行くべきか。
俺は一文無しだしね。もしかしたら売れるかも知れない。
そんなことを考えながら、俺はサイクロプスの眼球をポーチにしまった。
そしてこの意味不明の部屋に有る唯一の扉に手を掛け、勢い良く開いた。