長い一夜 その3
縛り上げた後、男は一応の回復はした。
しかし、ここからが問題である。
気絶して縛り上げられた男が一人、首を切り落とされた男が一人。
この状況をどう説明すれば良いのだろうか?
この現場を見た人間は、絶対俺が悪人だと思うだろうし、黒矢のメンバーに至ってはまず間違いなく俺が悪人だと決めつけ捕縛するに決まっている。
(……うむ、ヤバいな!)
俺の説明を聞いてくれるかどうか分からんけど、だからと言って死体を隠すとかするのはもっと駄目だろうな。
そんなことをしていたら、余計話がこんがらがってくることになるのは間違いない。
故に、真実を話すべきである。
(まぁ、信じて貰えなかったとしても、一日か二日の間だけ拘束されるだけで済むかも知れないし、やはり素直に話すべきだと思うな)
となれば、取り敢えずはコイツの持ち物検査でもしておくか。
瞬間移動? それとも転移? 何て呼べば良いのかは不明であるが、とにかくあんなマジックアイテムがまだあるかも知れない。
ということで、縛り上げた男の懐などを探ってみるものの、あの宝石のようなマジックアイテムは無かった。
念の為にもう一人の男も探ったが、そちらも同様である。
多分、高価そうな品物だから一つしか持ってなかったのかもね。
ともあれ、そんな風に一人で納得していると、正門の向こう側………つまり、町の外から狼の遠吠えが響き渡る。
それも一体や二体といった少数ではなく、おそらく数十体は居るんじゃないかと思われるほどの大合唱だ。
「うわぁ……何でこんなに都合の悪い時に来るんだよ」
俺は縛り上げた男を空き家だと思われる建物内に投げ入れると、外壁の上へと登った。
そして外の光景をその目にして、俺は絶句してしまう。
何故なら、ワーウルフの一団の数が数十体規模ではなく、千体に届くかと思えるほどの規模だったからだ。
「ヤバ! 俺一人じゃ対処出来んぞ!」
ことここにきて、昨日と同様の場所に陣取っていた時にワーウルフが襲って来る数が少なかった理由に気付かされた。
多分、魔法使いである俺を西の外壁上で留める為だけに、少ない数のみで定期的に襲撃していたのだろう。
そして、俺をそこに留めている間に、正門から一気に襲う手筈になってたのだと察せられる。
モンスターと言えども、上位種が現れると人間並みに知恵がまわるらしい。
しかし、ワーウルフ達にとって誤算だったのは、町の中でのゴタゴタで俺が西の外壁上に居ないことだ。
そして、この正門に居るということ。
だが、それにしたって俺が一人で対処出来る数を容易にオーバーしている。
「ヤッベェ………どうする!?」
敵の策略が判明したところで、打開策がなければ何の意味もない。
俺はアタフタしながら視線を右往左往させて思案する。
しかし当然、この場の打開策など出てこない。
故に、取り敢えず冒険者達の誰かが気付いてくれるのを期待して、俺は月の浮かぶ空に向かって巨大なファイアーボールを打ち上げた。
すると、俺のファイアーボールが試合開始の合図かのように、ワーウルフの一団がゆっくりと此方に向かって駆け出した。
「ちげぇよ! 挑発でも試合開始の合図でもねぇよ!
ストップ!! 止まれ!! お座り!! 伏せ!! チンチン!!」
絶叫しながら先頭のワーウルフに声を掛けるが、当然そんな指示など通じる訳がない。
徐々に足取りが早くなるのを感じ、俺は苦し紛れに蛇炎縄を放つ。
新作の魔法ではあるが、昨日は大活躍した魔法である。
とは言え、昨日の一団とは打って変わって、蛇炎縄を見ても動揺など微塵も見せず、むしろ先ほどよりも更に此方に向かって来る速度が増したように見えた。
「……最悪だよ」
もう目の前の光景は………絶望。
その一言に尽きる。
だが、俺が呆然としていては、リュカの町に暮らす人々が無数のワーウルフに蹂躙されることになってしまう。
それこそが本当の絶望だ。
故に、俺はマナポーションを取り出すと、一気に飲み干す。
そして、もう一度蛇炎縄を放った。
先ほど放った蛇炎縄が暴れ狂う中に、もう一つの蛇炎縄が暴れ狂う。
周囲にはワーウルフの断末魔や肉の焼ける嫌な匂いが漂い、まるで地獄の様相だ。
俺はそんな光景に怯むこともせず、再びウエストポーチからマナポーションを取り出し、一気に飲み干す。
そして空になったガラス瓶を、ワーウルフの群れに向かって投げつけ、叫ぶ。
「どんどん掛かって来いやぁぁああああ!!」
既に先頭にいたワーウルフは、正門に辿り着いており、爪や牙を立てて破壊しようと試みている。
「ヤらせるかボケがぁぁああ!!」
再び叫びながら、俺は棒手裏剣を投げつけた。
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!!
そうやって無心で投擲し続けていると、ワーウルフの死体が正門前に積み重なっていき、自然に肉の壁を形成していく。
俺はそれを幸いに、その肉の壁に向かってウエストポーチから取り出したワインを投げつけ、ファイアーボールを放った。
その瞬間、ゴウッと音を轟かせ肉の壁は炎の壁へと変化する。
「こっから先に行けると思うな!!!」
俺は絶叫しながら三度目の蛇炎縄を放ち、これまた三本目のマナポーションを飲み干す。
そして、また棒手裏剣での攻撃を開始した。
鉄の尖った棒。
ただそれだけではあるが、投擲術の熟練度が5を超えている現在では、その鉄の尖った棒は容易く他者の命を刈り取る凶器へとなっている。
故に、俺が外壁上から連続で投げれば、それは雨の如く降り注ぐ小さな死神だ。
ワーウルフ達は、その小さな死神の群れを前にして、初めて動揺したかのような仕草を見せた。
「俺の脳味噌に! 俺の心に! 大きな火を点けといて今さらビビってんじゃねぇぞ!!!」
炎の壁の灯りに照らされたワーウルフ達の表情は、しっかりと見えた。
俺に恐れを抱き、尻尾を丸めている。
だが、もう遅い。遅すぎた。
騎士と戦っていた時と同様に…………否! それ以上に、今の俺の脳味噌は多量のアドレナリンを分泌している。
頭がカッカすると同時に、周囲の音が消えたかのように冷静に集中することが出来ていた。
俺は弓を取り出し、矢を番え、尻尾を丸めているワーウルフの頭部に目掛け放つ。
無論、一体だけではない。
目につく無数のワーウルフの頭部目掛けて放ち続けるのだ。
そうやって、どれだけの時間が経ったのだろう?
もう、俺のウエストポーチに収納していた矢は、底を突いていた。
「クソッ、棒手裏剣も矢も無くなったか」
倒したワーウルフの数は、三百から三百五十体ほどにはなる。
しかし、それでも依然として七百体近いワーウルフは健在だ。
今までは多量に分泌されたアドレナリンのお陰で自身に発破を掛けていられたが、遠距離武器が無くなったという現実が理解出来た途端、目の前の群れの数に恐怖が甦ってくる。
尋常ではない数………確かに外壁上は安全地帯と言えるが、それでも数の圧力には素直に恐怖を抱くものだ。
それは誰もがそうであるように、例外など存在しないと言える。
俺はそんな恐怖を前に、もう一度自身に発破を掛けるべく、大きく叫ぶ。
「千体でも二千体でも、全部蹴散らしてやる!!
掛かって来いやぁぁああああ!!!」
そんな俺の前に、ワーウルフであってワーウルフではない、一際巨大なモンスターが姿を現した。
そのワーウルフは、通常の個体の倍の大きさで、全長四メートルを超えている。
圧倒的存在感。
それは、この世界に来た当初に見た青い肌をした巨人………今でこそ、そのモンスターの名前は知っているが、そのモンスターと同じくらいの存在感を放っている。
そのモンスターの名は、オーガ。
討伐ランクがCに指定されている強力なモンスターである。
そんなオーガと同様の存在感を放つワーウルフは、おそらく上位種なのだと察せられた。
「……な、何なんだよ。次から次に……この町に来てから良いことなんて一つもないな」
むしろ最悪なことのオンパレードである。
ダンジョンが存在する森に巣を作るモンスター、イチャモンつけてくる冒険者、町の………いや、ブロリーさんの持つ利権を毟り取ろうと狙う者達、そんな諸々に悉く巻き込まれた。
リュカの町ってのは、俺には鬼門なのかも知れない。
「はははは……は、はは」
乾いた笑い声しか出ない。
と、そんな俺の背後から、何者かの声が響いてきた。
「何でこんなに明々としてるんだい!?」
俺がその声の主を確かめようと背後に顔を向けると、そこにはビキニアーマーと言っても過言ではない装備を身に付けた女性が立っていた。
しかも、一人ではない。
彼女が率いるパーティーも一緒だ。
「ジェノバさん! 三百体から四百体は倒したが、残存している敵の数は七百以上だ!
しかも、ワーウルフの上位種が現れた!」
俺が外壁上から下に居るジェノバさんに向かって叫ぶように現状を伝えると、ジェノバさんは十人のパーティーメンバーと共に外壁上に登る。
そして町の外の光景を見て、重苦しそうに口を開いた。
「これは…いったい何が起きたってんだい。
チッ……ナナル! ここで食い止めるよ!!」
「はい! 全員攻撃を開始せよ!!」
ジェノバさん率いる黒矢のパーティーは、指示が出されるなり直ぐに矢を放ち始めた。
その所作、そして放たれた矢の軌道から、彼女達全員の弓術の熟練度が判断出来る。
おそらく、全員が全員、熟練度4は超えているだろう。
そして当然、そんな彼女達を率いるジェノバさんの弓術は凄まじく………いや、それだけじゃなく、弓自体も凄まじい。
木製ではなく鉄製の弓を使っているのだ。
俺でも鉄製の弓を引くことは出来るだろうが、正確に狙いを付けるのは難しいと思える。
だが、ジェノバさんは確実にワーウルフの頭部へと命中させていた。
しかも、俺では絶対に届かない場所のワーウルフを、だ。
(……良し! これならイケる!!)
勝ちの目が見えてきたことに高揚しながら、俺も彼女達の攻撃に加わる。
無論、遠距離武器が無くなったからには、魔力を使用する魔法での攻撃だ。
放つ魔法は、今日三度も放った魔法。
「これでも食らってろ! 暴れ狂え、蛇炎縄!!」




