長い一夜
俺を睨み付けたまま、ジェノバさんは集合した冒険者達に昨日と同様の指示を飛ばす。
勿論、俺を睨み付けたままの状態なので、冒険者達は居た堪れないような感じだ。
ま、それは俺が一番そうですけどね!
そしてジェノバさんが指示を出し終えるなり、冒険者達は昨日と同じ場所に移動し始めた。
俺もその流れに乗るように………って言うか、その場から逃れるように外壁に登り、昨日と同じ場所に移動していくのだが、何故かジェノバさんとナナルさんは俺の後ろをついてくる。
しかも、此方に話し掛けてくる訳でもなく、女同士で喋る訳でもなく、ひたすら無言でついてくるのだ。
はっきり言ってプレッシャーが物凄い。
(うわぁ………マジで鬱陶しいわぁ)
これは絶対決闘になる流れじゃないかと心配しつつ、俺は無言でついてくる二人を気にしないように努めながら歩を進めた。
そうして十分ほどで昨日と同じ場所に辿り着くと、松明を立てて火を点ける。
そして腰を下ろし、気配察知のスキルを頼りに警戒を始めた。
そんな俺を無言で見つめる二つの視線を、やはり俺は無視し続ける………しかない。
だってそうでしょう?
ガチンコでやり合ったら確実に負けるんだから、無視するしかないじゃん。
で、気まずい雰囲気のまま二時間ほどすると、偵察の為なのか、はたまたハグレなのか、その判断は俺にはつかないが、ともかくワーウルフが二体近付く気配を感知した。
となれば当然、俺は昨日と同様に弓を構え、次いで矢を番える。
そしてワーウルフが弓の間合いに入るなり、躊躇なく矢を放った。
月明かりのお陰で見通しも良かったので、一体につき五本の矢で仕留めことが出来た俺は、再び気配察知のスキルを頼りに警戒を始める。
その間、二人の同行者は無言であった。
(何が狙いなのか不明だから、それが余計に不気味だな)
一番近くに警戒しければならない二人が居ることにゲンナリしていると、またもワーウルフの気配を感知した。
どうやら昨日より襲ってくる感覚が短い気がする。
おそらく、魔法使いの俺を警戒しているのかも知れない。
しかし、それならもっと沢山のワーウルフで襲ってきた方が効果的だと思われるのだが、何故かさっきと同様に二体という少なさであった。
これもやはり俺には判断つかないが、ワーウルフ特有の作戦があったりするのかもね。
ま、それはともかく、先の二体と同様に弓で片付ける。
すると、突如背後から"違う!“と叫び声が上がった。
それに反応して後ろを向くと………
「魔法を使え! オレがみたいのは、テメェの魔法だ!」
何なんでしょう?
たかが二体相手に魔法を使えと仰るが、魔力は無限ではないし、昨日みたいに大量に襲われる可能性もあるので、俺としては魔力は温存しておきたい。
それ故、訳の分からん理由では魔法など使う気にはならないのだ。
それをそのまま口にすれば、昨日と同様に口喧嘩になるのは明白なので、俺は無言でジェノバさんから視線を外した。
だが、それが気に入らないようで、ナナルさんが俺の肩に手を掛け無理矢理に背後に体を向けさせられる。
となれば当然、俺は彼女達二人と視線が合うことになる訳で………
「何? 今は仕事中ですけど?」
「リーダーが魔法を使えと言っている!」
「はぁぁぁ……魔力を無駄に使えと?」
「昨日はアレだけ倒していたんだから、問題ない筈!」
「あのね、アレだって大変だったんだよ。二百体が一斉に襲って来たんだよ? 当然俺の魔力は枯渇したに決まってるでしょ?」
「二体や三体なら問題ないでしょう!」
「その直後に、二百体以上の一団で襲われたら? もしその時に、魔力が魔法一発分不足していたら?
俺はそんなギャンブルをするつもりはないよ」
「クッ………ああ言えばこう言う!」
我が儘姫かよ!
俺は一つも間違ったことは言ってないつもりだ。
だってどう考えても正論でしょう?
なのにも関わらず、目の前の女性二人は………いや、ナナルさんと違ってジェノバさんは冷静そうだが、ナナルさんはプルプルと震えながら納得いってない様子で尚も口を開く。
「その一発分くらい、私が補います!」
マジで面倒臭い!
この一言に尽きる!
と言う訳で、彼女達に睨まれながらワーウルフの気配を感知したので、俺は再び町の外へと視線を向け、ご希望通りに魔法を発動させた。
襲って来たのは三体の為、俺は三つのファイアーボールを放つ。
当然ワーウルフでは防ぐ方法などないので、三発のファイアーボールは見事に命中し、ワーウルフの体を燃やしていく。
そしてワーウルフが死んだのを確認した俺は、これで満足しただろうと考えながら背後に居る二人に視線を向けた。
ナナルさんは素直に驚いていたが、しかしジェノバさんは険しい顔つきで俺に視線を向けてくる。
(魔法見せたじゃん! 何が不満なんだよ!)
俺にどうしろっちゅうの!?
最早笑えてくるほどに理不尽過ぎる。
俺がこの世の不条理について考えていると、ジェノバさんが険しい顔つきのまま口を開いた。
「昨日は、その魔法のみでアレだけのワーウルフを倒したのかい?」
「あ~、昨日は新しく考案した魔法も使ったね」
「……それじゃあ、その魔法を見せな」
「嫌だよ。新作の魔法は、俺の魔力の約二分の一を消費するのに、そんな安易に使える訳がないじゃん」
当然の結論を伝えると、ジェノバさんは舌打ちして正門の方へと歩きだした。
「リーダー?!」
ジェノバさんが突然移動し始めたので、ナナルさんは戸惑いながら背中を追って行く。
俺はそんな二人を見ながら、漸く鬱陶しいのが消えたことに安堵した。
と、その瞬間、外壁の中………つまり、町中の方に、深夜だと言うのにも関わらず、ちょこまかと忙しなく動きまわる不審な人影を見付けた。
まぁ、不審な人影と言っても町の住人という可能性もあるのだが、妙に背後を気にしていたりするのが変に感じたのだ。
(何だかキナ臭いよな)
キナ臭いと感じるのは、昼間に錬金術ギルドの店員に噂を聞いたからである。
なので、実は殺人犯の捜索の為に警備兵が巡回しているという可能性も充分にあった。
しかし、どうも妙な胸騒ぎを感じた俺は、ジッとその人影を見つめ続けた。
すると、なんとその怪しい人物は驚愕の行動をし始める。
その行動とは、住居に火を点け始めたのだ。
しかも、それとタイミングを同じに、あちこちから火の手が上がりだした。
と言うことは、つまり複数人での放火ということになる。
何故こんなことをするのか分からんが、取り敢えず火を消さねばならない。
今は遠くまで行ってしまったジェノバさんを呼びに行く暇がないので、俺は一人、外壁から飛び降りて火を消しに行く。
町中では月明かりが届かない場所がある為、俺は何度も足をぶつけながら必死に駆け抜けた。
それも当然である。
何せ、火の手が大きくなる前に消し止めなければ、沢山の人が火事の犠牲になるのだから、焦りもするというものだ。
そうして、先ほど怪しい人物が火を点けた場所に着くと、水属性の魔法を駆使して燃えていた箇所にウォーターボールを撃ちまくる。
その結果、何とか被害を最小限に食い止めることに成功した俺は、次の火の手へと駆け出す。
しかし、外壁から見たのは一瞬だったので、正確な場所が分からず右往左往してしまう。
「ヤベェ……どっちだった!?」
焦りながら視線を右に左に忙しなく向けていると、先ほど火を点けていた男を見つけた。
(どうする? 火の手の方も心配だし、あの放火犯も放っておけないし)
こんな状況は初めてなので、俺は直ぐに決断を下せず、その場に立ち竦む。
だが幸運なことに、町中がガヤガヤとし始めたことで俺の中で結論を出すことが出来た。
(良し! 人が起きたのなら、火の対処も問題ないだろう!)
となれば、俺は放火犯を追うべきだろう。
この火事が事故ではなく放火犯の手による犯行だと知っているのは俺だけなので、ここは放火犯を追跡するのが正しい判断だと思われるからだ。
それ故、あちこちで火を点けた仲間と合流するのだろうと考えた俺は、直ぐに捕らえず放火犯から一定の距離を取って追って行く。
放火犯は人を避けて薄暗い道を走るので、物に足をぶつけたりしないよう注意しつつ、それでいて放火犯に追跡を悟られぬように走り続ける。
そうして一キロほど移動していると、気付けば正門まで来ていた。
そしてその正門には、放火犯の仲間と思われる男が二人居る。
正門に陣取っていた筈の冒険者達は、火を消す為に持ち場を離れているようだった。
その為、この正門前に居る人間は、俺を含めた放火犯四人だけ。
俺一人で三人の放火犯を相手に立ち回るのは悪手だろう。
放火犯の実力が不明なので、それは正しい判断だと思える。
なので、俺は建物の影で放火犯達の会話を盗み聞きするのに注視した。
「作戦は上手くいったようだな」
「あぁ、上手い具合に冒険者達は正門から離れてくれた」
「あとは、正門を開き………工作して閉じれなくすれば完了だ」
「さぁ、さっさと終わらせよう」
「そうだな。プライス伯爵も相当苛立っているという報告も受けているしな」
「面倒な奴だ……だいたい、我らは公爵様に仕える騎士だというのに、何故伯爵風情に命令されなければならんのだ。実に不愉快でしょうがない」
「違いない。しかし、それも今日までだ」
「あぁ、明日からは再び騎士としての仕事が待っているのだしな」
何か分からんが、かなり重要なことをペラペラと喋る放火犯………もとい、騎士達。
プライス伯爵ってのは、ブロリーさんの親父さんを毒殺した貴族だった筈だ。
で、彼ら三人の騎士は、普段は公爵に仕えているようだが、何故かプライス伯爵に命令されて、ブロリーさんが統治している港町を破壊工作しようとしているのだと察せられる。
ただし、公爵より下の地位である伯爵が、何でその上の地位にいる家臣に命令出来るのかは不明だし、彼ら三人が破壊工作するのに都合よくワーウルフが異常発生したのかも不明だ…………いや、異常発生した際に、これ幸いと破壊工作をすることにしたのかな?
ともあれ、正門を閉じれなくなればワーウルフが際限なく町中へと入ってくることになるので、それだけは阻止しなくてはならない。
当初は実力が不明だったので暫く見ているつもりだったが、幸い、奴ら三人は見ていてあまり実力の高い者達ではないと思われるので、ここは押せ押せでいこうと思う。
何せ、俺が近くに居るのに全く気付かないくらいの奴らだから、多分実力的には俺が上なのだろう。
巨大な閂を外そうとし始めた三人の背後から、俺は短剣術を駆使して襲い掛かった。




