ランクGのダンジョン その2
ワイルドターキーのみが出現する一階層をクリアした俺は、二階層へと足を踏み入れた。
ちなみに、ボスは五階層にしか居ないそうで、その他の階層にはボス部屋なんて存在しない。
まぁ、初心者用のダンジョンが特別仕様になっているだけで、他のダンジョンでは一階層ごとにボスが居るなんてことはないらしい。
それもこれも、あの初心者用のダンジョンを制作した神の趣味嗜好なのだろう。
多分、出来るだけ冒険者が死なないように、尚且つ色々なパターンで戦闘訓練出来るように作った結果なのだと思う。
ともあれ、この二階層へと足を踏み入れた俺だが、少しガッカリ………と言うより、期待外れ感一杯、って感じに苛まれています。
何故なら、二階層に出現するモンスターが、クリポーと呼ばれる素早い毛玉のようなモンスターであり、その素早さで逃げ続けるだけだからだ。
此方に攻撃してくることなど一切ありません。
いや、たまに体当たりしてくる時もあるが、体長十センチくらいなので其ほど痛くもないし、怖くもないのだ。
それ故、素早いので少し倒すのに手こずるものの、脅威など感じることもなく楽に進むことが出来ている。
「もしかしたら、このダンジョンも初心者用のダンジョンなんじゃないか? 寧ろ、ブリッツの初心者用のダンジョンより、こっちのダンジョンの方が危険度も少ないし、練習には最適な気がする」
そうとしか思えないだろう。
ただし、初心者にはワイルドターキーもクリポーも倒すのは難しすぎるかもな。
何せ、ワイルドターキーは風の鎧があるし、クリポーは異常なほどに素早いからだ。
もしかしたら、それを考慮してのランクGなのかも知れない。
俺は何か納得出来たような納得出来ないような心持ちで三階層へと続く階段を見つけると、一旦地上へと戻った。
ダンジョン内に入った時の時間がだいたい昼過ぎだったので、そろそろ夕方だと思ったからだ。
流石にダンジョン内で夜を過ごすつもりはない。
そんなこんなで外へと出た俺に、入る時もいたデ・ニーロが声を掛けてきた。
「よう。キリュウ、だったか?」
「ども。キリュウで合ってますよ」
「どうだ? 素材は手に入ったか?」
「一個もアイテムを落としませんでしたね」
「へ~、じゃあ中のモンスターを倒せる実力はあったのか」
「は?」
入る時は興味無さげだったが、俺がモンスターを倒したことを知ると興味を持ったようだった。
そんなデ・ニーロであるが、彼の言ってる意味が俺には分からなかった。
確かに中のモンスターは面倒な奴らではあった。
しかし攻撃力は皆無だし、何の驚異も無かったように思う。
少なくとも、二階層まではそうだった。
そう俺が思っていると、意味ありげな笑みを浮かべたデ・ニーロが口を開いた。
「へっへっへ。実はな、このダンジョンのモンスターには攻撃してくる奴なんて居ないんだよ」
「は? でも、ここはランクGのダンジョンですよね?
ブリッツにある初心者用のダンジョンでも、ハイゴブリンとかハイコボルトが出てきて攻撃してきましたよ。
それを考えると何でここのダンジョンがランク指定されていて、初心者用のダンジョンがランク指定されてないのか疑問なんですけど」
「へっへっへ、理由は単純明快。倒すのが難しいからさ。ゴブリンとかコボルトなら、どんな馬鹿でも攻撃を当てるのは簡単だ。まぁ、確実に倒せるかどうかはそいつ次第だがな。
それはさておき、このダンジョンのモンスターは、攻撃を当てること自体が難しいんだよ。実際そうだったろ?」
確かに難しいと言える。
俺はレベルが低いしステータス値も低いから、尚更難しかったと思う。
だが、熟練度は必死に努力して高いので、苦労はしたが攻撃を当てること自体は出来た。
あぁ、つまりそういうことか。
デ・ニーロの言いたいことが理解出来た。
「ようするに、このダンジョンはレベルやステータス値が高くても、熟練度が低かったら通用しないダンジョンってことですか?」
「そう、その通り! 若いのに大したもんだ。良く分かったな!」
この世界の人は、スキルの秘匿に念入りだ。
しかしその一方、スキルの熟練度を上げることにはそれほど頓着しない傾向がある。
むしろ、レベルやステータス値は非常に気にするし、自慢してたりするのだ。
そういった人達が多いので、自然と熟練度は蔑ろにされがちだったりする。
それを考えると、ますますこのダンジョンには冒険者が寄り付かないような気がするよ。
スキルを十全に使えるようになる絶好の訓練場所と思えるのに、実に勿体無いよなぁ。
まぁ、そう考えるのは、俺がステータス値の伸びが悪いからなんだけどね。
グリモワールさんが教えてくれなければ、もしかしたらレベルを過信してアホな死に様を晒してたかも知れない。
マジでグリモワール様々ですよ。
「他の冒険者は、熟練度なんて気にする奴が少ねぇから、此処に来る奴は全員通用せずに直ぐに帰るんだぜ。
その点、キリュウは見所があるな。良し! このダンジョンを詳しく教えてやるから、飲み屋に行くぞ!」
言いきるなり、俺の肩を掴んだデ・ニーロに無理矢理飲み屋まで連行される。
まぁ、少し酒を飲みたかったから良いんだけど、デ・ニーロは仕事を放棄して大丈夫なのか?
この人は、何時か冒険者ギルドを首になりそうな気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
飲み屋でデニーロさんに色々詳しく教えて貰った。
意外に役立つ情報が多くて、感謝感激です。
ちなみに、デ・ニーロって勝手に呼んでたけど、名前はデニーロさんらしい。メッチャ惜しい! ニアピンですよ!
ともあれ、飲み屋でベロベロになったデニーロさんを家に送り届け、そのまま俺も泊まらせて貰った。
お金は充分にあったので宿代とかは別に気にしていなかったのだが、デニーロさんが泊まっていけと言うので厄介になることにしたのだ。
まぁ、独り身らしいので、かなり部屋が散らかっていたので深夜まで掃除するはめになったのは余談である。
……まさか、それを狙って泊まっていけと言ったのかも?
ま、まぁそれはさておき、翌日の今日俺は朝食をデニーロさんと共に摂って一緒にダンジョン前まで行く。
で、その後は"頑張ってこいよ!“という激励を背に、俺はダンジョンに挑戦することになった。
とは言え、一階層と二階層は昨日の一日で慣れてしまったし、さっさと三階層に進むことにする。
無論、遭遇したモンスターは殲滅するのは当然だ。
そうして無事……と言うか、三階層まで当たり前のように来た俺を出迎えたのが、一メートルほどのヤモリである。
このモンスターの名称はシンゲッコーと呼ばれていて、三メートルも伸びる舌で舐めてくるのがウザいモンスターらしい。
そう、攻撃は舐めてくるだけだ。
しかし唾液には麻痺させる効果があるらしく、麻痺すると一時間ほどは動けなくなってしまう。
まぁ、だからと言って、麻痺させた後に何か致命的な攻撃をしてくる訳ではなく、馬鹿にしたかのように尻尾を振ってピチピチと叩いて逃げて行くらしい。
デニーロさん曰く、盾術の熟練度上昇には最適なモンスターだと言っていた。
だが、盾術のスキルを持ってない俺からしたら、ただウザいだけのモンスターである。
ちなみに、舌で舐めてくる時のスピードは素早く、ランクBの冒険者でも苦労するほどだそうだ。
そんな訳で、俺がシンゲッコーの舌を避けることなど出来ないので、弓で簡単に処理していく。
はっきり言って、近寄らなければ問題にすらならないモンスターだ。
弓や投擲、あるいは魔法使いではない者は苦労するだろう。
まぁ、俺は弓や投擲、勿論魔法も使えるので余裕ですね。
「この階層も問題ナッシング!」
シンゲッコーを見掛けたら直ぐに矢を放ちながら、俺は着々とダンジョンを進んで行く。
そうして進んでいると、四階層へと続く階段を見つけた。
殆ど疲れてもいないので、軽やかな足取りで階段を下りていくと、これまでとは違った光景が目の前に広がっていた。
「うひゃ~、まるで川だな」
ダンジョンの構造自体は変化がないのだが、川のように水が膝辺りまで貯まっている。
これはデニーロさんに聞いていたが、実際に目にするとビックリするね。
しかも、これだと結構動き難いと思う………って言うか、確実に動き辛い。
ジャブジャブとダンジョン内に音を響かせながら、ハルバードを構えつつ進んで行く。
何故ここでハルバードかと説明すると、これもデニーロさんに聞いたのだが、この四階層に出現するモンスター対策の為だ。
そのモンスターは、硬い鱗を持ち、素早く水中を泳ぎ、冒険者に体当たりをくらわせると直ぐに逃げて行くらしい。
で、そんなモンスターを倒すにあたって、一撃の威力があり、尚且つ間合いの長い武器がハルバードだった訳だ。
対象のモンスターは………シーランスと呼ばれるモンスターなのだが、そいつは一撃だけ体当たりをしてくるらしいので、そこを狙って確実に仕留めるつもりである。
「一回も体当たりをくらわずクリアしてやる!」
そう意気込んで進むうちに、シーランスらしき影を見つけた。
まだ此方に気がついていないのか、シーランスはゆっくりとした泳ぎを見せている。
そんなシーランスへ水音に注意しながら進んでいると、流石に気配遮断を使っていても匂いでバレたらしく素早い泳ぎで此方へと向かって来た。
シーランスが体当たりをする際に水面に浮上する一瞬を待ちながら、ハルバードの柄をギュッと力強く握りしめた。
そして、その待ちに待った瞬間が訪れ………
「そこだ! 死にさらせ……速すグォ!?」
途中までは確かに見えていたのだが、体当たりをする瞬間のスピードは速すぎて対処出来なかった。
つまり、腹に体当たりをくらったわけだ。
そのせいで背中から倒れた俺は、体全身をずぶ濡れにしてしまった。
「あんの野郎ーー!! やりやがったな!!」
水が結構冷たいのだが、シーランスに対しての怒りのお陰か、俺はそれほど寒さを感じることはなかった。
「次は絶対体当たりはくらわん!!」
そう叫んで再びシーランスを探し始める。
まぁ、ムカついてはいたが、もぐら叩きのようで少し面白かったのも事実だった。




