初心者用の……… その3
カルヴィンは左手に盾を持ち、右手に鉄製の剣を持ってゴブリン三体に鋭い視線を向ける。
その立ち振舞いから、多分レベル10くらいはあるんじゃないかと察しを付けた俺は、内心で感嘆の声を漏らす。
十二歳にしては凄いなぁ。
そんなことを思いつつ、カルヴィンからゴブリンに視線を移した俺は、彼には悪いが一人で片付けるつもりで素早く駆け出した。
そして三体の内、一番端のゴブリンの喉にレイピアを突き入れると、直ぐにレイピアを引き戻して真ん中のゴブリンの心臓目掛けてもう一度突きを放つ。
その二連撃でゴブリン二体が苦悶の表情で倒れ始めたのを確認したら、掴み掛かって来た最後のゴブリンから距離を取り、ウエストポーチから棒手裏剣を取り出すと同時に投擲する。
眉間に突き刺さった棒手裏剣の影響で、ゴブリンは勢い良く首を後ろへと倒す………って言うか、多分首が折れたらしい。
うむ、余裕のヨッチャンですよ!
地面に倒れたゴブリン三体は、数秒ほどで消え去りアイテムを三つ残した。
そのアイテムは、少し前に手に入れた物と同様で、試験管に入った謎の液体だ。
ちゃんと冒険者ギルドで買い取ってくれると良いなぁ。
用途不明の液体だけに、少し不安を抱きつつウエストポーチにしまう。
しかし、戦闘は一人で終わらせたとは言え、一応もう一人この部屋には居るので、俺はその一人に視線を向けて謎の液体が要るかを確認………
「き、キリュウ! 君は……す、凄いな!」
「お、おう。それより、これ……」
「いったい何レベルあるんだ?!」
「い、いや、先にこの液体………」
「あれは投擲術なんじゃないか?!」
「だ、だから、その前に………」
「僕も小さい頃から剣術を学んでいたが、キリュウほどの剣捌きはまだ出来ない! なのに、君はその若さで何れ程の訓練を積んだと言うのだ?!」
「…………」
もうお手上げです。
此方が喋ろうとしても、直ぐにカルヴィンに遮られて何も言わせて貰えない。
しかも、カルヴィンの表情が必死過ぎて、少し怖いくらいである。
暫く必死の形相で先の戦闘についての感想を述べるカルヴィンを、俺は呆然と見続けた。
そんな俺の様子に気付いたのか、カルヴィンは恥ずかしそうに咳払いをする。
そして、何度か深呼吸をして取り繕うように口を開いた。
「いや、スキルなどのことを尋ねるのは不躾だった……すまない。
それにしても、僕の助太刀など不必要だったようだね」
「まぁ、正直言うとそうだね。
それで、この謎の液体なんだけど……要る?」
「それは君の取り分であって僕のではない。だから君が全部持っていって構わないよ。
………それと、そのアイテムはポーションであって、謎の液体って名前じゃないんだけど……もしかして知らなかったのかい?」
首を傾げながらそう言って教えてくれたのだが、俺はそれを知ってビックリしたよ!
この毒々しい液体がポーションだとは思えません!
回復するどころか、怪我が悪化しそうじゃん!
そんなことを考えながら、俺がポーションを見つめているとカルヴィンが詳しく教えてくれた。
なんでも、このポーションは回復薬としては非常に効果が薄く、銅貨五枚でしか買い取ってくれないらしい。
普通のポーションは錬金術ギルドから発売されているそうだが、そちらは効果も高く値段も高いのだそうで、一つ銀貨八枚になるんだと。
銀貨八枚は少し高いね。気軽に買える値段では無いと思う。
ちなみに、他のダンジョンでもポーションを落とすダンジョンは確認されているが、ランクが高いところになれば自然とそのポーションの効果も高く、売却する時の値段も高いらしい。
しかし、ここはランク指定外の初心者用のダンジョンの為、アイテムはポーションに限らず、全てのアイテムが安い値段にしかならないみたいだ。
まぁ、それは仕方ないのだろう。
低いレベルのダンジョンで、効果の高いアイテムがバカスカ取れるなら、誰も高難度のダンジョンには入らなくなるもんね。
それに、価格の崩壊を招くことになるだろうし、そんなんを考慮して神々がダンジョンを作ってるんだと思う。
ダンジョンを作る神々も色々と大変そうです。
「その……良かったら、この後も君の戦いを見学させて貰っても良いかい?
勿論、君の集中を阻害しないように、喋らず黙ってついて行くから」
眉を八の字にして俺に尋ねてくるカルヴィン。
まるで捨てられた犬のようで、少し哀れ………いと、哀れ。
「良いけど……別に見ていても参考になるとは思えないよ?」
「いや、君の戦闘は参考になるよ。まぁ、貴族出の僕が投擲術を使うのは憚られるが、剣捌きや体捌きは実に参考になる」
「参考になるなら良いけど……それじゃあ、先に進むよ?」
「勿論」
満面の笑みで応えるカルヴィンだが、俺からしたら練習するなり戦闘するなりした方が良いと思う。
何せ、剣術のスキルを取得しているなら、そのスキルの感覚に従って訓練するだけで熟練度が上昇するんだもん。
どう考えても訓練した方が身の為になる。
まぁ、カルヴィンが見学したいならそれでも良いけど……。
変わった子だよね、カルヴィンって。
そんな風に人物評価をしながらボス部屋を出ると、下へと続く階段が視界に入った。
どうやらこのダンジョンは、地下へ地下へと続くダンジョンのようで、強制的に転移させられる類いでは無いらしい。
俺はゆっくりとした歩みで階段を下りて行く。
そして、全ての階段を下りたら、地下一階と同様の光景が見えて来た。
地下何階まで続くのかは不明だが、こんな風に一階ずつ着々と進んで行くというのは俺的に実に高ポイントである。
やはり、少しずつ苦労しながら進むのはテンションが上がるし、達成感が違うよね。
「お、二階層での第一モンスター発見!」
テンションが上がっている俺が見つけたのは、一階層で見たゴブリンとは違うモンスターだ。
全長一メートルでモフモフした毛並みと立派な尻尾を持つ、テイルボアと呼ばれる猪のモンスター。
見た目は可愛いが、それに相反して狂暴な性格をしているらしい。
そのテイルボアは、フンゴフンゴと鼻を鳴らしながら此方に向かって突進して来た。
しかし、当然俺がその突進を真正面から受ける筈もなく、ウエストポーチから棒手裏剣を取り出してテイルボアの眉間目掛けて投擲した。
ビュッと風切り音をさせて放たれた棒手裏剣は、見事に命中する。
だが、テイルボアの頭蓋骨が厚かったらしく、致命傷には至っていないようで、少しも足を止めることはなく此方に向かって突進し続けている。
なので、ここは作戦変更。
俺はウエストポーチから槍を取り出すと、全体重を乗せて槍を投げた………元々この槍は投擲用の短槍だったので、かなり投げやすい。
そのお陰なのか、槍は勢い良く飛んで行き、テイルボアの鼻から脳まで貫いた。
そして、テイルボアは盛大にスッ転がりながら停止して、数秒後には拳二つ分くらいの肉を残して消える。
うむ、この階層でも余裕のヨッチャンですよ!
俺は自分の力………スキルが通用することを感じて嬉しく思いつつ、テイルボアの残したアイテムをウエストポーチに収納する。無論、槍も一緒にね。
それからは、俺の後方でテイルボア並みに鼻息を荒くしているカルヴィンに軽く引きつつ、ダンジョン内に居るモンスターを探して移動を始める。
つうか、マジで興奮し過ぎだと思う。カルヴィンって、ちょっちキモいかも……。
男色家じゃないのを祈るばかりだ。
そんなこんなで、二階層のダンジョン内を暫く彷徨くこと五時間。
二階層に単独で出現するテイルボアとゴブリンをそれぞれ二十体ずつ倒した俺は、今日のダンジョンでの探索を終了とした………と言うか、カルヴィンが異常に興奮し始めて流石にキモ過ぎたので地上に避難して来た。
本当なら、まだ二、三時間は長く探索するつもりだったけど、貞操の危機を感じたので仕方ない。
実際、ダンジョンの外へと出た今のカルヴィンは、少し落ち着きを取り戻している。
「キリュウ、今日は君の戦闘を見られて良かったよ。僕も君に負けないように頑張ろうと思う!
明日から依頼でこの街を離れるけど、また会えたら何か奢らせて貰うよ!」
「は、ははは。それじゃあ、バイバイ」
「友よ、さらばだ!」
カルヴィンは満面の笑みでそう告げると、体力が有り余っているらしく全力で駆け出して行った。
そんなカルヴィンに言いたい。
俺と君は、何時の間に友達になっていたんでしょうか?
そして、もう一つ言いたい。
おホモ達は要らない。
いや、日本に居る時にゲイの友達とか居たけど、そいつは俺の貞操を狙ってなかったから良かった。
でも、俺の貞操を狙っている奴とは友達になれないよ………ぶっちゃけ、怖いしね。
ま、まぁ、カルヴィンは颯爽と行ってしまったし、取り敢えず冒険者ギルドで今日の成果を買い取って貰うことにしよう。
結構な金額になってるかな?
実に楽しみだ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「え? もう一度……言ってくれる?」
「もう五度目だぞ」
「いやいや、俺の耳が遠くなったみたいでね」
「はぁ、分ぁったよ。
全部で、銀貨二十二枚だ」
「そ、そんな馬鹿な………聞き間違いじゃないだと!?」
安っ!!
泣けるほど安い!!
俺はハッサンから驚愕の買い取り額を聞き、地面に両手をついて打ち拉がれる。
それもしょうがないだろう。
何せ、今日の成果の全額が、たったの銀貨二十二枚なのだから。
「あ~……まぁ、お前のその気持ちも分からなくはないが、初心者用のダンジョンの二階層までしか行ってないなら、そんなもんだぞ。
だが、それでも一人で銀貨二十二枚ならたいしたもんだよ。最近のルーキーでは一番の金額だぜ」
此方を気遣うようにハッサンはそう言ってくれるが、はっきり言ってこれでは割りに合わない。
もう少し深く行けば良かったのだろうか?
そう思ったが、それにしたって道順を覚えなくてはならないし、結局は時間が掛かるだろう。
しかも、ダンジョンの深くまで行けば絶対に儲かるとは限らないのだし。
地面に両手をついたまま考え込む俺を見たハッサンは、大きく溜め息を吐いて口を開く。
「あの初心者用のダンジョンは、五階層から下が稼げるんだよ。
キリュウなら余裕だろうが、一応地図とか購入して行けよ。迷って出てこれなくなるとか最悪だからな」
「ちょ、ちょっと待って! 地図とか売ってんの?!」
「迷宮型のダンジョンなら地図が売ってあるのが普通だろう。それで生活してる冒険者も居るぐらいだしな。
お前はそんなことも………あぁいや、お前は記憶がアレだったな……。
仕方ねぇ……ちょっと待ってろよ」
ハッサンは俺の記憶喪失(あくまでも設定)のことを思い出したようで、少し罰が悪そうに頬を掻くと奥へと引っ込んだ。
そして、暫くして戻って来た時には十枚の羊皮紙の束を持っていた。
ハッサンは、少し乱暴にその羊皮紙の束を俺に投げ渡す。
「おらよ……それは俺からのサービスだ。
今度、酒でも奢れよ」
「ハッサン、いぶし銀やん!」
「へっ、おだてたって何も出ねぇぞ」
俺は照れるハッサンに感謝の言葉を述べると、ルンルン気分で宿屋へと戻った。
明日こそは、ダンジョンでの稼ぎとフィールドでの稼ぎのどっちが良いのか検証出来るだろう。




