ある日の辺境伯
私の名前は、ブロリー=ブリッツ=ド=エルキンス。
私が伯爵家に産まれて三十年、本当に色々なことが有りました。
小さい頃は、英雄伝というタイトルの本を読み冒険者に憧れていましたが、残念ながら武の才能が無く諦め、勿論魔法の才能も無かったので悲しい思いもしました。
そんな私が二十歳になると、突然父上が死にました………四十歳という若さでの死です。
突然の死に不審を抱いた私が調べると、毒殺されていたことが分かったんです。
そしてその犯人は、隣の辺境伯でした。
当時はお互いの関係は良好であったので、何故毒殺などしたのか不思議に思ったのですが、理由は単純な物だったのです。
私の統治するエルキンス領は、ヴァイスハイト国でも最も端に位置します。
そして、魔の森と呼ばれる強力なモンスターが出現する場所が複数存在し、数々の貴重で希少な素材が入手出来るので、冒険者に人気であり人の往来も多いお陰で沢山の税収で潤っているのです。それに、高難易度のダンジョンばかりが有ったりしますしね。
しかも、ヴァイスハイト国では唯一海に面した地域も有るので、その税収は他の貴族が統治する領土とは比較になりません。
隣の辺境伯………プライス伯爵は、そんなエルキンス領の利権を狙っていたのです。
だからこそ、父上との関係を表面上は良好なように周囲に見せ、裏で暗躍して父上を毒殺したようなのです。
しかし、それが判明しても、一つだけ疑問が浮かびます。何故私は殺さなかったのか、という疑問が……。
ですが、私はそんな疑問など直ぐに捨てさり、報復の為に行動に出ました。
当然、私は当主に就いたばかりとは言え、当主には違いありません。
なので、報復の為に兵を集めようと家臣に呼び掛けたのですが、驚くことに家臣は私の言うことを聞き入れませんでした。
あまつさえ、プライス伯爵の娘を嫁に迎えるべきだと言ってくる始末です。
私は、そんなことを進言してくる家臣を見て怒りも隠さず罵りました。
誰もが私の反応を当然の物だと思うでしょう?
ですが、その家臣は違ったのです。
『プライス伯爵の手の者が、何人ここに居ると思いますか?
貴方の派閥に入っている貴族も同様ですよ。そして、私も……』
そう、私の家臣の多くがプライス伯爵に買収されていました。
しかも、私の派閥の貴族も同様に。
まるで逃げ場の無い籠に入れられた鳥、それがその時の私の状況だったのです。
ですが、少ない人数でしたが、私にも味方が居たのも事実。
代々我が家の執事に就任していた家系のパーカー、私が冒険者への憧れから独自に雇っていたお抱えの魔法使いであるサミュエル、そして私がトップとして立つ派閥の貴族。
勿論、味方の貴族は非常に少なく、残った貴族はたいして力も持たない者達ばかりでしたが……。
そんな少ない味方と共に、少しずつ裏切った貴族達や家臣を排除しました。
無論、その排除とは暗殺ということです。
戦争、あるいは紛争というのは、二千年前に神々から絶対にせぬように、と言われている為に出来ないのですが、暗殺は出来ます。
まぁ、神々に戦争をするなと言われていますが、人をなるだけ殺さぬように、刃引きされた武器と手加減された魔法での戦争や紛争の真似事は良く発生しますけどね。
それは兎も角、魔法使いとして優秀なサミュエルと、若い頃に凄腕の冒険者として有名だったパーカーの二人に殺って頂きました。
その結果、三年の歳月を掛け新しい家臣と新しい貴族達を迎え入れた私は、漸く報復の為に動ける状態に出来たのです。
ですが、残念ながらその時にはもう遅かった……。
奴が……プライス伯爵が、中級レベルなどと冒険者間で言われ有名な者達を多数雇っていたからです。
魔法のスキルである熟練度が4を超える者達を多数抱えて、しかも同じく武器の熟練度が4を超える者達ばかりを雇っている奴に暗殺など………夢のまた夢でしかなく、私は忸怩たる思いで諦めるしかありませんでした。
親の仇を討てない息子、普通ならそれは可哀想な話であり同情するものでしかないでしょう。
しかし、その殺された親が貴族であり、その息子が貴族であるのなら話は別になります。
はっきり言って、恥でしかないのです。
私は、親不孝者であり、貴族として情けない伯爵だということになるのですよ。
そして、そのままプライス伯爵と私の力の差は埋まることも無く、七年の歳月が経過しました。
私は、今年で三十歳になったのです。
この七年、私は何もしなかった訳ではありませんが、それでもやはり力の差は埋まることが無く辛い日々を送っていました。
そんな私に、有力な情報が持たされたのは先日のことです。
私の家臣の一人、門番の仕事を任せている二十代の男。
ハインツが、語録の少ない驚き方で、焦った様子を隠すこともせずに私の屋敷に来たのです。
「お、御館様! マジパネェっす! ハンパネェっすよ!」
「何なんです? と言うより、どうして貴方は興奮するとそんな口調になるのですか?」
少し呆れたように言うと、ハインツは何度も深呼吸をして口を開きます。
「ハイヒューマンです! ヒューマンじゃなくて、ハイヒューマンです!」
物凄い形相でそう告げてきたハインツは、伝えることは全て伝えたといった様子で、額の汗を拭っています。
ですが、私からしたら意味不明であり、ハインツが何を伝えたいのか何一つ分かりません。
暫し呆然と、ヤりきった感満載で笑みを浮かべるハインツを見ていると、そんな私に代わって執事のパーカーがハインツに語り掛けました。
「ハインツさん。少し落ち着かれましたか?」
「ええ、もう大丈夫です!
言うべきことは言いましたので!」
「そう、ですか……。
それで、ハイヒューマンとかヒューマンが、何がどうしたんです?」
「は? いや、それは今伝えた通りですよ?」
やはり意味が分かりません。
パーカーも同様なのか、珍しく困惑した様子でコメカミを押さえています。
彼は非常に優秀なのですが、嫌味が多すぎて時々ぶん殴りたくもなるのです。
そんなパーカーが取り乱すのはハインツの前だけなので、このような時は私の密かな至福の時間になっていたりします。
それはさておき、パーカーが溜め息を吐くともう一度口を開きました。
「最初から、詳しく、話して、頂け、ますか?」
あまりにもクドイ言い方でハインツへと尋ねましたが、今のパーカーの表情は非常に面白かったので、ハインツには今度ボーナスを支払うことにしましょう。
「最初からですか? まぁ、良いですけど……。
えっと、俺が門番をしていると、冒険者の雷電ってパーティーがやって来たんです。
で、その雷電のリーダーのディーンって男が、草原で見付けた子供を連れて来てたので、事情を軽く聞きました。
何でも、記憶喪失ってやつの症状で、昔の記憶が無いんですよ。
で、その子供が街に入るのに身分証明する物を持って無かったので、マジックアイテムの水晶球で調べて分かったんですけど………年齢は、六歳。勿論犯罪歴は有りませんでした」
ふむ、話を聞いていると別段驚くようなことは一つも無いではありませんか。
何故ハインツは、先程は取り乱していたのでしょう?
彼も良く分からない所で興奮したりしますし、その子供の境遇を聞いて同情し、そして興奮したのが先の反応なのかも知れませんね。
そんなことを考え、私が一人納得したように頷いていると、ハインツは人差し指をピンと立てて珍しいくらいに真剣な表情を浮かべました。
「………で、ここが一番凄いんですけど、その子供の種族がヤバいんですよ」
種族、ですか?
人が聞いて驚く種族と言えば、今は少なくなった獣人の熊族でしょう。
しかし、それとて珍しいと言うレベルのことでしかなく、特段慌てるような物ではありません。
ならば………まさか!?
暫し俯いて黙考していた私は、自分で立てた可能性の一つに思わず取り乱して声を上げました。
「「竜人ですか?!」」
はからずも、私とパーカーの声が重なりました。
同様の結論に至ったのでしょうね。
それも当然のことだと言えます。竜人は、今や非常に少なくなった人種であり、人里に姿を現すなど滅多に無いことだからです。
しかも、此方側からコンタクタトを取ろうにも、竜人の街が何処に存在するかも秘匿されていますので、彼らに会うことなど不可能に近いのてすよ。
そんな竜人が、この街に来たとなると凄いの一言です。あのパーカーですら取り乱すほどで、これは私にとっては最高の出来事だと言えます。
何故なら、その子供を私で保護して親を探してあげたり、あるいは竜人の住む街に話を通せば、もしかしたらあの強力な人種である竜人とのコネクションが出来るかも知れません。
そうすれば、プライス伯爵に報復するのも夢ではない!
ええ、それは間違いないでしょう。
そう断言出来るほど、竜人は他の人種を遥かに凌ぐ才能を持っているのですよ。
私は興奮が抑えきれず、少しばかり上擦った声でパーカーへと語り掛けます。
「パーカー、これはチャンスですよ!」
「ええ、先代の………そして御館様の苦悩を晴らすチャンスです!」
あの嫌味ったらしいパーカーですら、興奮を抑えきれないようで満面の笑みを浮かべています。
しかし、そんな私達二人の空気を乱すように、ハインツがシタリ顔で言葉を発しました。
「いやいや、竜人なんて一言も言って無いですよ? 何で竜人だと思うんですか?
はぁぁ、頼みますよ。最初に言ったじゃないですか」
まるでボケ老人を諭すような口調に、私は少しイラつきましたが………は?!
竜人ではないのですか?! 最初に言った?!
ハインツの言葉で、竜人というのは早とちりだったのだと理解し落胆すると同時に、私は混乱してしまいました。
そんな私とは反対に、パーカーは直ぐに冷静さを取り戻した口調で、ハインツに尋ねます。
「………まさか、先に言われたハイヒューマンですか?
ですが、ハイヒューマンは絶滅した筈です。
事実、千年前に最後のハイヒューマンが死んでから、誰もその種族を見た物は居りませんよ。
ハインツさん、仕事中に酒を飲むのは良くありませんな」
パーカーの冷静な口調と指摘で、混乱していた私も冷静になれました。
少しだけ、ほんの少しだけ……ハイヒューマンの生き残りが居たのかと期待してしまいたよ。
「いやいやいやいや、真面目に仕事してますよ!
それに、マジックアイテムの水晶球で、その子供の種族を調べたって言ったじゃないっすか!」
まるで叫ぶように否定して、ハインツはそう告げてきました。
それを受けて、私とパーカーの視線が重なります。
そして、互いに一言………
「「マジで? ハンパネェ!」」