伯爵
ハインツに着いて移動すること一時間………って言うか、精神的な疲労で歩くのがキツかったので、嫌がるハインツの背中に無理矢理抱きついて移動していたが……。
そんなこんなで辿り着いたのは、大きな屋敷だった。
いや、屋敷と言うよりも宮殿と言った方が正しいだろう。
屋根は真っ青で、壁は真っ白い宮殿。
金を持っている奴は持っているんだなぁ、そう俺が内心で呟いていると、ハインツは宮殿の門番に一言二言話をしていた。
おそらく、宮殿内に入る為の許可が必要になるのだろう。
事実、ハインツと話していた門番は、直ぐに人を呼びつけて何かを告げている。
そして呼びつけられた者は急いで宮殿内に入って行った。
「キリュウ、少し待っとけば執事の人が来る。それまでは……」
「待ってれば良い、と?」
ハインツの言葉を遮って、俺がそう言うと頷いて言外にその通りだと教えてくれた。
「俺も一緒に行くから心配しなくても良いぞ」
「う~ん」
「何だよ、その反応は?」
「いや、ハインツが一緒に居る方が心配だなぁと思って」
「おまっ、マジパネェ! 緊張してるだろうから気を遣ってやってるのに、マジでハンパネェな!」
うむ、ハインツよ。君は非常にツッコミ属性が高いですな。
君で遊ぶのは非常に面白い!
何時までも、末永く君はそのままで居てくれよ!
そんな風にハインツで遊んでいると、宮殿から見事な立ち振舞いで執事服を着た初老の男性が出て来た。
白髪で眼鏡を掛けた初老の男性は、まさにTHE.執事って感じである。
うむ、実に素晴らしいですな。
俺とハインツのやり取りが聞こえていたらしく、執事は口元を手で隠しながら微笑みを浮かべている。
そしてそのまま口を開いた。
「キリュウ様、お仕事中にお呼びして申し訳ありません。
御館様には後日にされた方が、と申し上げたのですが、なにぶん脳に栄養が行き渡らず成長なされたようで、少し考えなしな部分がありまして」
少し芝居がかった仕草で、呆れたように自分の主に対して凄いことを言う執事。
もし領主が聞いてたら"不敬罪で打ち首じゃあ!!“とかなりそうで怖いんだけど……。
俺が執事の言葉に同意しても良いのか分からず混乱していると、ハインツが溜め息を吐いて執事に語り掛けた。
「パーカーさん、口が過ぎますよ。
俺まで怒られるかも知れないじゃないですか」
「いえいえ、事実を申し上げただけですので。
それではキリュウ様、ご案内致します」
微笑みながら言い切った執事は、宮殿の方へと左手を伸ばし俺を促した。
スゲェ! パネェ! マジパネェ!
い、イカンイカン、あまりの執事の言動の凄さに、ハインツみたいな思考になってしまったぞ。
しっかし、凄いことを躊躇なく言う人だな、パーカーさんって。
この人は怒らせないようにしよう。
内心でそう決めた俺は、ハインツと一緒に執事の案内で宮殿に入る。
大理石だと思われる床や壁は非常に美しく、磨きあげてあるせいかピカピカと光を反射させていて、とても綺麗だ。
それに天井のアレ! スッゲェ豪華なシャンデリアだな!?
いったい何れ程の値段がするのか予想すら出来ないほどの豪華で巨大なシャンデリアも存在していて、ここの領主の財力が半端ではないことを主張するかのようだった。
そして、その圧倒的なシャンデリアがある玄関を通り抜け、パーカーさんはサクサクと前を進んで行く。
廊下も廊下で、何故か………と言うか、ただの廊下なのに数メートル感覚で幾つも見た目の派手な花瓶が設置されている。
俺からしたら、贅沢し過ぎな気もしないではない。
いや、はっきり言って、これは贅沢し過ぎだと思う。
ともあれ、暫く廊下を進んでいると、パーカーさんがピタッと止まった。
そして、軍人のようにシュッと素早い動きで左に体を向けると、扉を数回だけノックする。
「御館様、お客様をお連れ致しました」
「入って下さって構いませんよ」
扉の先からは、意外にも礼儀正しい口調で招き入れる返答があった。
俺は外から見た宮殿や、中から見た宮殿の様子から自己主張の塊のような人物だと思っていただけに、口調や態度はきっと横柄な感じなのだろうと決めつけていた。
しかし、それは杞憂だったらしい。
それを証明するかのように、執事が扉を開け俺とハインツを中へと促すと室内には細身な男性が居り、その男性と俺の視線が交わると直ぐに一礼してきた。
へぇ、俺が抱いていた貴族のイメージとは違う人だなぁ。
そんな感想を呟きながら、俺も直ぐに頭を下げる。
「此方は、冒険者のキリュウ様です。
キリュウ様、彼方に居らっしゃるのが、お仕事中で疲れている筈のキリュウ様を無理矢理呼びつけたブロリー=ブリッツ=ド=エルキンス伯爵で御座います」
領主の影で嫌味を言うならまだしも、パーカーさんは自分の主を目の前にしても言動は変わらなかった。
正直凄過ぎて、ある意味尊敬しますよ、パーカーさん!!
パーカーさんの発言を耳にしたブロリーさんは、銀髪からうっすらと覗くコメカミに青筋を浮かべつつ口を開いた。
「グッ………は、ははは。
失礼しました、我が家に代々仕えている執事でしてね。少々嫌味な所も有りますが、実に優秀な者なのですよ」
一見すると余裕そうに言っているが、よく見ていれば口元が引き攣っているのが分かる。
やはり悔しいのだろう。
そんなブロリーさんの言動に、パーカーさんは眼鏡をクイッと上げながら答えた。
「御館様、私が優秀などと言う事実を仰られても、キリュウ様が困るだけで御座います。それに、嫌味ではありませんよ。下の者からの忠言で御座います。
それから、もう少しだけ会話の訓練をなされた方がよろしいかと愚考致します。御館様は日頃から社交界などに出席される機会も多いので、今のように初めて会う人物との第一声にしては貧困過ぎる内容の会話ですからね」
「グッ、ググ………ぜ、善処しますよ。
そ、それでは立ち話も何ですから、どうぞお座り下さい」
額の血管がはち切れそうなほどに浮かび上がっているが、ブロリーはそれを我慢して俺を来客用の椅子へと促した。
面白い主従関係だな! ずっと見ていたくなりますよ!
まるでコントのようなやり取りは非常に面白く、俺は知らず知らず笑顔になっていた。
こんなやり取りをする主従を見たら誰でもそうなるだろうが、これは笑い声を我慢するのが辛い。
ブロリーは深く深呼吸をして、仕切り直しとばかりに爽やかな笑みを浮かべた。
「今日お呼びしたのは、キリュウさんを私のお抱え魔法使いとして雇いたいと思ったからです」
「えっと、俺は六歳の子供ですけど?」
「ははは、確かにそうですね。
キリュウさんは、魔法使いの産まれる確率はご存知ですか?」
魔法使いの産まれる確率は、三千人に一人という少ないものだと本で学んでいる。
なので、俺は無言で頷いた。
「ふむ、記憶を無くされていると聞きましたが、全てを失った訳では無いようですね。
まぁ、それは兎も角、魔法使いの産まれる確率は非常に低く、しかも戦闘で役に立つレベルの魔法使いは更に低いのです」
ブロリーさんが話を続けるなか、何時の間にか紅茶を淹れてくれたパーカーさんが俺とブロリーさんの前に置いてくれる。
ちなみに、ハインツは仕事中である為、ブロリーさんの後ろに立っていたので彼の分は無いようだ。
「そうなるとですね、年齢が若く魔法の才能が有る人物は、早い内に雇って育てるのが重要になるのですよ。
で、そこで魔法の才能が絶対に有るハイヒューマンのキリュウさんを、私が雇えたら嬉しいなと思い今に至る訳です」
「はぁ……それはどうも。ただ、俺は何かに縛られるのはあまり……」
「ははは、それはそうでしょうね。冒険者になる人は自由を好む傾向が有りますから分かってますよ。
ただ、私は何も直ぐにキリュウさんを雇いたいという訳でも無いんですよ。現在、私が雇っている魔法使いが戦闘をこなせなくなれば、の話です。
まぁ、早い話がキリュウさんに先約を、ということなのですよ」
成る程ね、言いたいことは理解した。
現状の俺では、レベルも低いし魔法の熟練度も低いだろうから、俺が成長した時に雇おうと考えている訳なのだろう。
そして、もし魔法使いとして成長しなかった場合は、話は無かったことにして雇うつもりは無いってことだ。
流石は貴族。爽やかな笑みを浮かべながら、なんと腹黒いことを考えているんだ!
しかし、これはこれで別に俺としても問題は無いように思える。
もし俺が魔法使いとして大成したとしても、その時に俺からやっぱり嫌だと言っても良いのだろうし、やはり別段問題は無い。
「……まぁ、話は分かりました。ブロリーさんに言われたことは覚えておきます」
「良かった。嫌味な執事のせいで断られないかと心配していたんですよ。
やはり将来働く場所に嫌な人が居たら誰でも忌避するものですからね」
先程の意趣返しのつもりか、ブロリーさんはチラッとパーカーさんに視線を向けてそう述べた。
そのブロリーさんの表情を一言で表すなら、"ヤッタッタ!“である。
しかし、パーカーさんは然程気にした素振りも見せず、眼鏡をクイッと上げると口を開いた。
「御館様、先程も申し上げた通り、あれは忠言であり嫌味ではありません。
あとで忠言という言葉の意味をお教え致します。
……ブロリー様が当主になってから十年が経ちますが、まさか再び言葉の意味をお教えする機会が来るとは……悲しくて悲しくて、涙が溢れてきます」
パーカーさんは、ヨヨヨという感じにハンカチで涙を拭う仕草を見せる。
だがはっきり言って、パーカーさんの目からは涙など全然見えなかった。
演技なのは一目瞭然だ。
それを見たブロリーさんは、またもコメカミに青筋を浮かべて口元を引き攣らせた。
「ググッ………ああ言えばこう言う……」
駄目だ……面白過ぎて笑ってしまいそうですよ。
でも流石にここで笑うの憚られる。
貴族という絶対の地位に居る人を笑えば、あとでどんなことが待っているのか分からないからな。
なので、俺が自分の太股をツネッて痛みで誤魔化していると、ハインツでもなくブロリーさんでもなく、そしてパーカーさんでもない、全く知らない者の咳払いが室内に響いた。
俺はその人物を知らないが、最初から室内に居たのは知っていた。
だからこそ驚くことは無かったのだが、その人物の気配はスキルでも何処に居るのかはっきりとは判別出来なかった。
余程気配遮断の熟練度が高い人物なのだろう。
ちなみに、ハインツはビックリして視線をキョロキョロさせていて、声には出さないが口が"パネェ、マジパネェ“と動いていた。
ブロリーさんは、怒りを誤魔化すようにコメカミを押さえると、咳払いをした人物の名を口にした。
「サミュエル、貴方も紅茶を飲みますか?」
「ええ、頂きます」
ブロリーさんの発言に対して、サミュエルと呼ばれた四十代の男が部屋の隅から姿を現した。