共食い
俺は今、街を出て二時間ほどの距離にある平原に居る。
平原の広さは東京ドーム五個分くらいだろうか?
そんなに広くはないし、狭くもないと言った所だとだと思う。
あぁ、ちなみに、俺が滞在している街の名称はブリッツで、国の名前はヴァイスハイトと言うらしい。
まぁ、それは兎も角、何故俺が平原に居るのかを説明すると、その理由は実に単純なものだ。
生活費を稼ぐ!
そう、生活費を稼がなくてはならないからだ。
まだ残金は八万ジェニー近くはあるのだから大丈夫だと思われるだろうが、もうすぐ雪が降る季節になるなら話は違ってくる。
昨日の昼食時、ディーンに色々と常識について学んでいたのだが、その時に言われたのだ。
『キリュウ、冒険者は今が最も忙しい時期に差し掛かってている。その理由が分かるか?
理由は、もうすぐ冬が来るからだ。冬になれば雪が降り、積もった雪は冒険者の機動力を妨げ、通常通りの狩りはさせて貰えない。それに、身も凍るほどの寒さも問題になる。
冬の季節の狩りは自殺行為……だからこそ冒険者は、冬の前に金銭を蓄える。冬を越えられるほどの金額をな』
こんな事実を真顔で伝えられれば、そりゃ頑張ろうと思いますよ………否、頑張らなきゃならないと思います。
そんな訳で、俺は昨日買ったレイピアを腰に帯刀し、槍を持った状態で一人寂しく平原に居ると言う訳だ。
「スゥゥ、ハァァ」
一度だけ深く深呼吸する。
そして買ったばかりの槍を軽く振り回す。
ビュッビュッと風を切る音をさせながら、空を槍で突き体の不調が有るのかを確かめた。
うむ、問題ナッシング! 絶っっ好調!!
良し、であるならば、早速獲物を見付けましょう。
とは言え、もうすでに獲物になるモンスターは目の前に居る………って言うか、居過ぎ……十五匹以上は居まっせぇ!
俺の眼前には、ウサギのようなモンスターが群れで行動し、平原に生えている草花をモシャモシャと一心不乱に食べまくって居ますよ。
……警戒心の欠片も見受けられない。
しかしこのウサギのモンスターは、これでもランクGに指定されているほどのモンスターであり、なんと見た目とは違って人さえも襲って食べることもあるのだそうだ。
そう、見た目に騙されてはいけないのです!
幾らつぶらな瞳を向けられても、容赦なく仕留めなければならない相手なのだ。
なので、俺は買ったばかりの槍をウエストポーチ(まだ肩掛けバッグ状態)にしまうと、代わりに自作の弓と矢を取り出す。
やっぱりまだ槍術には自信が無いし、ここは万全を期して弓を選択したのだ。
モンスターの近くに寄るのが怖いという理由もあるが………。
サイクロプスを倒しておいて何を言っているんだと思うかも知れないが、初めて対峙するモンスターは怖いのだからしょうがない。
念には念を、とも言うしね!
なもんで、ここは遠距離からの攻撃をさせて貰おうではないか。
俺はもう一度深く深呼吸をすると、狙いを定めて躊躇なく矢を放った。
ヒュッと風切り音を響かせ、放たれた矢は警戒心を見せないエビルアイラビットと呼ばれるモンスターに突き刺さった。
そしてエビルアイラビットは、何度か痙攣するとピクリともしなくなり、俺は完全に死んだのを確認した。
ナハハハ! 余裕っすね!
少しビビっていたが、結構簡単に仕留められて拍子抜けである。
そんな風に余裕綽々の俺は、仕留めたエビルアイラビットに近付こうとして………
「ウゲェ……共食いし始めたんですけど……」
俺が仕留めたエビルアイラビットに、何匹ものエビルアイラビットが群がり共食いし始めた。
その姿はキモいの一言で、血の匂いに引き寄せられたのか、何時の間にか十五匹ほどのエビルアイラビットの群れは倍の数に膨れ上がっている。
「これは……俺が弓で一匹仕留める……それを他のエビルアイラビットが食べる……なので素早く次を仕留める……そしてそれを他のエビルアイラビットが共食いする……」
そんな連鎖が続くイメージしか湧かない……俺にどうしろと?
ま、まぁ、矢を射ちまくってみるのも良いけど、連射は出来ないから……棒手裏剣を使ってみるか?
あれなら素早く連続で投げられるしな。
そんなことを考えていると、死体に群がっていたエビルアイラビット達が再び草花を食べだした。
そして残されたのは、俺が仕留めた筈のエビルアイラビット……骨だけになったエビルアイラビットだった。
あれが自分だったらと想像すると、ちょっと怖いね……。
顔の表情筋がピクピクしているのが分かるほど、俺はドン引きしている。
あれを見たら誰でも同じようになる筈だ。
「と、取り敢えず、棒手裏剣で戦ってみよう。
こっちを襲わないみたいだし、多分大丈夫だろう」
自身を安心させるように呟くと、ゴクッと生唾を飲み込みながら棒手裏剣を取り出す。
そして、一番手前に位置するエビルアイラビットに向けて勢い良く投擲した。
無論、それに続けて別のエビルアイラビットに向けても投擲する。
そんな風に休む間もなく投げ続け、気が付けば買い込んだ棒手裏剣は全て投げ終えた。
しかし、依然としてエビルアイラビット十匹はまだ健在だ。
なので俺は弓と矢を取り出すと、直ぐに矢を放ち始めた。
それも暫くすると、俺の目の前にはエビルアイラビットの死体で出来た山が………投擲とは違って弓は矢を放ってから次の矢を放つまで長いタイムラグが存在する為、死体にエビルアイラビットが食い付き、それを矢で仕留めるとまた別のエビルアイラビットが死体に食い付き、という連鎖が繰り広げられた結果、小山が完成したのだ。
正直に言って、目の前の光景は悲惨と言うか凄惨と言うか………兎に角、マジでまともな光景ではない。
「矢は自作だし、まだ沢山あるから別に良いけど……棒手裏剣は回収したい。それに、今日の狩りは素材が目的なんだし、エビルアイラビットを解体しなきゃならないんだから、どのみち………あれを全て解体しなきゃならんのか……。
もう今日の狩りは終わりだな」
三十分も経ってないのに終了ですよ……。
一匹にどれだけ時間が掛かるかは不明だが、俺はこれまでの人生で自分で動物を解体したことなど一度もないのだから、きっと長い時間が掛かるのは間違いない。
正直それを思うとゲンナリするものの、これがお金になると思えば少しはやる気も出てくる。
しかしそうは言っても、やはり目の前の光景が凄すぎて、俺は少し腰が引けた状態でエビルアイラビットの小山に近づく。
そして渋々解体を始めた。
「ウェェ……先ずは、何だっけ? あぁ、そうそう、血抜きをするんだっけ?」
ディーンに説明された通りに、獲物の首をナイフで切り落とす。
それから逆さまに吊るすのが一番良いらしいのだが、ここは平原で木など一本も生えてはないので、両手に首を切り落としたエビルアイラビットを持ち上げた。
そして暫くして血が出てこなくなると、次のエビルアイラビットの首を切り落とす。
そしてそして、またも両手にエビルアイラビットを持って血が全て流れ出るまで待つ。
それを三十匹分繰り返し、次にするのは………
「皮を剥ぐんだったよな? この作業もキモい……今日は飯を食べる気力は残らんな」
愚痴を吐きつつナイフで切り込みを入れ、あとは腕力で一気に剥いでいく。
これは意外にも簡単に上手くいった。
そのことに少し笑みも浮かぶが、皮を剥いだ後のエビルアイラビットが凄すぎて………直ぐに真顔になってしまった。
そんな作業をすること一時間、当初の予定では丸々一日は掛かると思われた作業が全て終了した。
そのことにホッと胸を撫で下ろした俺は、皮とエビルアイラビットの肉をウエストポーチに収納し、血で汚れたシャツを見て溜め息を吐いた。
「……冒険者って大変なんだなぁ。ゲームとは大違いだよ」
もうシャツが血でベットリになっているので、俺は気にせず手に付いた血をシャツで拭い取った。
そして、何か知らんが無性に疲れた足取りで、ブリッツの街へと歩みを進めた。
多分、慣れない作業で疲れたのだろう。うん、きっとそうです。
まるで酔っ払いのように千鳥足で進むこと二時間、漸くブリッツの街が視界に入りましたよ。
早くベッドで休みたい俺は、宿屋に戻って服を洗わなきゃな、そう考えながら少々早足で進む。
しかし、だがしかし!! 予定は未定とも言うし……いや、これは少し違うな……兎も角、神は俺に七難八苦を与えたいらしく、街の門に近付いた俺に門番のハインツが駆け寄って来て、今の俺には非常に嬉しくない言葉を告げてきた。
「キリュウだったよな? お前に領主様が会いたいそうだ。俺が案内するから着いてきてくれ」
勘弁してよ……今は見て分かるでしょ?
俺は血だらけなのです。シャツを洗って休みたいんです。
今日は止めよう? 明日にしよう?
俺は言葉には出さず、そう心の中で呟くと、ハインツを無視して先に…………
「いやいや、駄目だから。領主様の命令だから。
もしキリュウが帰っちゃったら、俺は最悪クビだからね?」
俺の行動を読んでいたらしく、ハインツはそう告げながら俺の前に回り込む。
「ハインツの首が切り落とされても大丈夫。俺は気にしない」
「物理的に首が落とされる訳じゃねぇよ! それにもしそうなったとしても、少しは同情しろっちゅうの!」
「えぇぇ、そう言われてもなぁ……ハインツなら何とかなりそうじゃない?」
「ならねぇよ! 首が落とされた人間は死・ぬ・の! 俺を何だと思ってんの?!
マジでパネェな、お前! ハンパネェよ!
はぁ、キリュウには思いやりとかないのかよ」
俺が溜め息を吐きたいのに、何故かハインツが俺に代わって吐いた。
それが少し腹立たしく思った俺は、無言でウエストポーチから槍を取り出し、穂先にエビルアイラビットを二匹突き刺して手渡す。
俺の槍は投擲用の為、少し短く軽い。が、エビルアイラビットを二匹も刺してれば多少は重いので問題無いだろう。
「は? 何だよこれ?」
訝しげな表情で手渡された槍を持つハインツに、俺はほくそ笑みながら告げる。
「重い槍」
「ちげぇよ! そうじゃねぇだろ!
重い槍じゃなくて、思いやりだ! 相手を思いやるって意味の方!!」
はぁぁぁ……気が進まないが、この面白い門番が居なくなるのは少し寂しいので、俺は仕方なくハインツに着いて行くことにしたのだった。