武器屋
はい、今日も新しい一日の始まりですよ!
久し振りにベッドで寝たせいか、体が異常なほどに軽く感じる。
俺はベッドの上でビヨーンと背筋を伸ばすと、勢い良く飛び起き、タイミング良く宿屋の従業員からお湯の入った桶を手渡されたので、それで身体を清めた。
まともに身体を洗ったのは一年ぶりなので、桶の中は直ぐに真っ黒になる。布切れも同様だ。
うむ、実にキチャナイですな!
本当ならば昨日寝る前に身体を清める筈だったのだが、俺が爆睡してたから従業員が気を遣って早朝にお湯を持って来てくれたそうだ。
優しい人ですよね、ここの従業員の方は。
まぁ、それはさて置き、頭もサッパリしたし身体もサッパリした。
なので、褌をしめてからサイズの合ってないシャツを着て、ディーンとの約束通り一階に移動する。
しかしまだディーン達は眠っているらしく、食堂には居なかった。
「お寝坊さんやね。
黙って待つのも暇だし……お姉さん、ステーキをお願い!」
「はーい、ステーキの肉は何が良いの?」
「昨日食べたトリケラボアってヤツを一人前!」
「はいはーい、かしこまりー」
丁度従業員のお姉さんが通り掛かったので、早速注文をする。
すると妙にチャラい感じで返答したお姉さんは、スキップしながら厨房に入って行った。
うむ、優しい従業員だが、礼儀は微妙だな!
……まぁ、傍若無人に振る舞っている俺が言えたことではないが……。
それは兎も角、俺は昨日の晩に食べた肉が最高に美味かったのでもう一度頼んだのだが、正直言うと日本の和牛に比べると非常に硬く、もし日本のレストランで出たら食べないと思える物だった。
だがしかし、今の俺は肉や魚に飢えている。
となれば当然、硬い肉だろうが少し泥臭い魚だろうが今は全然気にならない。
「お待ちどー様!
ご注文のトリケラボアでーす」
「どうもどうも」
焼いてタレを掛けるだけだからか、注文したステーキは直ぐに運ばれて来た。
俺は早速そのステーキにかぶり付き、硬い肉を食い千切る。
美味い美味い! 和牛のように柔らかければ、更に美味しく感じると思うよ!
ステーキに舌鼓をうち、全てを胃袋に納めて満足
する頃になると、漸くディーン達も起きて来た。
少し寝過ぎな気もするが、彼らにとっては通常の生活リズムなようで特に変わった様子は見受けられなかった。
「「キリュウ、おはよう」」
「「「おはよう」」」
「皆、おっはー!」
フキンで口元を拭いつつ朝の挨拶をする俺を見たディーンは、俺の目の前にある皿を見て顔を顰めた。
「朝から肉かよ……狼族の人間みたいな奴だな」
「ん? ディーンも狼族だったよね?
なら肉を食べるんでしょ?」
「確かに狼族だが、俺は朝から肉は食わん」
人種によって好みが違うらしいが、それでも全員が同じ趣味嗜好って訳では無いらしい。
実際、ディーンは狼族ではあるが、朝はサッパリした食事が好みだそうだ。
うむ、この世界の人間は非常に面白いよね。
ケモミミやケモシッポが有る人種も居れば、耳の尖ったエルフに背は低いが凄い腕力を誇るドワーフも居るみたいだし。
まぁ、まだ獣人とヒューマンにしか出会したことはないのだけど……。
それはこれからの楽しみの一つとして、密かに期待しておこうと思う。
なんてそんなことを考えながらエルフやドワーフの容姿を想像していると、何時の間にか全員が食事を摂り終えていた。
レナやミーナは入念に口を拭い、ヴェルとクロウの双子は爪楊枝で歯の隙間を掃除しながらシーハーシーハーと五月蝿く呼吸している。
まるでオッサンですよ。
それに対して雷電の男組最後の一人は、渋い表情で軽く口元を拭っていた。
流石はダンディーな男! 何時でもダンディーっすね!
そんなダンディーな男であるディーンが、俺に視線を向けて口を開いた。
「キリュウ、俺達がお前を保護したから一応は少しの間は世話をしてやるつもりだ。
とは言っても長期間は無理だし、早く冒険者として依頼を請けるなりして稼ぐようにしろよ……まぁ、ダンジョンを踏破してるんだから問題無いだろうけどな。
今日は俺達の装備の点検日だから、そのついでにお前の服を買いに行くぞ」
「どもども、あざぁーっす! でも、俺は自分で稼ぐから生活に掛かる費用は援助する必要は無いよ。
ただ、この街のことは分からないからそれは教えてくれると助かるな。それと、常識とかもね」
「ふっ………何だか子供と話をしてるようには思えないな。
分かった、常識やそれ以外の諸々は俺達が教えてやる」
やはりダンディーだな。
カッコ良すぎて惚れてまうやろー! ってかんじですよ。
「「私達にまっかせなさい!」」
「「ビシッと常識を教えてやるよ!」」
「「アンタらは自分の常識を何とかしなさい!」」
「「何でだよ!」ヴェルと一緒にするな!」
「何?!」
ディーンに比べて双子のクロウとヴェルは、女組のレナとミーナのオモチャ扱いで少し可哀想だ。
しかしこれがあるからこそ、このパーティーは上手くいっているのかも知れないね。
まぁ、それはそうと俺は早く服を着たいので、そんな双子を放置して席を立ったディーンの後を追う。
勿論、レナとミーナも一緒だ。
双子はまだ………取っ組み合いをしている。きっと長引くのでやはり放置が最良の選択だろう。
宿屋を出るとそのまま大通りを進み、冒険者ギルドを通りすぎてからすぐの店に入る。
そこは子供連れの人が多く居て、ここは子供専門の服屋だと直ぐに察せられた。
俺が店内を眺めていると、レナとミーナがニコニコしながら服を数着持って来た。
まだ店に入ったばかりなのに………服を持って来るの早すぎない?
って言うか、出来れば自分で選びたいんですけど……。
そんな俺の気持ちは無視され、まるで着せ替え人形のように次々と試着させれる。
あ……これって双子のクロウとヴェルと変わらない立ち位置じゃね? オモチャ扱いってところが。
少し悲しい気分になったが、二人はセンスが良いのか結構カッコ良い服を見繕ってくれた。
俺はその結果にどこか安堵しつつも納得出来ないものを感じるが、どうしようもないので選んでくれた服を買うことにした。
赤いボタンがアクセントになっているシャツを五着に、黒色と茶色の革ズボンを二着ずつ、そして何故か服屋に売ってあった革のブーツを二足。
全部合わせて金貨二枚と銀貨三枚になる。つまり、二万三千ジェニーという結構な金額であった。
そして下着は隣の店に移動して買ったのだが、それは流石に自分で選んだよ。
下着は安く、五着買っても銀貨二枚と銅貨五枚で済んだ。二千五百ジェニーである。
その結果俺に残されたお金は、十八万ジェニーと言うことになるが………庶民の稼ぎは一ヶ月で十万ってギルドマスターが言っていたし、それを考慮するとまだ余裕はあるか。
服屋での買い物が終わると、ディーンの背中を追ってまたも移動する。
そして、次に入った店は雑貨屋だった。
そこでは歯ブラシやクレンと呼ばれる除菌効果のある胡桃っぽい果実を購入した。クレンは服を洗う時に潰して使うらしく、洗剤のような物であると察せられた。
しかし洗剤の役目があるクレンは買ったが、歯磨き粉の変わりになるような物は存在しなかったのは不思議である。
なので、それをディーンに尋ねてみた。
「歯を磨く時に? いや、そんな物は無いぞ」
奇妙な物でも見るかのような視線を俺に向けるディーンだが、俺からしたらそれは此方がするリアクションだからと言いたい。
マジで衝撃ですから!
歯磨き粉が無いのなら、塩で歯磨きしてるのだろうか?
そんな風に疑問に思いつつ、俺は誰に聞かせる訳でもなく一人呟いた。
「虫歯になる人が多そうだね」
「虫歯? 何だそれは?」
「へ? いや、ほら、歯が溶けると言うか……」
「何だそれは? 聞いたことも無いぞ。
年老いたら歯は抜けるが、溶けることは無いだろう。少なくとも、俺はそんな症状は知らん」
まるで当たり前のように告げるディーンを見ていると、とても冗談を言っているのではなく真剣に言っているのだと判断出来た。
とすると、この世界には虫歯菌が存在しない?!
それは良いですな! ならば、歯医者とかも無さそうだね!
そんな衝撃的な事実が判明した雑貨屋を後にして、次はディーン達が用がある武器屋へと移動する。
ちなみに、雑貨屋での買い物はディーンの奢りになりました。
理由は、俺がディーンばっかりに質問して、それが気にくわなかったレナとミーナの二人がディーンに支払わせたからだ。
ごめんな、ディーン。そして、ゴチになります!
武器屋は常に大量の炭を使って火を起こしているからか、人の往来が少なく建物も無い一画にポツンと有った。まぁ、火事や鎚の音の対策だろうから仕方ない。
そんな少々寂しい雰囲気の場所に、カキーンカキーンと鎚で金属を打つ音が響き渡る。
俺はその音を聞くと、少しだけ興奮してしまう。
何故なら、剣とか盾とか男ならば誰もが興奮してしまう物が、目前の建物の中で作られているからだ。
しかも、俺はそれを買うつもりで居るのだ。
そりゃ興奮すると言うものだ。男ならば誰もが理解してくれるだろう。
興奮して少し鼻息の荒くなった俺を、何時の間にか合流していた双子のクロウとヴェルを含めたディーン達全員が微笑ましそうに笑みを浮かべて見ていた。
そんな面々の視線に気が付いていたが、今は早く武器屋に入りたいので彼らを置いていくくらいの早足で先に進み店に入る。
「おぉぉおお、メッチャ武器が有る! それに防具も!」
大小様々な剣や鎚、他にも色々な武器が沢山並んでいる。
防具も同じく色々な種類が置いてあり、革鎧から金属鎧まで選り取り見取りである。
すんばらしぃーー!! 大興奮ですよーー!!
剣は片手剣や両手剣があり、中には人が持てるのかと疑問に思うほど巨大な物もある。
槍の方は何故こんなに短いの、と思うものがあれば長過ぎじゃないかとツッコミたくなる物まで幅広く存在していた。
そんな武器や防具を一心不乱に見て回っていると、レナとミーナの声が耳に入って来た。
「やっぱり男の子は、こういう店に入ると目が輝くわね」
「そうね。凄く可愛いわよね」
声のした方へと視線を向けると、二人に声を掛けられた。
「気に入ったのは有った?」
「キリュウも冒険者になったんだから、じっくり選ぶと良いわよ」
「もちのろん! じっくり選ぶつもり!」
「「ふふふ、私達は防具や武器の点検をして貰うから、ゆっくり見ると良いわ」」
「ラジャー!」
そう言えばそうでしたね。多分、武器や防具の点検ってのは補修とかだと思われる。
ならばその間、俺は時間を掛けて選ぶとしましょう!