冒険者登録 その2
目の前に取り出したサイクロプスの目玉とオークジェネラルの肉塊は、ギルドマスターの鶴の一声でオッサンが一階へと運んで行った。
ちなみに、オッサンがビックリしながら説明してくれたが、冒険者は冒険者ギルドで素材を買い取って貰うのが普通なのだそうだ。
俺はてっきり素材屋とか有るものだと思い込んでいたよ。
でも、そんな店とかは存在しないらしい。
そして、何故冒険者が冒険者ギルドで買い取って貰うのかと言うと、自分で錬金術ギルドとか武器屋とかに持って行くと、買い叩かれる場合が有るのでそうするのが普通なのだそうだ。
それに、冒険者登録していれば、少し割高で買い取ってくれるらしいのだ。
それは非常に有り難いですな! 素晴らしいぞ冒険者ギルド!
とまぁ、そんなことは兎も角、俺はギルドマスターから親や親戚の有無を尋ねられたのだが、それはこっちの世界に居る訳が無いし、記憶喪失ってことになってるから"覚えてないけど多分居ないと思う“って言っといた。
半分嘘で半分本当だから、結構真実味が有ると思う。
その後は、オッサンが素材の評価を一階でつけている間、ギルドマスターが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
しかし、俺は紅茶が苦手なのですよ。
でも折角なので、ここは我慢して飲みます。
そうやって過ごす内に、オッサンが小袋を片手に戻って来た。
「それで、何故あなたがサイクロプスの目玉やオークジェネラルの肉塊を持っていたのかしら? それも、ダンジョン産の物だと思わしき素材を……。
ハッサン、どうでしたか?」
「はい、確かにダンジョン産でした。
坊主、そのポーチの持ち主がダンジョンから得た素材なんじゃないのか? お前の親か、あるいは兄弟か?」
「いえ、記憶を失っているらしいのでそれは彼には分からないでしょう」
「記憶を?」
「えぇ、そうらしいですよ。それに、親も親戚も居ないそうです。
多分、記憶は無くてもうっすらと感じる物が有るのでしょうね」
ハッサンと呼ばれたオッサンとギルドマスターの二人は、両者で会話を繰り広げ、その後はお互いに同情的な視線を俺に向けた。
もう勘弁してほしい……あと何回この心苦しい感じを受けなきゃ駄目なのですか?
って言うか、オッサンの名前はハッサンなんだな!
何か、ハッサンとオッサンて響きが似ていて少し面白い!
オッサンの少し衝撃的な名前のお陰で心が癒された俺は、ウエストポーチと素材のことを説明することに決め………ようかとも思ったが、もう面倒臭くなっちゃった。
でも説明しないと話が進まないし………仕方ないか。
本当なら、出来るだけ早く肉料理とか魚料理が食べたいんだけどなぁ……。
「えっとね、ウエストポーチはダンジョンの中でモンスターに食べられた人の遺品なんだ。それで、中身は服が数着とナイフが一本、あとは本が五冊だったよ。
素材は、俺がダンジョンで倒したモンスターから得た素材だね。
このポーチを俺が使い続けるのが駄目なら、取り敢えず冒険者ギルドに渡すけど?」
マジで面倒なので、至極簡潔に伝えた。
その結果、ハッサンとギルドマスターは少しだけ驚くが、俺はそんな二人を無視して一口紅茶を飲む。
うむ、不味い! この紅茶の独特な風味が嫌いだ! マジで好きになれないよね!
そう言えば、自分が食べられない物や飲めない物を平気で口にする人は、何故か大人っぽく見える気がする。
そしてそれを口にすることが出来ない俺は、子供舌なんだなぁ、と自分で自分に呆れたりしてたなぁ。
紅茶に対してそんなことを考えながら渋い表情を浮かべる俺を見たギルドマスターは、苦笑しながら口を開いた。
「素晴らしい才能を持っているようですね。
あぁ、そのマジックポーチは……ダンジョン内で亡くなった人の遺品を見つけたのなら、それを見つけた人に所有権が有ります。なので、そのままあなたが使って問題無いですよ」
うむ、問題無いのなら遠慮なく使わせて貰おう。
それと俺に特別な才能は無いですよ、買い被り過ぎです。
俺がどうやってオークジェネラルやサイクロプスを倒したのか見ていれば、そんな評価はしない筈だ。
ともあれ、俺にギルドマスターがそう告げた後、ハッサンが小袋を無言で手渡して来た。
中身を見ると、五百円ほどの大きさの金貨が二十枚、百円ほどの大きさの銀貨が五枚、そして銀貨と同じ大きさの銅貨が五枚入っていた。
多分、サイクロプスやオークジェネラルの素材を売った報酬だと思う。
その証左に、ハッサンが小袋の内訳を説明し始めた。
「サイクロプスの目玉は普通なら一つで金貨二十枚なんだが、今は錬金術ギルドでも充分備蓄があるらしくてな……残念ながら、今は相場が安くなってんだ。
で、オークジェネラルの肉塊は人気だから、二つ合わせて金貨十枚で買い取った………全部合わせたら、合計二十万五千五百ジェニーだ」
そうか、この世界独自の通貨なのか。
何で金貨とかで素材を買い取るのか疑問に思ったが、そりゃここは地球じゃないし、当然通貨も別の物になるよな。
うむ、まぁ、通貨に対してはだいたい理解した。
金貨一枚で、一万ジェニー。そんで銀貨一枚で、千ジェニー。最後に銅貨が一枚で、百ジェニーだろうな。
十進法とかってやつだっけ? ……駄目だ、算数はもう記憶が薄れてきてるな………まさか、本当に記憶喪失に?!
いやいや、本当はただ単純に忘れただけですよ。ご安心下さい。
そんな感じで俺が硬貨をジッと眺めていると、ギルドマスターが優しく微笑みながら口を開いた。
「記憶を失っているのですから、お金についても説明しときましょう。
先ずは金貨についてですが、金貨一枚で一万ジェニーです。大人が頑張って働いて一ヶ月で得る金額は、金貨十枚……十万ジェニーになります。見た目とは違って大きな金額ですから大切に使って下さいね。
そして銀貨ですが、銀貨一枚で千ジェニーです。銀貨が十枚集まると、金貨一枚と両替が出来ます。
最後に、銅貨は一枚で百ジェニーです。此方も銅貨十枚集まると、銀貨一枚と両替出来ます。
他には、十ジェニーと言って黒い硬貨が存在します。これが一番低い価値の硬貨ですよ。それとは逆に、一番高い価値のある硬貨が十万ジェニーと言って、白い色の硬貨です。
ふふふ、一度に覚えるのは大変でしょう? でも大切なことだから、頑張って覚えて下さいね」
もの凄く理解し易く、もの凄く優しく教えてくれたギルドマスターは、まるでお婆ちゃんのようで………そんなお婆ちゃんに教えて貰えた俺は、特別な存在なのだと思え、そんな特別な俺には同じく特別な〇〇〇〇〇〇オリジナル!!
脳内には何処ぞの飴玉のCMが勝手に流れてきたが、それほどギルドマスターが優しくて本当に特別な存在なんだろうなと素直に思えた。
雷電の皆や、スキンヘッドの強面のハッサンが礼儀正しくするのが分かったような気がする。
まぁ、それは兎も角、優しく俺に教えてくれたのだし、御礼をしなければ日本人としての矜持が許さない。
とは言え、今は特に持っている物とか………あ、ウエストポーチの中にリンゴ擬きが入ってるわ。
俺はもう好きを通り越して大嫌いになってるから丁度良いな。
「御指導御鞭撻有り難う御座りまする。
御礼と言える物ではないのですが、これを貰って下さると嬉しく思い候う。某がここ一年ほど食べ続けた物で御座る」
「ふふふ、まぁまぁ御丁寧に有り難う御座います。
大きなアップルねぇ、ギルドの皆で食べさせて頂きますね」
ギルドマスターは嬉しそうにリンゴ擬きを受け取ってくれた。
だが、ふと俺が視線を周りに向けてみると、ギョッとしたように全員の視線がリンゴ擬きに注がれているのに気が付いた。
何でしょう? ダンジョンでアホみたいに採取出来たデカイだけのリンゴ擬きですよ?
俺が内心で訝しんでいると、ハッサンが恐る恐ると言った様子でリンゴ擬きの出所を尋ねてきた。
なので、それを簡潔に答える。
「ダンジョンだよ。亜人ばかりが出現するダンジョン」
「いや、そうじゃなくて……亜人ばかりが出現するダンジョンってのはちょくちょく有るが……このアップルが存在するのは、魔の森の目前に有るダンジョンだけだぞ。
彼処は、そこそこの難易度だった筈だ。キリュウは、そのダンジョン内で生き延びたのか?」
「うん、大変だったけど頑張ったよ。
アップルはその時の戦利品だね」
「そ、そうか……キリュウ、お前はなかなか見処が有るな」
何か知らんが誉められたので素直に笑っておく。
そんなこんなで暫く雑談をすると、漸く解放されてギルドカードと呼ばれている身分証明になる物を渡された。
そのカードの大きさは煙草ケースくらいで、厚さは一センチほどはある銅板だ。
ちなみに、ギルドカードには俺の名前と年齢、それに種族が書かれてある以外には何の特徴も無い物であった。
ともあれ、雷電達と俺は冒険者ギルドを出て、ディーンを先頭に宿屋へと向かった。
そして、俺は"小麦亭“と言う宿屋の一階にある食堂で、念願の肉料理と魚料理を一度に堪能したのだ。
しかし、日本で食べていた物とは味が数段は落ちる。
だが、それでも今の俺には最高に美味く感じたのは言うまでも無いだろう。
もう俺の気持ちは有頂天! 料理の味は満点! また食べたくなることウケアーイ!! イエーイ!
思わずラップを披露してしまうほど堪能していたら、"明日の朝に食堂で集合だ“とディーンに言われて素直に頷いといた。
ぶっちゃけ料理に夢中で話を聞いていなかったから、明日何をするのか分からんが……きっと何か理由があってのことだろう。
そしてそして、一年ぶりの料理の後は同じく一年ぶりのベッドで爆睡の予定です!
ベッドは少し固かったが、それでもグッスリと眠れそうで良かったですよ。
今日は最高の一日でした。
朝の憂鬱も一気に吹き飛んだ。
きっと明日も素晴らしい一日になると思う………なったら良いなぁ。
って言うか、服をどうにかしないといけない。明日ディーン達に案内を頼んでみましょう。そうしましょう!
そんなことを考えといると、俺は何時の間にか夢の住人の一人になっていた。